愛しさと切なさと...(コレットは死ぬことにした)
コレットとハデスはお互いに顔を見合わせ、
ふっと笑いあった。
「ディオニュソスが中にいるのか?」
「あ、そうです。ヘルメス様と一緒に...」
「ヘルメスも? あいつらは何をしているのだ。
自由だな。」
「すっかり馴染んでますよ。特にディオ様...」
「あいつらは...お前と共に
時間を過ごしているのだな。」
ハデスは、他の神と違って、
なかなか自由にならない自分の身を、
この時ばかりは歯がゆく思った。
「ハデス様...」
「ん?」
「好き...」
「っ/// な...」
コレットの唐突な告白に
さすがのハデスも動揺した。
「びっくりしますよね。
いいんです。私も自分でさっき気づいたばかりで、
自分で自分にびっくりしてるというか。」
「...さっき気づいた?」
「そうなんです。会いたい会いたい
って思ってたら、口から好きって出てたんです。
でもよく考えたら、ハデス様は神様だし、
人間の私なんて好きになっても
いつか死んでハデス様のこと
忘れてしまうかもしれない。」
「.....」
「でも!好きになったんだからしょうがないし、
それなら一緒にいられる時間めいっぱい
一緒にいたいって言うのは迷惑ですか?」
「...迷惑などあるものか。」
ハデスはコレットが話すのを
嬉しい反面、考えたくない現実を
本人の口から聞いて悲しくもなった。
ただ、自分が神であるとか、
コレットが人間であるとか、
いろいろ複雑に先のことを考えすぎて
動けなくなっていた自分に対し、
コレットはさっき気づいた気持ちを
もう自分に伝えてようとしている。
好きだから一緒にいたいと言う。
なんとシンプルなことか。
「ハデス様は私と一緒にいるのは
嫌ですか?」
「なぜそう思う?」
むしろ自分の方が会いたくて来たというのに。
「嫌じゃないなら...嬉しい?
それともどっちでもいいとか?」
コレットは言いながら悲しくなってきた。
それを察し、再びハデスは自分の腕の中に
コレットを抱え込む。
「ちょっと落ち着け。」
「だって...じゃあ、ハデス様、
さっきの、ちゃんと答えてください。」
嫌? 嬉しい? どうでもいい?
ハデスの腕の中からコレットが目で訴える。
ハデスは観念した。
「.....。嬉しい。お前に会えると。」
「ほんと?」
「ああ。そうでなければここまで会いに来ぬ。」
「私もハデス様に会えると嬉しい。
ハデス様が忙しいのも時間ないのも
わかってるけど、私が生きられる時間のほうが、
ハデス様の時間よりずっとずっと短いんだから、
だからせめて会いたい時は往診じゃなくても
会いに行っていいですか?」
「いい。というより来て欲しい。
でもお前は...それでいいのか?」
「え?」
「お前の時間は...人間だから確かに短い。
その時間を、他の人間の男とその...
共に同じ時間を生きられる者といたほうが
お前は幸せではないのか?」
「だって私は、ハデス様と一緒にいなかったら
ハデス様のことばっかり考えるよ?
会いたいのに神様だから人間だから
会わないようにしようと思っても、
ずっとずっと考えちゃうもん。
もう手遅れだもん。
それなら一緒にいた方が絶対いい。
他の人考えろって言ってももう無理だよ。」
「ハデス様は、私が他の男の人と
一緒にいてくれた方がいい?」
ハデスはそう言われて、
ちょっと想像しただけでモヤッと
ムッとした。
「そんなのは嫌だ。」
「ふっ、ハデス様、言ってること矛盾してる。」
「そうだな...。」
自分で言ってることがおかしいのは重々承知していた。
思わず顔を見合わせて二人で微笑んだ。
もう気持ちは止められなかった。
「一緒にいたら...ダメ?」
好きな人から大きなまん丸な目で、
上目遣いに見上げられ、
一緒にいたいと言われて堕ちないわけがない。
再びハデスはぎゅううっと強く、
コレットを抱きしめた。
「もう...止まらぬからな?」
「え...」
ハデスは、コレットを抱きしめる腕をゆるめ、
その両手でコレットの頬を優しく包み、
くちづけをした。
ちゅ、ちゅ...と角度を変え、
何度も唇を重ねる。
少し離して息を吸う。
はぁっと吐息が漏れる。
そしてまた重ねる。
ブラックホールのように吸い込まれそうな、
その漆黒の瞳で見つめられる。
「私はお前を離したくない。
できることなら忘れてほしくない。」
「他の男になんてやりたくない。」
「お前に...私は、神ではなく患者でもなく、
寝床でもなく、男として見て欲しい。」
初めてハデスはコレットに本音をぶつけた。
今までも人に見せない部分を
コレットには見せてきたが、
男としての本音を伝えるのは
立場の問題もありずっと控えていたのだ。
それが言えた。
胸のつかえがとれたような安堵感が
ハデスの中に芽生えた。
「なんで 寝床? ハデス様が?」
「お前はいつもこうやって抱きしめると
無防備にもすぐ寝てしまうからな...」
「そんなこと!」
と言いかけて、コレットは冥府やハデスの腕の中の
心地良さにガースカすぐ寝てしまう記憶が
蘇ってきた。
「あ...」
「でもそれは...ハデス様といるのが
心地いいからで...」
「よい。わかっている。それも悪くない。
お前はさっき気づいたと言っていたが、
私はもっと前からだ。」
「え! いつ?!」
「...。」
「なんで黙るんですか。」
「この話はもうよい。明日も仕事だろう。
そろそろ寝床に帰ったほうがよい。」
「え...もう?」
「このまま朝までここにいるわけには
いくまい。」
「そうだけど...」
せっかく会えたのに、また離れてしまう。
「どうした? 離れ難いか?」
「うん...」
「っ////」
しょぼんとして素直に寂しさを口にするコレットが
愛しくて可愛くてたまらない。
できることなら、このまま冥府に
連れ去ってしまいたいのを、ぐっと堪え、
「また会いに来る」
と、ハデスは約束をし、
コレットの指を自分の唇に近づけた。
「!!///」
そして耳元で「おやすみ、コレット」と囁き、
コレットを見つめながら井戸へと帰っていった。
コレットの耳は真っ赤になり、
熱く声が残るその場所へ手を当てた。
「熱い...」
思いは...通じたのかな?
でもキスしてくれた。
また会いに来ると言ってくれた。
離したくないと言ってくれた。
会えるのが嬉しいと言ってくれた。
それが嬉しくて震えた。
「よし!また明日からがんばろう!」
がんばって、時間作って、会いに行こう。
あなたに会うために、
あなたに胸を張って会うために、
ここでの仕事もちゃんとする。
私はどこまでもがんばれる。
そう思いながら、自分の寝床へと帰った。
触れた腕や手を反芻して。
共に想いながら...
作品名:愛しさと切なさと...(コレットは死ぬことにした) 作家名:りんりん