独伊?(お題チャレンジ…)
お題 『記憶喪失の男』と『物の怪』が出てくる難解なお話を書いてください。
******************************************************
夢を見た
闇の中、灯るように青い花が咲いている夢だ
天も地もわからない漆黒の闇の中に青い花が敷き詰めたように咲いている
天と地は、青い光によって境界が引かれている
地上は薄青く輝き、天は漆黒に濡れている
その狭間に、一つの人影がある
それは小さな影だ 少年…というにもまだ幼い 子供だ
闇に同化しそうなその影は、青い花の放つ淡い光に照らされてほんの少し周りの闇から浮かび上がって見える
その存在はひどく儚く、頼りないように思えたが、何故か俺にはその頼りない存在がひどくおそろしく思えた
影は後ろを向いている
黒々とした輪郭しか掴めない様な影だ
前を向いているのか、後ろを向いているのか、いやそれどころかよく考えれば一目で少年だと判断出来たことすらおかしいことだ
だが、その時は何の疑いも無くその影が、背中を向けた幼い少年だと思った
俺はただ黙って影を見つめている それしか出来ない
両足は根が生えたように動かず、唇は縫いとめられたかのように開かない
俺は俺という生き物であるかどうかも定かでは無かった
ただ鼓動の音だけがどくどくと、それだけがその世界の中で唯一の生き物のように暴れまわっていて
それでかろうじて俺は生きているのだということだけが実感できた
闇は微動だにせず、俺も、そして少年の影も世界に固定されたまま、世界はしんと静まり返っていた
どのくらいそのままの状態で時が流れただろう
永遠にも、一瞬にも感じられる静寂を破って突然世界が動き出した
青い花が風に煽られたかのようにさやさやと揺れ、小さな花弁が、ほんのりとした灯りを放ったまま闇の中に一枚、また一枚と散っていった
一枚、また一枚 見る間にそれは膨大な花吹雪となり、闇は青い光で覆われた
だが少年の影は依然として暗いまま、青い光の中に黒々と立ち尽くしていた
その時、初めて少年が動いた
少し俯いた顔を、少しずつ、こちらへ向けようとしていた
いやだ、俺は唇を縫いとめていた糸の存在も忘れて思わず叫んだ 叫ぶことが出来た
声は世界にこだましてわんわんと響いた
こだまの跳ね返る速度から、その世界が閉ざされた、酷く小さな閉ざされた世界であったことに俺は気がついた
逃げ場は無いと知った俺はもう一度叫んだ
しかし俺の拒絶など意に介さぬように、少年はついに振り向いて俺を見た
冷たい色をした瞳だけが、闇に包まれた体の中で唯一色を放っていた
その瞳と目が合ったとき、俺の中に言葉が生まれた
彼がそれを俺に伝えたのだろう
彼は言った「返せ」と ただ一言だけ
それを最後に俺の意識は拡散していった
青い青い光の中を、飛ぶように五感が解き放たれていった
最後に見たのは、青い光の中に佇む二つの影だ
黒々とした、二つの、影だった
その話をドイツから聞いたとき、イタリアの頭に浮かんだのは神聖ローマのことだった。
ドイツが、恐い夢を見たと泣きながら母親に縋りつく子供と同じ感情で夢の話をしているとわかっていながらも、
イタリアが脳裏に浮かべたその夢の中の景色は非常に穏やかで美しいものだったのだ。
そう、それはイタリアの思い出のように。
一点の曇りも無いガラスケースに収められた美しい絵画のような思い出を、イタリアは今でも時々眺めてしまうことがある。
それは思い出を懐かしんでいるのではない。
ただ、確認しているのに過ぎない。
思い出は思い出なのだと。
それは既に過ぎ去ったことなのだと。
二度と戻らないのだと。
ガラスケースに閉じ込めた、矢車菊の思い出。
それは永遠に色あせることなく、けれど動き出すことは無いのだと。
自分に言い聞かせないと、笑ってドイツと向き合っていくことは出来なかった。
思い出の中から抜け出して、しかし思い出を共有しないこの男とは。
「あれはきっと化け物だ」
イタリアが思い出の淵を覗き込もうとするのを押しのけるように、ドイツは荒々しい口調で呟いた。
我に返ったイタリアが再び焦点を目の前の男に合わせたとき、見えたものは猛々しさの中に隠し切れない怯えだった。
どんな戦場でも、難しい会議の場に臨むときでも、決して怯えなど見せなかったこの男が、声を震わせている。
そのことに気がついたイタリアは、美しく澄み渡った思い出から顔を背け、目の前で組んだ両手で額を抑える大きな男にそっと手を伸ばした。
「大丈夫だよ、ルーイ」
普段は使わない人としての名を甘く呼び、少しほつれた金糸の髪を優しく梳いてやる。
