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第二部11(84)アブラハム・ウント・レヒナー商会

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あの火事は結局原因不明の不審火という事で片づけられた。

幸い焼けたのは図書室の周辺のみでマリア・バルバラとダーヴィトは軽いやけどと擦り傷程度のごく軽症だったが、校長の忠告に反してマリア・バルバラと会い続けていたダーヴィトはその後1週間の謹慎処分を受けることになった。

謹慎明けに早速ダーヴィトはアーレンスマイヤ家を訪ねる。

「こんにちは、執事さん」

「おや、ダーヴィト様。こんにちは。謹慎は…明けたのですか?」

「はい。もう綺麗な身になりましたので、晴れて伺いました」

「先日は…当家の不始末で…あなた様の御身を危険に晒してしまい、本当に申し訳ございませんでした。お身体はいかがでしょうか?」

「やだなぁ。僕はこの通り…ピンピンしてます。…僕はね、これでも一度死の淵を見て…そこから蘇った人間なので、そういう人間は極めてしぶといんですよ。…それよりも、屋敷の修繕、大変そうですね。今来たときに燃えた部分が見えましたが・・・・」

「ええ。まぁ。幸い被害は一部で食い止められましたし、人的被害が出なかったのは不幸中の幸いでしたが…。この燃えた箇所の修繕に…今年の家計の予算をだいぶつぎ込まなくてはならなくなりました」
― 当家は…ご存知でしょうがお世辞にも羽振りがいいとはいいがたいので、この出費はなかなか辛いものもありますが、このままにしておくわけにもいかないので、何とかやりくりしていくしかありませんね・・・・。

そう言って、執事がため息をついた。

「そうですか…」

「それよりもダーヴィト様こそ今回の事で…停学処分にあたり、あの、親御さんにも連絡が行ったのではないでしょうか?…その…」
その先を言いにくそうに執事が言いよどむ。

「ああ。行ったようだね。父も母も「つきあっているのならば、親にこそこそせずに堂々と付き合いなさい」だって。…僕の生家は、この家のような貴族の家柄ではないから、結婚や男女の交際に関しては…左程うるさくはないのですよ」

「そうですか…」

「そうなんです。…マリア・バルバラさんさえ…許していただけるならば、是非彼女とミュンヘンの僕の実家へ行って…親と会って貰いたいと…そう思っております」
― まあ、僕はそう思っていても、彼女に断られてしまう可能性もありますがね。何といっても彼女は美しくて魅力的だから…。

そういって、ダーヴィトは執事に目配せした。

「いえ、そんな…」

そう言った執事の顔には、マリア・バルバラに子供の頃から仕え、慈しんできた、父親のような親愛の情が浮かんでいた。

「そうだ。マリアさんは?」

「それが・・・・。今朝から、一泊で出張へ出ておりまして。アブラハム・ウント・レヒナー商会という業者が、キッペンベルク商会よりもかなりいい条件でうちの製品を取り扱ってくれるというので、取りあえずマリア・バルバラ様が先方の話を聞きにミュンヘンへ…」

「アブラハム・ウント・レヒナー商会…?聞いた事がないなぁ。そんないい条件を提示するぐらいならば、相当大きく事業を展開している商社だと思うけれど。…少なくとも僕の実家とは取引のない会社だな。ねえ、大丈夫なの?その会社」

「…私も、あまりうまい話には深入りしないよう…マリア・バルバラ様にはご忠告申し上げたのですが…何せうちもいつまでもこのままでいられませぬゆえ…。あの…新興の商社とか…外国資本という事は…?」

「新興の商社だったら…尚更評判が立つし、社名から外資とも考えづらいけど…。何にせよ、無事に済めばいいけれど…」

ミュンヘンの大実業家の子息のダーヴィトも知らないというその相手先の商社に、執事も改めて自分たちがとった聊か軽率な行動を悔やみ始めていたその時―。