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intermezzo ・白い花~未来への贐(はなむけ)

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「おまえ・・・どうしたの、ケガでもしたの?父さんと母さんは?ボクは・・・父さんが死んじゃってね・・・」

―どうしたのかな、雛だから飛べないだけかな。

校内の林をぬけた池のほとりは少し開けた野原になっていてボクのお気に入りの場所だ。授業の合間や昼休みにここでのんびりしていると、心地よい小鳥の囀りや風に揺れる季節の草花に、ボクの学校生活での緊張感を宥めて癒してもらえるんだ。
今もムシャクシャしてここに来たら、切り株の根元に小鳥がうずくまっているのを見つけた。もぞもぞと動く様子を暫く眺めていたけれど、いっこうに飛び立つ気配がないので思い切ってそうっと両手で掬うように持ち上げてみた。ケガはしていないようだけれど時々羽を拡げようとするくらいで、フルフルと震えながらボクの方を見てピーピー鳴いたりしている。

―可愛い・・・小さくてフワフワしてあったかい。親とはぐれちゃったのかな。 

ボクは掌の中に小鳥を包んだまま、あたりを親の姿や巣を探して廻ったがそれらしいものは見つからなかった。

―どうしよう・・・。

とりあえずぺたりと草原にしゃがみ込むと溜息が漏れた。

「ボクの方が君よりましだね・・・母さんがいるもの。っつ・・・モーリッツの奴!」
―へなちょこだと思ってたけど、あれでも一応並みの男の力はあったらしい・・・。

父さんの忌明けが過ぎ、今日久しぶりに学校に戻った。イザークの心からの悔やみにつっけんどんに応えながら教室に入っていくと、待っていましたとばかりにモーリッツがボクに突っかかって来た。で、つい挑発に乗って気色ばむとお節介イザークに抑えられてこのザマ・・・考えてもみなかったその力強さにびっくりしていたら油断してしまった。

―こんなにも違ってくるものなのか・・・男と女というものは。それでも・・・それでもボクはこのまま男として、18になったらあの家の当主として・・・でもその後は?ボクは一生、男でいなければならないの?ねえ母さん、そんなの・・・嫌だ! 

ピーピー! 

「どうした、腹でも痛いか?」
「!?キャ!」

熱いものが喉元にこみ上げ、目頭も同時に反応し始めたとき・・・突然の背後からの声。まさに飛び上がらんばかりに驚いたボクだったが、瞬時に声の主は識別していた。

「クラウス・・・驚かさないでよ」

気持ちを引っ込めてからゆっくりと振り向くと、2メートルくらい先に彼が立っていた。カーニバル以来それとなくボクを避けてきたクラウス・・・少しきまり悪そうな顔で髪をかき上げる仕草などしている。

「おまえ、珍しくさっきモーリッツにまともに食らったんだって?大丈夫だったか?」
「冷やかしにきたわけ・・・腹じゃなくて顔さ。あんなへなちょこパンチ、なんてことないよ!」
「顔!?」

クラウスは妙に素っ頓狂な声を上げると、心にもないセリフを投げてプイッと顔を戻したボクの正面に回り込み片膝をつくと、しゃがんだままのボクの顔を見下ろした。そして思わず見上げたボクの殴られた方の頬にそっと指を滑らせた・・・すごく心配そうに。
思わず身を引きかけたけど、両手が塞がっているボクは身動きしずらかった。

「な・・・イタッ・・・」
「赤く、なってる・・・」
―あ・・・。

殴られて火照った頬にクラウスの今日は冷たい指先が心地よくて、一瞬目を閉じかけた。

―あの時は・・・温かかったな。

ヴァルハラの地下室からの帰りがけ、ボクの両頬を包んで何か言いかけたクラウスのいつもより色濃く潤んだ鳶色は、なんだか酷く切なげだったっけ・・・。

チチ、ピーピーー!

