二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

第二部10(83) フォン・ベーリンガー家

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
「僕が調べたフォン・ベーリンガー事件の全容は…これだ」

数日後―。

アーレンスマイヤ家の図書室で、過去の新聞と首っ引きで件の事件を調べ上げた成果をマリア・バルバラに伝える。

「事件が起きたのは―、1874年。バイエルン議会の上院議員だったフォン・ベーリンガー家当主、テオドール・フォン・ベーリンガー以下その妻子、そして召使に至るまで、その屋敷にいた人間が悉く射殺された。夫妻が殺されたのは―、スパイ容疑。ロシアに通じているという告発を受けて、逮捕に向かったビスマルク派の人間に抵抗したため、やむなく射殺した…と当時の新聞にはあった。彼は―、バイエルン国王ルードヴィッヒ二世の寵臣で、バイエルンの中でも反ビスマルクの最先鋒だった。―そして、その時に逮捕に向かって一家を射殺したのは…」

「アルフレート・フォン・アーレンスマイヤ。…私の…父ね」

その先をマリア・バルバラが継いだ。

「…調べたのかい?」

「ええ。この図書室や…父の書斎に、その時の資料がまだ幾分か残っていたわ。その時一家を射殺したのは私の父と、それから私の父の親友で同僚だった…マクシミリアン・シュワルツコッペン大佐。…その事件当時、長男のエルンストは5歳。…幼いけれど、自分に…自分の家族に何が起こったかが理解できない齢ではないわ…。我が家に…復讐心を抱くのは…当然ね」

「でも…果たして…本当に、ヴィルクリヒ先生は、エルンストなのだろうか?新聞には、長男のエルンストも射殺となっていた。言っちゃなんだが…この事件の復讐をたくらんだ人間が、身寄りのない孤児を…エルンストに仕立て上げ、長い時間をかけて洗脳し、復讐心を植え付けた可能性は?」

ダーヴィトの仮説に、マリア・バルバラは目を伏せて首を横に振った。

「以前先生は…自分の両親と姉は、殺された…と言っていたわ。…それに、これを見てもらえるかしら?」

マリア・バルバラがダーヴィトの前に一冊の楽譜を差し出した。

「シューベルトの《ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ》の…ピアノ譜だ。これは、ユリウスの?」

「ええ。中に挟まっている物を見て頂戴」

「どれ…」

ダーヴィトが楽譜の中に挟まれていた書類を取り出す。

「これは―」

「以前私がヤーコプの事を調査したときに、同時にアネロッテとユリウスも同じ調査を依頼していた…と言ったでしょう?私その時のユリウスが依頼した調査結果が…何か残されていないか、あれから、ユリウスと、それからお母様の部屋を探してみたの。― 案の定、あの二人の部屋は、明らかに誰かが入って何かを探した形跡があったわ。そして…二人の部屋からは何も見つからなかった。…それを見つけたのは…、ほんの偶然よ。昨日音楽室のピアノに調律が入るので、あの子が失踪してから久しぶりに、音楽室の鍵を開けたの。そのときに気まぐれで…、ピアノの蓋を開けて、何とはなしに鍵盤を叩いていたら…、本棚から不意にこの楽譜が落ちてきたの。…その譜面を拾い上げたら…中にこれが挟まっていた。それは、ユリウスが依頼した陸軍省情報部の調査結果よ」

ダーヴィトが取り出した書類に目を落す。

そこに記されていたのは―。ユリウスが掴んだ、現時点の二人よりも一歩も二歩も先に進んだ、このパンドラの箱の中身に関する手掛かりだった。

「この屋敷に来てたった一年しかたっていない…しかも15の少女が…ここまで情報を入手していたなんて」

「あいつ…すごいな」

「ええ。…あの子以前私に、協力を要請してきたことがあったわ。スパイだったヤーン先生のことや父の突然の死、それからヤーコプとヴィルクリヒ先生…。あの子は持ち前の聡明さと勘の良さで、まったく関連のないように思えるこれらのバラバラの不審な点が…もしかしたら一つの事に起因しているのではないかと思っていたようだったわ。その時私は…協力を求められたあの子を拒んでしまったのだけれど…、もしかしたらあの子…こうして今私たちに協力してくれようとしたのかもしれないわね」

「そうかもしれないな。…僕等は…思わぬ援軍を得た訳だ。それもとびきり優秀な」

「ええ」

ダーヴィトがその書類に目を通す。

「これによると…、バイエルン議会上院議員テオドール・フォン・ベーリンガー氏の息子エルンストは1874年に5歳で両親と共に射殺されたとある。が、埋葬の記録には手落ちからか、エルンストの名前が抜けている。そしてその年に、とある修道僧の元に、フォン・ベーリンガー氏の執事の息子と称されるヘルマンという少年が預けられている。…!?」

「ええ。その少年こそが、ヴィルクリヒ先生だわ。だって…フォン・ベーリンガー家の執事の息子は、あのヤーコプ一人しかいないのだから」

「そうか…。でも…、よしんばヴィルクリヒ先生が、エルンストだったとしよう。そのエルンストと…校長先生は、一体どうやって結びつく?この資料によると、ヴィルクリヒ先生の親権執行者はフレンスドルフ校長となっている。…という事は、後に養子縁組をしたという事なのかな?フレンスドルフ校長は、エルンストの母親の、エレオノーレの係累?」

「いいえ。それも…違うと思うわ。あの夫人は、トルン・ウント・タクシス家の出身のようだから…。校長先生の詳しい出自は存じ上げないけれど、確か貴族の家柄ではなかったような気がしたわ」

「じゃあ…ヴィルクリヒ先生は…養子?貴族ならば、跡取りのいない夫婦が親戚筋から養子縁組することだって考えられるが…」

「分からないわ…」

マリア・バルバラが降参といったようにため息をつきながら首を横に振って見せた。

「ここで…袋小路…か」

依然として山積している謎の数々に、二人の間に暗澹とした空気が漂う。

その重苦しい空気を払拭するように、

「少し気分転換にしましょう。お茶を淹れるわ」

とマリア・バルバラが傍らのティーポットから紅茶を注いで供した。

「ありがとう。…相変わらずここ家の…ううん、あなたの淹れたお茶は美味しいな」

「お粗末様…。あのね、実はあの子の楽譜の中にね…、あの書類の他に、もう一枚紙が挟まっていてね…」

マリア・バルバラは少し切ない表情を浮かべて、二つに折りたたまれた紙をダーヴィトに渡した。

「今度生まれるならば、あの白い花に生まれよう。
そうして、ありのままの姿で咲き誇り
あの人の目に留まり、あの人の指に手折られよう。
今度生まれるならば、あの小鳥に生まれよう。
そうしたならば、あの人の肩に止り、心のままに愛を囀ることもできるのに。」

それは、ユリウスの心の内を語った、一遍の短い詩だった。

それは、性別を偽った身で、一人の男性にかなわぬ恋心を抱いていた、少女の切ない心の嘆きだった。

「これ…さ。この楽譜。ヴァイオリンソナタのピアノ譜なんだけどさ。僕とユリウスは、実はこの曲はやっていないんだよね。…なんでユリウスがこの楽譜に…、この詩を挟んでいたか、わかる?」

「…なぜかしら?」