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林殊と霓凰

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暑い日だった。
林殊と霓凰は、金陵の外れにある弧山に来ていた。
弧山には大きな滝があるのだ。

林殊と靖王、霓凰の三人は、よく滝の上流で遊んでいるのだ。
三人は、上流から枯れた丸太に乗って、川下りをして遊んでいた。
傍から見たらそこそこ危険で、大人に言えば必ず禁止されるのは目に見えている。
だから黙って遊んでいた。三人の秘密だったのだ。

その川下りだが、林殊には物足りなくなっていた。
もっと水量があったら、きっともっと面白いはずだと思っていた。
そして、水量が増える雨を、待っていたのだ。

昨日は絶好の雨、たっぷりと降り注いだ。

当然いつもの様に、靖王も誘ったのだが、、、だが、今日は断わられた。
靖王の兄、祁王 景ウが行ってはならぬ、そう言ったからだと、、。
━━━馬鹿にしている!!
いつも良い子なのだ、靖王は。
危険な場所には決して行かぬ。
水かさが、ちょっと増えた位で、、臆病者の景琰め!━━━
祁王が理由では無い、それは分かっていた。
靖王は怒られるような事はしないのだ。
靖王はあからさまに危ない無茶な事はしないのだ。
祁王が余り、羽目を外したりしないからだろうか。
景琰は祁王に憧れている。まぁ、林殊とて祁王にそういう念は抱いているのだが。
ただ今日は、景琰と遊びたかった。
昨日は雨が降った。
この遊びは、水が少ないとつまらないのだ。
いつもは緩い流れで遊んでいたのだ。今日のこの水量ならば、申し分ない。
もう少し多いと危険になるし、ちょっとだけ危ない位の、絶妙な水量。
林殊にはそう見えている。
この川を、景琰と霓凰と三人で下れたら、どんなにワクワクハラハラするか、、、昨夜から楽しみにしていたのだ。
━━━なのに、あいつときたら!!、水牛め!。━━━
正直な所、靖王は断るだろうと予想はしていた。
だから、水牛呼ばわりして、霓凰と焚き付けてやったのに、、、怒って誘いに乗るどころか、あっさり帰ってしまったのだ。
━━━でも、霓凰だっているし。
うんと、霓凰と楽しんで、景琰を悔しがらせてやる!。━━━
何が何でも楽しむ、という妙な使命感のようなものが、林殊に湧き上がっていた。


川の側には、増水のためなぎ倒され、流れて来たような、倒木が幾らかある。
「霓凰、そっちを引っ張って。」
「うん!。」
嬉しそうに、霓凰は林殊の指示通りに動く。
手頃な木を、無理やりに引っ張り出して、川岸の方まで。
この林殊を、まだ子供と侮って、酷い目にあった大人は数知れず、この身体のどこから出るのか不思議なのだか、とんでもない力持ちなのだ。
ほとんどは、力のある林殊が引っ張って来るが、あちこちに引っかかるので、霓凰の助けはありがたかった。
今日の筏用の木は、三人で遊ぶ時の物より少し細身だが、似たような太さの木を二本、蔦で括って浮かべれは、子供が二人位は乗れるのだ。
━━━景琰かいたらな、、、もうちょっと太いので遊べるのに。━━━
慣れた遊びで、筏はたちまち出来上がり、川に浮かべようとした矢先だった。
改めて川を見た、霓凰の動きが止まる。
「林殊哥哥、、、今日の川、、、何だかいつもより流れが早い。」
「昨日、雨が降ったからな。この位、水があった方が面白いんだよ。」
「、、、そうなの?。」
何だか、霓凰は不安になる。
いざとなって、流れの速さと水の多さに、川下りする遊びが急に怖くなったのだ。
霓凰は、じっと川の流れを見ていた。
霓凰の恐怖心を、林殊は察した。
━━━ま、怖いのに無理して付き合わなくても良いしな。━━━
「怖いんなら、無理して乗らなくても良いよ。待ってて。」
「!!!、私も乗る!!林殊哥哥と!!」
霓凰は、このまま乗らなかったら、林殊に嫌われるような気がして、怖かったくせに、筏に乗ると言ってしまったのだ。
霓凰は自分が、他の子女とは違うのが誇らしかった。
この乱暴者の林殊と遊べている女の子なんて、梁のどこを捜しても、自分しかいない。
林殊の傍にいつも居たくて、邪険にされようが、林殊にくっ付き続けて来たのだ。
いつしか林殊も、霓凰を邪険にしなくなり、側にいるのが当たり前のようになっていた。
ただ、何となく、もし同じ事が出来なかったら、一緒に遊んでもらえなくなるような、、、、、林殊に嫌われたくない、、そんな気持ちが働いた。
ここでの川下りは、いつも遊んでる事だった。
───少し、流れが速いだけよ、、大丈夫、、。───
霓凰は怖さを封じ込めるように、自分に言い聞かせる。
「うん、乗る。」
大きく目を見開いて頷く霓凰に、大丈夫だな、と、林殊も思った。
互いににっこり笑っていたのだ。
林殊の満面の笑顔に、霓凰は幾らか安心をした。
林殊が微笑めば、何でも大丈夫に思えてしまう、、、霓凰には、不思議な薬の様な笑顔なのだ。