「うん?」

二人の間にふわりと芽生えた柔らかなまあるい空気に、細く甲高い音が割って入る。

「ご、ごめんよ!おまえのこと忘れてたね・・・」

「小っちぇえ・・・こいつ、どーしたんだ?」

クラウスは可笑しそうにその場に胡坐をかいて座り込むと、たちまちいつものやんちゃな顔に戻ってボクの掌に顔を近づける。

「そこの木の陰にうずくまってて、巣も親も見当たらないんだ・・・飛びそうにもないし、どうしたらいいかわからなくて・・・」
「ふーん、もう結構成鳥に近い感じだから、巣から自分で出て帰れなくなってるのかもなー。おい、おまえはまだ飛べないのか?」

ピピ! 

――ハハ!だってよ~。 

クラウスはボクの掌の小さな子をしげしげと、でも愛おし気に一通り観察すると、この子に向けた優しい顔のままふいにボクを見上げるから、ものすごくドキドキしてどうしていいか分からず目を瞬かせて・・・カタマッテシマッタ。

――おーい、どした?
「ぅわ・・・!」
「よっし!」

そんなボクの鼻先をツンと指でを突いたクラウスは何か思い立ったように頷くと、ボクの両肘も支えて小鳥を気にしながら一緒に立ち上がった。

「もしかしたら親鳥が迎えに来るかもしれないからここに居らせてやりたいがもう夕暮れだ、夜になれば外敵に襲われるのは間違いない。今夜はオレの部屋に連れ帰って、明日の朝にでもまたここに連れて来て親が来るなり飛んでいくなりを見守ったほうがいいと思うぜ?」
「はぁ・・・」
――そうとなったら・・・待っとけよ。 

何か考えるように辺りを見まわしたクラウスは徐に水辺にしゃがみ込むと、木の枝で土を掘り始めた。

――いたいた!ユリウス、こっちへ。

言われるままに彼の傍にしゃがみ込んだボクの掌の小鳥の嘴に、クラウスは小枝で摘まみ上げたミミズのようなニョロニョロを近づけた。

パクッ!ピーピー!

「そうか、美味いか!いい子だ、母ちゃんが来るまでオレとこいつが親代わりだからな?」

などと言いながら、ちぎった大きな葉っぱに数匹のミミズを土ごと包んでいる。

「よし、行くぜ!」
「え?行くって・・・」

例の如くずんずん歩みを進めるクラウスの後を、掌を気にしながら早歩きでついていく。と・・・すぐに顔を半分後ろに向けて伺うと、その歩みをだいぶ緩めた。

「大変だったな・・・もう、大丈夫なのか?」

聞き飽きたはずのお決まりの言葉が渇いた心にスッと沁みたけれど・・・ありきたりな返答を意識した。

「そうだね・・・でもだいたい片付いたかな」
「・・・おまえが大丈夫かって聞いたんだよ」
「え?あ・・・ボクは・・・平気・・・」
―心配、してくれてたの?
「ふ、ん・・・平気だからケンカか?まあいい、あんまり無茶すんなよな」
「き、君に言われたくない、よ・・・」

その時、さっき引っ込めたものがまた押しよせてきた。しかもふだん胸の奥に押しやってしまい込んでいたものも一緒になって、一気に溢れかえってくる感じで・・・。

―父さんがいて、母さんがいたからボクという人間は生れて・・・それは、ごく当たり前に繰り返されてきた人の営みなのに・・・なのにどうして、人生はこんなに辛く苦しいんだろう・・・どうしてボクは、罪に手を染めてしまったのだろう・・・どうしてボクは、こんな生き方をしなければいけないのだろう? 

ピーピー・・・ 

―いっそ、この子みたいに親からも家からも離れて一人ぽっちになって・・・誰もボクを知る人がいないところへ行けたらどんなにいいだろう・・・。

チチ! 

―ごめん・・・おまえの顔、濡らしちゃったね。