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冥府のリンゴ(コレットは死ぬことにした)

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今日も冥府は昼だか夜だかわからない。
だけど一緒に居れば、陽だまりにいるような
暖かい気持ちになる。

ハデスとコレットは、
そんな心地よいひとときを
二人で過ごしていたある日。

「ニャー」と、1匹の猫が現れた。

ハデスの弟、ゼウスだった。

「ゼウス様!」

「やあ、コレット。」

ハデスの弟であり、世界最高神であるゼウスは、
コレットのおかげでハデスと和解し、
それ以来、時々猫の姿で冥府に遊びに来る。

スリスリとコレットの足元に擦り寄ると
ふわっとコレットがゼウス猫を抱き上げた。

コレットは猫とじゃれているつもりだが、
ハデスには、女ったらしの男である弟が
コレットとイチャイチャしてるようにしか見えず、
ついイラッとしてしまう。

さっきまで穏やかで暖かな時間だったのに。

「コレット。もう夜が更けたぞ。」

「あっ帰らないと!
ゼウス様、また今度!」

「えっ、帰っちゃうの?」

「っ...うん、ハデス様もまた明日ね。」

「ああ。」

そんなやりとりをしつつ、
コレットは後ろ髪をひかれながら
バタバタと地上へと帰って行った。

ハデスとゼウス、兄弟で残された部屋は、
急に太陽が沈んでしまったような、
なんとも言えない空気だった。

しばらく無言で二人、ぼーっとしていたが、
ゼウスがおもむろに口を開いた。

「なんで帰しちゃうの?」

淋しそうなハデスの横顔を見て、
ゼウスは思わず口に出してしまったのだ。

「...は?」

「兄上、コレットと一緒にいたいんでしょ?」

「.....」

「コレットを冥府に住まわせればいいのに。」

「コレットは人間だ。
地上に薬師の仕事もある。」

何を馬鹿なことを、と言わんばかりに、
ハデスは大きくため息をついた。

「冥府から仕事に行かせればいいじゃないか。」

元よりオリンポスの神々は、
わがままで自己中心的な者が多い。

気に入った人間をすぐ攫って
自分の近くに置こうとする。

ゼウスとて例外ではないが、
以前お気に入りの女性を天界に連れて行った折、
嫉妬に狂った妻・ヘラによって殺されてから、
ゼウスは自分の元に人間を寄せるのではなく、
自分がいろいろ出歩き、浮気をするようになった。

ハデスは独身だし、嫉妬に狂う妻もいない。
まして傍から見ればお互い想い合い、
一緒にいたい風なのに、
なぜコレットを自分の近くに置かないのか、
ゼウスにはハデスのことが理解できなかった。

「兄上は自分の元にコレットを置きたくないの?」

「...コレットは物ではないから置くものではないだろう。」

「そういう言葉遊びでなくて!
例えばさ、この冥府のリンゴ...。
これを食べさせれば
コレットは冥府に住まなければ
ならなくなるんじゃない?」

冥府の食べ物は人間が口にしてはならない。

なぜなら、冥府の食べ物を食すと、
冥府に住まなければならない決まりがある。

だからゼウスとて冥府の食材は口にしない。

コレットが時々冥府で口にする料理は、
ガイコツが人間のコレットのために、
地上の食材で料理したものだ。

「ゼウス。お前まさか、コレットに
それを食べさせるつもりではあるまいな?」

おかしな提案をしてきた弟を
鋭い眼光でにらみつけるように
ハデスは言った。

ビクッと一瞬、ゼウスは凍りついた。

「僕は...兄上に幸せになって欲しいんだ。」

「コレットには地上の仕事がある。
それを奪うわけにはいかぬ。」

「だったら!コレットが自分で冥府にいたいと言えば
OKなんだよね?」

「...そんなことあるわけ...」

「わかった!兄上、任せて!」

「あ、おい、ゼウス!」

ゼウスは猫の姿に戻り、
テテテと走って行ってしまった。

ハデスは追いかけ止めるべきと思いつつ、
コレットが自分の意思で冥府に来てくれるという
そんな想像もし、躊躇してしまった。

薬師の仕事に誇りをもち、
理不尽な死から人々を救おうとする、
そんなコレットに惚れたのに、
薬師の仕事を放り出すなんて考えられない。

でももし、夜だけでもここにいて
共に時間を過ごせたら...

「...ダメだ。人間は人間の世界で生きるからこそ
人間として輝けるのだ。」

冥府の裁判官として、ハデスは人間を裁く身であり、
それが特定の一人の人間を冥府に住まわせるということは
公平性をも崩してしまう。

「コレット...」

目を伏せ、バサっと羽織ものを翻し、
ハデスは地上へと向かった。