番外編 ~横顔~
「ユリウス、だいぶ髪が伸びてきたわね」
― ここへお掛けなさい。髪を切ってあげるから。
レナーテの部屋の窓から何気なく外を眺めていたユリウスの金の髪を風が揺すっていった。
少し伸びた柔らかな金髪を靡かせた、性を偽った娘の、美しさを増した端正な横顔にレナーテが声をかけた。
「風に髪を遊ばせていたあなたの横顔を目にした時…、思わずドキッとしたわ。…何気ない表情がもう…すっかり女性の横顔になっていたから。…ねえ、あなた、学校でも気を付けるのよ。…横顔には素の顔が出るというから・・・・」
シャキン…。シャキン…。
娘の美しい金髪に鋏を入れながら、レナーテが娘を諭す。
― 素の顔…って言われても。…しょうがないじゃないか。…これが、…女の子の横顔が…ぼくの本当の顔なんだから…。
母親に頭を預けながら、ユリウスが母の小言に少しむくれた表情をする。
そんな娘の表情の変化に気づかず、レナーテはユリウスの髪に鋏を入れ続ける。肩の下あたりでくるりと波うっていた髪は、顔周りに自然に沿うような長めのショートヘアに整えられていく。
「…ねえ、聞いてるの?ユリウス」
「聞いてるよ。いつも口を堅く引き結んで…眉に皺を寄せて、不機嫌そうな顔をしてればいいんだろ?」
「そんなこと…」
ユリウスの僅かに苛立った声に、レナーテが言葉を詰まらせ髪を切る手をとめた。
ユリウスの背中が、母が泣いている事を察知する。
フゥ…。
母にも聞こえないぐらいの微かなため息を一つ落とすと、ユリウスは立ち上がって振り向き片手で母親の肩に手を置き、もう片方の手でポケットからハンケチを取り出すとレナーテの涙をぬぐい、下から顔を覗き込む。
「…ごめん。言い過ぎた。…この後…課題の練習をしたいんだ。髪、続けてもらってもいいかな?」
ユリウスに肩を抱かれたレナーテが肩を震わせながら、無言でコクリと頷いた。
~~~~~~
「どうせ…男の子のふりをするんなら…、もっと短くすればいいのに」
仕上がった髪を一房摘まみ上げながらそう言ったユリウスに、
「だめよ。あまり短くすると…首もとが露わになって…女の子だってばれてしまうかもしれない。…頬から首のラインは男女差が顕著に出るから…。それに…」
その続きを言いかけたレナーテがハっとした顔になって口をつぐむ。
「それに?」
肩についた髪の毛をパンパンと払ってユリウスが振り向き、レナーテに続きを促した。
「…いえ。なんでもないわ…」
「そう。…ありがと。母さん」
ユリウスはそれ以上母が呑み込んだ言葉の続きを聞くこともせずに、彼女の部屋を出て行った。
― パタン
扉が閉まった瞬間、レナーテの瞳に涙がこみ上げてくる。
「う…う。」
口に手を当て、押し殺した嗚咽が静かな部屋に響く。
レナーテが先ほど言おうとして続きを飲み込んだ言葉―。
「…それに…やっぱり…あなたは、女の子だから。…いつ何時あなたが…女の子に戻れる時が来るかもしれない…。そうなったら…あまり短いと…ドレスが似合わないから…」
こんな残酷な言葉があるだろうか。
生れた時から、それは綺麗な子供だった。
整った端正な顔立ちに透き通るような白い肌、そして宝石のような碧の瞳に自らが発光しているかのような見事な金髪。
綺麗な綺麗な子供は、成長するにつれてそれは美しい少女へと変貌していった。
さらに初潮を迎えると、身体つきも細いながらに女性らしい柔らかな曲線を描くようになり、本人も十分注意を払っているつもりでも、ふとした表情仕草などから、花の蕾が綻ぶような、その年頃の少女独特の初々しい美しさを放つようになってきた。
その度に「もう…偽り続けるのは無理かもしれない」という焦燥感と、「この子の人生をめちゃくちゃにしてしまった」という悔恨のないまぜになった絶望感に苛まれる。
女の子の顔を無意識に見せるようになった娘にその事を初めて咎めた時の、ちょっと困ったような悲し気な表情は今でも目の奥に焼き付いている。
― ごめんなさい…本当に、ごめんなさい・・・。
床に落ちたユリウスの金の柔らかな髪を、まるでかけがえのない大事なものをかき集めるように、そっと両手で掬い取る。
それは―、自分のエゴのせいで、髪と一緒に娘の身体から切り離された少女である彼女そのもののようにも思えた。
掌の中の金の髪に、レナーテの涙がぽたりと落ちて、沁みとおっていった。
