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第二部15(88) エルヴィン・フォン・シェルブレ

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「マリア、具合はどう?」

あの事故から数週間後、容態が落ち着いたころ合いを見て、ダーヴィトがマリア・バルバラを見舞いに訪れた。

「マ…」

ダーヴィトの予測に反して、マリア・バルバラの容態は思わしくなかった。

大怪我を負ったとはいえ、酷い衰弱が見て取れる。
顔色は酷く悪く、白い頬はすっかりこけてしまっている。

ダーヴィトの来訪に気付いたマリア・バルバラが苦しそうな呼吸の中で筋の浮き出た白い手を寝具から差し出す。

「…どうした…わけか…、酷く回復が悪くて…。ごめんなさい。このまま…伏せたままでいいかしら…?」

「あ、ああ…。勿論だよ」

ダーヴィトが差し出された白い手を握った。
その手は、まるで生きた血が通っていないかのように冷たい手だった。

― コンコン…。

「どうぞ…」

「失礼します」

ゲルトルートが入って来た。

「ゲルトルート、君は何か危ない目に遭ったりしていない?」

「はい。私はこの通り」
そう言ってゲルトルートはマリア・バルバラの半身を起し背中にクッションをあてがうと、薬瓶からグラスに薬を開けて、マリア・バルバラの口元へ持って行った。

「う…。フゥ…」

薬を飲み終えたマリア・バルバラが再びベッドに臥せると、

「ゲルトルート。悪いけど、そこの首飾りを…アネロッテに…返しておいて…頂戴」

と震える手でサイドテーブルを指さした。

「こちらですか?」

「そう…よ。その…抽斗の…なか」

ゲルトルートが抽斗から恭しくビロード張りの箱を取り出した。

「きょう…の、パーティ…に、していくと…言っていた…から」

「へぇ。ちょっと見せてもらってもいい?」

興味を引かれたダーヴィトがゲルトルートの手にしていたビロードの箱を開けて中の首飾りを取り出す。

それは、見事な彫金の施された台に大小の宝石が取り付けられた、豪奢なものだった。
夜会用なためか、彫金の台には夜光塗料が塗られている。

「見事なものだな…。それに、夜光塗料が塗られているとは、面白い趣向だね」

― はい。ありがとう。ゲルトルート。アネロッテさんに返してきたまえよ。

ゲルトルートが箱を抱えてマリア・バルバラの部屋を出た。

「見事な首飾りでしたね」

「ええ。なんでも…プレゼントされたとかで。…エルヴィン・フォン・シェルブレさん…とか言ったかしら…。もう何日も前から…それで、もちきりよ」

「具合…あまりよくなさそうだね」

「ええ…。お医者様の…おっしゃられている通りにきちんとお薬も…のんでいるのだけど…」

「今日の所は…お暇するよ。早く元気になって…」

そう言ってダーヴィトがマリア・バルバラの寝具を引き上げた。

「また…来て?」

「ああ。また来るよ…」

ベッドに臥せたマリア・バルバラの額にキスを落し、ダーヴィトは彼女の部屋を後にした。