intermezzo ・白い花~未来への贐(はなむけ)
「入れよ」
「うん・・・」
彼を探して何度も来た、寮舎の東側の出入り口傍のクラウスの部屋に入るのはこれで2度目だ。ベッドと机、書棚と作り付けのクローゼットだけの簡素な部屋は、前回も感じたけれど物が少なくすっきりしていて、男子の部屋にしてはきちんと片付いている印象だ。
―それは・・・いつでもロシアに帰れるように・・・?
「そこ、座っとけよ」
ベッドを顎で示すと、クラウスはクローゼットの中をゴソゴソと物色し始める。
「あ、うん」―あ・・・クラウスの匂い。
例えて言うならば、お日様とタバコの匂い・・・?
隣を歩く彼の髪が風にそよいだ時、ふざけて肩を抱かれた時なんかにボクを包み込んだその匂いは、いつもボクの気持ちを落ち着かせてくれるのだけど・・・しばらくすると心臓がドキドキと逸ってきて、嬉しさとか切なさとかがごっちゃになってどうしたらいいかわからなくなってしまう。
でも今はそんなボクの様子を気に留めたり、どんなに彼を見つめたってからかう人もいない、彼と二人きり・・・ボクはそっと深く深呼吸をして、クラウスのことを思う存分じっと見つめた。
「リネンよりひざ掛けのほうが暖かいかな・・・これに新聞紙・・・もう散々読んだからいいだろ」
あのロシア語の新聞の束が床に投げられる。そして机の一番下の大きめの引き出しを開けると中のものを全部取り出して、ひっぱり出したひざ掛けを敷き込みその上に柔らかく揉んだ新聞紙も敷き詰めていった。
「で、最後に・・・」そう言って外に出たクラウスは、すぐにバケツいっぱいの落ち葉を持って戻って来た。
「よし、ピー助の寝床完成!」――どら、ここに下ろしてみ?
言われるままに最後に落ち葉を散らした引き出しにピー助をそっと下してやると、まるで伸びをするように羽を広げた後すぐに最初見つけたときのようにそこにうずくまって落ち着いた。
気持ちよさげなその様子に、クラウスも満足そうに頷いている。
ピーピー!チュチュン!
「お、気に入ったか?母ちゃんの羽ほど居心地よくないだろうが、今夜は辛抱しろな」
「よかったね!ピー助?名前まで付けてもらって。ありがとうクラウス。でも、お母さんを恋しがったりしないかな?鳴き声、お隣さんに迷惑じゃないかな・・・おまえ、おりこうさんでいるんだよ?心配だなぁ」
―ちょっと羨ましいな・・・クラウスの傍にいられて。
チチチ!
クラウスと引き出しの前に座り込んだボクは、ピー助に言い聞かせるように小さな頭を指で何度も撫でつけた。
「そんなに心配なら・・・泊ってけよ」
「え・・・?」
――こいつもおまえがいた方が落ち着くだろ・・・。
ぶっきらぼうなその物言いは、最後のほうのぼそりとした呟きは聞こえづらくて思わず真横の彼の顔を見つめたけれど、クラウスはボクを見ようとはせず目の前のピー助をただ見ていた。
その横顔には、いつもボクをからかうときの無邪気さも少しの笑みさえもなく・・。
―ドウシタノ・・・?
「ハハ・・・そんなことしたら母さんが大騒ぎするよ。今は特に・・・」
「・・・だよな、おふくろさん大切にしないとな。暗くなってきた、そろそろ帰った方がいい」
やっぱりボクを見ずに、クラウスは立ち上がった。
「じゃあ明日の朝、ピー助がいた野原で」
「おう!」