イタリアの慈愛に満ちた手つきに安心したのか、ドイツはほぅと小さく息をつくと、少し決まり悪げに笑った。
「すまない、たかが夢だというのに」
「謝ることないよ、怖い夢を見たあとに誰かと一緒にいたいの、わかるよ。その誰かにおれを選んでくれたの嬉しいよ」
言いながら、強張りの溶け始めた逞しい手の甲を撫でてやれば囁くような声で再び「すまない」と言葉が落ちてきた。
それは「ありがとう」という意味なのだと、最近ようやくわかるようになってきた。
こんな時にでも素直になれない不器用な彼に苦笑しながらも、イタリアはさっきドイツが零した言葉の意味を考える。
『化け物』
ドイツが見た夢の中の少年はきっと神聖ローマだ。
イタリアには確信があった。
それは神聖ローマの魂だろうか。それともドイツの中に眠る神聖ローマの記憶の欠片だろうか。
イタリアの手に己の手を委ねたまま、くすぐったそうに、それでもじっとしているドイツを改めて見上げる。
彼は何者だろうか。
(何者であっても、もうこの手は離さない)
思わず握り締めた硬い掌は、そこに生が息づいているという確かな暖かさを伝えた。
ドイツと神聖ローマの関係について、イタリアは正確なことを知らない。
そのことを知っている者がいるのなら、それはドイツの兄であり、半身でもあるプロイセンに他ならないと思い、一度ならず問いただしたことはあるが、
いつもならイタリアには超がつくほど甘いプロイセンが、そのことに関しては頑なに口を閉ざしてしまう。
それだけでなく、プロイセンはイタリアが神聖ローマについてドイツに質すことも嫌がるのだ。
ドイツにはどうやら幼い頃の、国としての自覚を持つ前の記憶が無いらしい。
イタリアだって、国になる前の記憶はおぼろげだが、それでも全く無いわけではない。
兄と共に祖父の庇護の下、ゆるゆると成長していたことはぼんやりと、しかし大切な記憶として残っている。
しかしドイツにはそんな微かな記憶さえも残っておらず、またそのことを自身で自覚もしていないようなのだ。
どうもドイツの周囲で彼を庇護する者たちによって、その秘密は彼自身にも秘されていたらしい。
そしてこれからも秘密の解禁はされる予定はないようだ。
イタリアと神聖ローマの関係を知っていて、哀れみさえ寄せてくれていたオーストリアでさえ、そのことに関しては甘さを見せてはくれなかった。
プロイセンにもオーストリアにもすげなく帰されたイタリアは、だからドイツと神聖ローマことに関しては分かっている事柄から想像することしか出来ない。
******************************************************
夢を見た
闇の中、灯るように青い花が咲いている夢だ
天も地もわからない漆黒の闇の中に青い花が敷き詰めたように咲いている
天と地は、青い光によって境界が引かれている
地上は薄青く輝き、天は漆黒に濡れている
その狭間に、一つの人影がある
それは小さな影だ 少年…というにもまだ幼い 子供だ
闇に同化しそうなその影は、青い花の放つ淡い光に照らされてほんの少し周りの闇から浮かび上がって見える
その存在はひどく儚く、頼りないように思えたが、何故か俺にはその頼りない存在がひどくおそろしく思えた
影は後ろを向いている
黒々とした輪郭しか掴めない様な影だ
前を向いているのか、後ろを向いているのか、いやそれどころかよく考えれば一目で少年だと判断出来たことすらおかしいことだ
だが、その時は何の疑いも無くその影が、背中を向けた幼い少年だと思った
俺はただ黙って影を見つめている それしか出来ない
両足は根が生えたように動かず、唇は縫いとめられたかのように開かない
俺は俺という生き物であるかどうかも定かでは無かった
ただ鼓動の音だけがどくどくと、それだけがその世界の中で唯一の生き物のように暴れまわっていて
それでかろうじて俺は生きているのだということだけが実感できた
闇は微動だにせず、俺も、そして少年の影も世界に固定されたまま、世界はしんと静まり返っていた
どのくらいそのままの状態で時が流れただろう
永遠にも、一瞬にも感じられる静寂を破って突然世界が動き出した
青い花が風に煽られたかのようにさやさやと揺れ、小さな花弁が、ほんのりとした灯りを放ったまま闇の中に一枚、また一枚と散っていった
一枚、また一枚 見る間にそれは膨大な花吹雪となり、闇は青い光で覆われた
だが少年の影は依然として暗いまま、青い光の中に黒々と立ち尽くしていた
その時、初めて少年が動いた
少し俯いた顔を、少しずつ、こちらへ向けようとしていた