「霓凰、じゃあ、筏、出すから、川に浮いたら乗るんだぞ。」
「うん。」
筏は、流れない様に、岸に半分乗せている。
林殊は川に入り、膝まで水に浸かり、ゆっくりと筏を引っ張り出す。
筏の殆どが水に浮いた所で、霓凰が筏に飛び乗った。
筏の木はいつもよりも細く、いつもよりも沈むのだ。霓凰の靴に水が染みてくる。
いつもならば、林殊と靖王が河畔の森の中から木を運んでくる。
流石の林殊でも、その時と同じ位の木を、運んで来るのは無理だった。
たが、二本の木を括っているから、筏は安定して、いつものように胴回りしたりはしなかった。
「いくぞー!」
そう言って、林殊は筏を更に引っ張って、川の流れに乗せ、林殊も筏に飛び乗った。
流れは速く、林殊は楽しそうにはしゃいでいる。
「ほら、やっぱり面白い!!、な、霓凰!!」
「う、、うん。」
林殊に、怖がってるのを悟られたくなくて、無理やり笑顔を作り出した。
それにしても、林殊は本当に楽しそうで、、、。
───キラキラしてる、、、。────
そう思った。
霓凰は、こんなキラキラしている、林殊を見ているのが好きだったが、今日はそんな余裕があまり無い。
───少しだけ、怖いけど、、、、。────
本当は、少し所ではなかった。
流れに揺れて、木が沈んでしまうような恐怖。
決して沈むことはないのだが、不安定なのだ。
いつもよりも、幹が細いのに流れも速く、幾らかうねりもある。
だが、林殊にはこれが楽しいらしくて、はしゃいで揺らすから、尚のこと不安定になる。
───いやー、跳ねないで林殊哥哥!!───
口には出来なかった。
必死に乗って、落ちない様に、沈まない様にするのが精一杯で、楽しむ余裕など霓凰には無かった。
強ばった笑顔で堪えているのには、林殊も何となく気がついていた。
大きく揺らされたり沈んだりすると、霓凰が落ちまいと必死になって顔も強ばる。
何だか霓凰の様子が可笑しくて、林殊はわざと跳ねたりしていたのだ。
━━━よし、もう一回、川下りしょう!。━━━
そう決めていた。
もう一度乗ったら、きっと霓凰だって慣れて、怖くなんか無くなるだろうと思っていた。
林殊だけ、思いのほか、楽しかった。
雨の後だから、蒸し暑さがあったが、川は涼しく快適だ。

川の先は、滝になっていた。
流れに乗って滝を下るには、覚悟が要る高さだった。
いつもは滝の手前で、川岸に飛び移る。
作品名:林殊と霓凰 作家名:古槍ノ標