第二部19(92) Gift
刑事に命じられた若い刑事が、すぐに署の片隅に仕掛けられていたネズミ取りの檻を持って来た。
その中に掛かっていた鼠を取り出し、刑事はその鼠の口に、ダーヴィトが持ってきた瓶の中身を流し込んだ。
― 鼠は暫く四肢を震わせて苦しんだのちに、絶命した。
「…」
「これは、間違いなく毒物だ。…急いで解析をさせる。おい!これを鑑識に回せ。急ぎだと伝えろ!」
刑事がもう一度先ほどの若い刑事に命じて、瓶を鑑識へ回した。
「これを…仕掛けたのが誰なんだか、もうどうせ目星はついてんだろ?お兄さん」
「アネロッテだ。…あの家の次女」
「ヒュゥ!…お家騒動か!恐ろしいもんだな。財産が絡むと」
刑事の軽口を無視し、ダーヴィトが話を続ける。
「…先の二つの事件―、マリア・バルバラをおびき出したアブラハム・ウント・レヒナー商会と、アネロッテを手にかけようとしたエルヴィン・フォン・シェルブレとは…明らかに手口が違う。最近アネロッテがマリア・バルバラの寝ている隙に彼女の部屋を物色していたことがあったと…マリアから聞いた。…それに…、これは推測だけど…、あの家の前当主と当主夫人は…、二人とも突然不審死を遂げている。…もしかしたら…」
その先を言い淀んだダーヴィトの続きを刑事が継いだ。
「遡ってそれも、あの次女の仕業だ…ということか。…毒殺は非力な女がよく使う手段だ。しかも…一度成功すると、病みつきになってどんどん累犯を重ねる傾向がある」
「あなたに、頼みがある」
「今度は何だ?…もう乗りかかった舟だ!言えよ」
「校長を、ハインツ・フレンスドルフを逮捕してほしい」
「は?…どういうことだ?お兄さん。気は確かか?」
「…あの家を、マリア・バルバラを狙う勢力は二つ。一つはあの家に復讐したいフレンスドルフ校長。そして、二つ目はあの家の財産を狙うアネロッテ。…だけど、二方向からの攻撃を同時にかわすのは、難しい。…どちらかの動きを封じたい」
「それで、校長先生の逮捕か。…一体罪状はなんだ?復讐か?ハン、そんなことでしょっ引いてたら、留置所が幾つあっても足りねえよ」
「…去年のカーニバルの舞台上で、ユリウスが…あそこの当主が腕に怪我を負ったのを覚えているか?あの時に…剣を本物にすり替えたのは、恐らくあの校長だ。僕の友人が、偶然校長の部屋でその時すり替えられた本来使う方の作り物の剣がしまわれているのを見たと言っていた。詳しい事はその友人―、聖セバスチャンピアノ科六年のイザーク・ヴァイスハイトに聞いてくれ。重要参考人ぐらいでしょっぴけるだろう?…家宅捜索すれば、上手くいけばアブラハム・ウント・レヒナー商会を騙ってマリアとやり取りした書簡ぐらいは残ってるはずだ」
「なるほど…参考人としての出頭に…別件逮捕…か。お兄さん、あんたなかなか策士だな…」
「こっちも必死なんだ」
「で、俺にここまできわどい橋を渡らせるんだ。今回も…見返りはあるんだろうな?」
「ああ。あんたこのアーレンスマイヤ家の―、アルフレートの抱えている闇の真相を知りたいんだろう?ならば、その真相が明らかになるのを、桟敷席で見物させてやる」
― ただし、こちらも、これは成功率の低い賭けだ。…鬼が出るか蛇が出るか―、鬼も蛇も出るかもしれないし、あるいは何も出てこないかもしれないが…。
「…いいだろう。取引成立だ。たとえ鬼も蛇も出なくても、犯行に及んだ瞬間に現行犯逮捕して…その後は、俺が全て吐かせて、鬼も蛇も白日の下に晒してやる」
表情の少ない刑事の目の奥に、冷たい焔が灯った。
作品名:第二部19(92) Gift 作家名:orangelatte