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彼の爪

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街や人は皆 今日、2月14日…バレンタインデーの効果で浮かれていた。
勿論、将臣も例外ではない。
将臣は、駆け出したい衝動を抑え、ゆっくりと足を自宅に向ける。
愛しい恋人からのプレゼントを期待して。

その恋人の渡す時の表情や、仕草などを考えると、どうしても口元が緩んでしまう。


(あー、楽しみだなー!)

将臣は鼻歌混じりに街を歩く。








「ただいまー!!」

家に着くなり、将臣は叫ぶ。
その声は二階にも響き渡った。
料理を中断し、玄関に出てきた譲の小言が始まる。
「なんだよ、兄さん。馬鹿みたいに…。あ、馬鹿か。近所に迷惑になるだろう」

眼鏡をクイッと上げながら、嫌味を言う様はなんとも小憎たらしいが、今の将臣には全く通じない。
「悪りぃ!これから気をつけるからさっ」
笑顔で返し、将臣は靴を揃えもせず脱ぐ。
そして自室のある二階へと階段を上っていく。

「兄さん!!靴位揃えろよ!あと、手を洗えよっ。汚いだろ!?」
将臣の耳は既にシャットダウンされていた。



煩く、まったく遠慮がない足音。
将臣の部屋のベッドにてまどろんでいた知盛は、睡眠を妨害され、不愉快に眉宇を潜ませた。

「知盛ただいま!!」

ノックもなしに勢いよく開けられるドア。(自室だから当たり前と言ったら当たり前なのだが)
知盛は声の主を確認することもなく、再び瞼を落とす。
「なんだよ冷たいなぁー。照れてんのか?」
どこをどう解釈すれば、照れてるということになるのか。
そう突っ込みたいが、己の睡眠欲には勝てず、知盛は無視を決め込む。

将臣は知盛の元へダイブした。
「知盛ぃ~」

知盛は舌打ちする。
「なんだ有川…頭でも打ったのか…?」
いつも馬鹿だが、今日は格別だ。
眠気で相当不機嫌なようだ。
将臣はそれに気付く様子はない。

「今日なんの日だー?」
眠気で頭がイマイチ回転しない。
しかし答えなければ、いつまでもこの状態が続きそうだ。
「2月14日か…?」
「で!?」
「…で…?まだ続きがあるのか…?」

本当に判っていないらしい。
将臣は、ネオロマキャラにあるまじき表情になった。
「え…!だって前からずっと言ってただろ!?コッチの世界では、2月14日に女が好きな男にチョコを送るんだよ!」

知盛は、しばらく焦点の定まらぬ目で記憶を辿る。
そういえば、そんなことを言っていたか。
右から左に流していたので、全く覚えてなかったが。


それに第一…。


「…俺は…、女じゃあ…ないんだけどな…」
最もな意見だ。
「いいんだよ!お前女みたいなもんだしっ!チョコがないんだったら、知盛を…!」

言い終わる前に、将臣は知盛に蹴飛ばされた。
情けない声と派手な音が響く。
「そんな下らないことしか言えないんだったら…出て行ってくれないか…?」

ここ、俺の部屋なんだけど…。

知盛は我が物顔で、再び横になる。
直ぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。


「マ・マジかよ…?」

作品名:彼の爪 作家名:真川