第二部14(87)返信
「おばさん、ありがとう。このサラファン、子供が生まれるまでお借りしていていいですか?」
「いいよ。それはユリちゃんにあげるよ。もうウチには着る人もいないし」
おばさんはこともなげにそう言って、残りのサラファンとルバシカを包んで持たせてくれた。
「だって…お嬢さんの大切なサラファン…」
「いいんだよ。どうせあったって着ないんだから」
「おばさん、娘さんは?もうお嫁に行ったの?」
ぼくの質問に、
「さあね。…お嫁に行ったなら良かったんだけど…。もう10年近く前かな。あんたぐらいの時に、女優になるって…とんでもない夢を抱いてモスクワへ行っちまってそれきりさ。今頃何してんだか」
ー あ、でも器量はなかなかいい娘だったんだよ。私らに似ずにね。金髪で肌が白くて。そういやあんたにどことなく似てるかもね。
そう言っておばさんはどこか娘さんを懐かしむように、ぼくの髪をそっと撫でた。
「そうなんだ…」
「あんたは…どうなんだい?親御さんは?」
「父さんはもう亡くなってる。…母さんは…、多分故郷で元気に暮らしていると、思う…」
ー 母さん…。今もあの屋敷にいるのかな?ぼくが突然姿を消してしまって…肩身の狭い思い…してないかな。
母さんの事を聞かれて、頭の中に母さんの面影がよぎる。
「お母さんは、あんたがここにいるのを…知ってるの?」
おばさんの言葉にぼくは首を横に振った。
「じゃあ、あんたがもうじきお母さんになることも…」
再びぼくは俯いて首を横に振る。
ポタリと溢れた涙がサラファンのスカートに小さなしみを作った。
「あれあれ…。ゴメンよ。お母さんの事を思い出しちまったかい。そうだよね。まだ15だもんねえ。そりゃお母さんが恋しいよねえ」
しやくり上げるぼくの肩をおばさんは優しく抱きしめて、頭を優しく撫でてくれた。
おばさんの大きな胸は、ほっそりしていた母さんの懐とは全然違ったけど、その柔らかで大きな胸に顔を埋めたぼくは、まるで母さんに抱きしめられたような温かで安らかな気分になったんだ。
おばさんは泣き止んだぼくの涙をエプロンで拭ってくれて
「生きていれば、きっとまた会えるさ。お母さんあんたの子供を見たら、とても喜ぶと思うよ」
と言ってくれた。
帰り際に、おばさんは「栄養つけて、良い子を産みなさい」と、サラファンの他に作り置きのおかずやら自家製のジャムやらピクルスやら沢山持たせてくれた。
二人してまた市場へ戻り(おじさんにもサラファン姿を披露した。おじさんはぼくのサラファン姿を見て、「よく似合ってる。本当によく似合ってる」と目を細めて何度も褒めてくれた)、ぼくはアパートへ戻った。
作品名:第二部14(87)返信 作家名:orangelatte