第二部10(83) フォン・ベーリンガー家
「これはね、あの頃クラウスが練習していた曲なんだ。…あいつ、クラウスと一緒に弾いてみたかったんだろうな。練習室で、ヴァイオリンパートの旋律を口ずさみながら、これを弾いているユリウスを何度か見たよ。…これを弾いていた時のあいつは…恋している女の子の顔をしていた」
「そうだったの…」
マリア・バルバラの黒い瞳が涙で潤む。
「でも今頃は…、人間の、人間の女に生まれてよかったと、心から思っていると思うよ。そうだろう?」
「ええ。…そうね」
涙で潤んだ瞳でマリア・バルバラが微笑んだ。
沈鬱な雰囲気に支配された二人の間に、再び気力が漲って来る。
「さて…。じゃあ今日の所はお暇するとするよ。校長先生の事を…分かる限り調べてみるよ」
そう言ってダーヴィトはテーブルを立ったその時―。
作品名:第二部10(83) フォン・ベーリンガー家 作家名:orangelatte