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第二部27(100) エピローグ3

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「そうだな…。これがいい」

ぼくをピアノの前に座らせ、上機嫌で楽譜の収められた本棚から一曲選び出すと、譜面台に楽譜を開いた。

《エルガー:朝の歌》

同じく楽譜を譜面台にセットし、楽器を構えたアレクセイがぼくに目で合図を送る。

ー もう…。いつも強引なんだから…。

アレクセイの合図を受けぼくの弾いた前奏の出だしの和音が音楽室に響き渡る。

短いピアノの前奏を受けて、シンコペーションのリズムに乗ったヴァイオリンのうたうようなメロディへと続く。

この楽器は昔と変わらず、よく歌う。
アレクセイが手離していた間の事は知る由もないが、アレクセイの性格をそのまま音にしたような明朗な音色で美しい旋律を歌いあげる。

ぼくは…あのミモザの館の合奏以来、幾度となく夫のヴァイオリンと合奏をしてきたけれど、このストラディヴァリに合わせるのは昨日のパガニーニが初めてだった。

あの頃…、イザークをパートナーに従えてストラディヴァリを奏でる光り輝く楽神のようなあなたを、そっと見つめることしか出来なかったぼく…。

何度その光に恋い焦がれ、手を伸ばそうとしただろう。

女の子としてあなたの前に存在する事が許されないのならば、せめて、音楽で君の弦とぼくの弦が重なり相和す事を願っていたぼく…。

あの頃、アレクセイの傍らで彼のヴァイオリンを支えていたイザークの事が、本当に羨ましかったなぁ。

ぼくにとって君は、かように近くて遠い存在だった。

あの頃と変わらない艶やかな音色に、感慨がこみ上げると共に、あの頃の切ない想いまで蘇り、それにつけも今の幸せをしみじみと噛みしめるぼくだった…。

「おい、随分楽しそうだったな」

曲を弾き終え満足そうに楽器を下ろしたアレクセイが、ぼくの頬を長い指でチョンとつついた。

ー 楽しそうだったのは、君の方だよ。

そんな夫の言葉に思わず笑いがこみ上げる。

「ふふ…。な〜んでもな〜い」

おどけてそう言ったぼくに、

「お?何だよ〜!言えよ〜」

と、アレクセイはぼくの肩を抱き寄せるとその手でぼくの頬をフニフニとつまんで揺すった。
そしてその手はぼくの髪に伸び、指に髪を絡めながらゆっくりと優しく撫で梳きながらポツリと言った。

「夢だったんだ…。このストラドでお前と合奏するの…」

「!!」

ー 夢だったんだ…ユメダッタンダ…。

ぼくの中で今の言葉が何度もリフレインする。

アレクセイったら!アレクセイったら!!


「おわ?!何泣いてんだよ?」

気がつくとぼくは最愛の夫の腕の中でポロポロと涙を流していた。

「…泣いてるのは…、今のユリアじゃなくて…、ぼくの中に、今もいる…、15の頃の…ユリウスだよ…」

アレクセイの腕の中でしゃくり上げながら、ぼくは涙を流し続けた。

「何だよ…。それ謎かけか?…まあ、いいや。もう泣くな、ユーレチカ。…これから何百回でも、何千回でも合奏しようぜ」

そう言ってアレクセイは片方の手でぼくの頭を撫でながらもう片方の手でぼくの涙を拭ってくれた。

ー うん。これから…ずっと、ずっとね。

アレクセイの腕の中でぼくはその言葉に何度も頷き続けた。