第二部14(87)返信
その日の夕方、アレクセイが一旦着替えを取りにアパートへ戻って来た。
「お帰りなさい!」
ぼくのサラファン姿を見て、アレクセイは僅かに目を瞠り、黙ったまま立ち尽くしていた。
あの…クリームヒルトの衣装を着けて皆の前に現れたときのように。
「お腹が大きくなって…スカートが入らなくなって。市場のおばさんに貰ったの。どう?似合うかな?」
じっと見つめられて、気まずくなったぼくが先に口を開く。
「あ、あぁ。よく似合う。…びっくりした」
ようやくアレクセイが呪文を解かれたように、口を開くと、ぼくの身体を優しく抱き寄せた。
「びっくりした?」
「まぁ…な。昔、トボリスクで母さんと暮らしていた頃、村の夏祭りの時に、母さんがちょうどおまえが今着ているみたいな、ライラック色のサラファンを着て…二人で祭りに行ったんだ。…一瞬、母さんが俺の目の前に現れたかと思った…」
アレクセイはそう言うと、ぼくの両腕を取って少し自分から離し、しげしげとサラファン姿のぼくを眺めた。
「アレクセイも、お母さんの事を思い出したんだ」
「あぁ。久々にな。…全然似てないのに、不思議だな」
「あのね、実は今日ね、ぼくもおばさんと話をしていて、母さんの事を聞かれてね、不意に懐かしくなって、母さんが恋しくなって、思わず泣いちゃったんだ。そうしたらね、おばさんが、泣くんじゃないよって、ぼくをギュッと抱きしめてくれたんだ。おばさんの胸は母さんの胸と全然違うけど、でも母さんに抱かれてるような安らかな気持ちになったよ」
ー ねえ、アレクセイ。上手く言えないけれど…、もうそこにはいない人を、会えない人を想うのは、切ないけれど、でも心がほっこりと優しい気持ちになるね。
アレクセイの両手を握り締めながら、今日感じた気持ちをたどたどしく語ったぼくに、アレクセイも「そうだな。…その通りだな」と同意して、ぼくの両手を引き寄せると、広い胸にギュッとぼくを抱きしめてくれた。
作品名:第二部14(87)返信 作家名:orangelatte