― ここへお掛けなさい。髪を切ってあげるから。
レナーテの部屋の窓から何気なく外を眺めていたユリウスの金の髪を風が揺すっていった。
少し伸びた柔らかな金髪を靡かせた、性を偽った娘の、美しさを増した端正な横顔にレナーテが声をかけた。
「風に髪を遊ばせていたあなたの横顔を目にした時…、思わずドキッとしたわ。…何気ない表情がもう…すっかり女性の横顔になっていたから。…ねえ、あなた、学校でも気を付けるのよ。…横顔には素の顔が出るというから・・・・」
シャキン…。シャキン…。
娘の美しい金髪に鋏を入れながら、レナーテが娘を諭す。
― 素の顔…って言われても。…しょうがないじゃないか。…これが、…女の子の横顔が…ぼくの本当の顔なんだから…。
母親に頭を預けながら、ユリウスが母の小言に少しむくれた表情をする。
そんな娘の表情の変化に気づかず、レナーテはユリウスの髪に鋏を入れ続ける。肩の下あたりでくるりと波うっていた髪は、顔周りに自然に沿うような長めのショートヘアに整えられていく。
「…ねえ、聞いてるの?ユリウス」
「聞いてるよ。いつも口を堅く引き結んで…眉に皺を寄せて、不機嫌そうな顔をしてればいいんだろ?」
「そんなこと…」
ユリウスの僅かに苛立った声に、レナーテが言葉を詰まらせ髪を切る手をとめた。
ユリウスの背中が、母が泣いている事を察知する。
フゥ…。
母にも聞こえないぐらいの微かなため息を一つ落とすと、ユリウスは立ち上がって振り向き片手で母親の肩に手を置き、もう片方の手でポケットからハンケチを取り出すとレナーテの涙をぬぐい、下から顔を覗き込む。
「…ごめん。言い過ぎた。…この後…課題の練習をしたいんだ。髪、続けてもらってもいいかな?」
ユリウスに肩を抱かれたレナーテが肩を震わせながら、無言でコクリと頷いた。
~~~~~~
「どうせ…男の子のふりをするんなら…、もっと短くすればいいのに」
仕上がった髪を一房摘まみ上げながらそう言ったユリウスに、
「だめよ。あまり短くすると…首もとが露わになって…女の子だってばれてしまうかもしれない。…頬から首のラインは男女差が顕著に出るから…。それに…」
その続きを言いかけたレナーテがハっとした顔になって口をつぐむ。
「それに?」
肩についた髪の毛をパンパンと払ってユリウスが振り向き、レナーテに続きを促した。
「…いえ。なんでもないわ…」
「そう。…ありがと。母さん」
ユリウスはそれ以上母が呑み込んだ言葉の続きを聞くこともせずに、彼女の部屋を出て行った。
― パタン
扉が閉まった瞬間、レナーテの瞳に涙がこみ上げてくる。
「う…う。」
口に手を当て、押し殺した嗚咽が静かな部屋に響く。
レナーテが先ほど言おうとして続きを飲み込んだ言葉―。
「…それに…やっぱり…あなたは、女の子だから。…いつ何時あなたが…女の子に戻れる時が来るかもしれない…。そうなったら…あまり短いと…ドレスが似合わないから…」
こんな残酷な言葉があるだろうか。
生れた時から、それは綺麗な子供だった。
整った端正な顔立ちに透き通るような白い肌、そして宝石のような碧の瞳に自らが発光しているかのような見事な金髪。
綺麗な綺麗な子供は、成長するにつれてそれは美しい少女へと変貌していった。
さらに初潮を迎えると、身体つきも細いながらに女性らしい柔らかな曲線を描くようになり、本人も十分注意を払っているつもりでも、ふとした表情仕草などから、花の蕾が綻ぶような、その年頃の少女独特の初々しい美しさを放つようになってきた。
その度に「もう…偽り続けるのは無理かもしれない」という焦燥感と、「この子の人生をめちゃくちゃにしてしまった」という悔恨のないまぜになった絶望感に苛まれる。
女の子の顔を無意識に見せるようになった娘にその事を初めて咎めた時の、ちょっと困ったような悲し気な表情は今でも目の奥に焼き付いている。
― ごめんなさい…本当に、ごめんなさい・・・。
床に落ちたユリウスの金の柔らかな髪を、まるでかけがえのない大事なものをかき集めるように、そっと両手で掬い取る。
それは―、自分のエゴのせいで、髪と一緒に娘の身体から切り離された少女である彼女そのもののようにも思えた。
掌の中の金の髪に、レナーテの涙がぽたりと落ちて、沁みとおっていった。
作品名:番外編 ~横顔~ 作家名:orangelatte