いやだ、俺は唇を縫いとめていた糸の存在も忘れて思わず叫んだ 叫ぶことが出来た
声は世界にこだましてわんわんと響いた
こだまの跳ね返る速度から、その世界が閉ざされた、酷く小さな閉ざされた世界であったことに俺は気がついた
逃げ場は無いと知った俺はもう一度叫んだ
しかし俺の拒絶など意に介さぬように、少年はついに振り向いて俺を見た
冷たい色をした瞳だけが、闇に包まれた体の中で唯一色を放っていた
その瞳と目が合ったとき、俺の中に言葉が生まれた
彼がそれを俺に伝えたのだろう
彼は言った「返せ」と ただ一言だけ
それを最後に俺の意識は拡散していった
青い青い光の中を、飛ぶように五感が解き放たれていった
最後に見たのは、青い光の中に佇む二つの影だ
黒々とした、二つの、影だった
その話をドイツから聞いたとき、イタリアの頭に浮かんだのは神聖ローマのことだった。
ドイツが、恐い夢を見たと泣きながら母親に縋りつく子供と同じ感情で夢の話をしているとわかっていながらも、
イタリアが脳裏に浮かべたその夢の中の景色は非常に穏やかで美しいものだったのだ。
そう、それはイタリアの思い出のように。
一点の曇りも無いガラスケースに収められた美しい絵画のような思い出を、イタリアは今でも時々眺めてしまうことがある。
それは思い出を懐かしんでいるのではない。
ただ、確認しているのに過ぎない。
思い出は思い出なのだと。
それは既に過ぎ去ったことなのだと。
二度と戻らないのだと。
ガラスケースに閉じ込めた、矢車菊の思い出。
それは永遠に色あせることなく、けれど動き出すことは無いのだと。
自分に言い聞かせないと、笑ってドイツと向き合っていくことは出来なかった。
思い出の中から抜け出して、しかし思い出を共有しないこの男とは。
「あれはきっと化け物だ」
イタリアが思い出の淵を覗き込もうとするのを押しのけるように、ドイツは荒々しい口調で呟いた。
我に返ったイタリアが再び焦点を目の前の男に合わせたとき、見えたものは猛々しさの中に隠し切れない怯えだった。
どんな戦場でも、難しい会議の場に臨むときでも、決して怯えなど見せなかったこの男が、声を震わせている。
そのことに気がついたイタリアは、美しく澄み渡った思い出から顔を背け、目の前で組んだ両手で額を抑える大きな男にそっと手を伸ばした。
「大丈夫だよ、ルーイ」
普段は使わない人としての名を甘く呼び、少しほつれた金糸の髪を優しく梳いてやる。
イタリアの慈愛に満ちた手つきに安心したのか、ドイツはほぅと小さく息をつくと、少し決まり悪げに笑った。
「すまない、たかが夢だというのに」
「謝ることないよ、怖い夢を見たあとに誰かと一緒にいたいの、わかるよ。その誰かにおれを選んでくれたの嬉しいよ」
言いながら、強張りの溶け始めた逞しい手の甲を撫でてやれば囁くような声で再び「すまない」と言葉が落ちてきた。
それは「ありがとう」という意味なのだと、最近ようやくわかるようになってきた。
こんな時にでも素直になれない不器用な彼に苦笑しながらも、イタリアはさっきドイツが零した言葉の意味を考える。
『化け物』
ドイツが見た夢の中の少年はきっと神聖ローマだ。
イタリアには確信があった。
それは神聖ローマの魂だろうか。それともドイツの中に眠る神聖ローマの記憶の欠片だろうか。
イタリアの手に己の手を委ねたまま、くすぐったそうに、それでもじっとしているドイツを改めて見上げる。
彼は何者だろうか。
(何者であっても、もうこの手は離さない)
思わず握り締めた硬い掌は、そこに生が息づいているという確かな暖かさを伝えた。
ドイツと神聖ローマの関係について、イタリアは正確なことを知らない。
そのことを知っている者がいるのなら、それはドイツの兄であり、半身でもあるプロイセンに他ならないと思い、一度ならず問いただしたことはあるが、
いつもならイタリアには超がつくほど甘いプロイセンが、そのことに関しては頑なに口を閉ざしてしまう。
それだけでなく、プロイセンはイタリアが神聖ローマについてドイツに質すことも嫌がるのだ。
ドイツにはどうやら幼い頃の、国としての自覚を持つ前の記憶が無いらしい。
イタリアだって、国になる前の記憶はおぼろげだが、それでも全く無いわけではない。
兄と共に祖父の庇護の下、ゆるゆると成長していたことはぼんやりと、しかし大切な記憶として残っている。
しかしドイツにはそんな微かな記憶さえも残っておらず、またそのことを自身で自覚もしていないようなのだ。
どうもドイツの周囲で彼を庇護する者たちによって、その秘密は彼自身にも秘されていたらしい。
そしてこれからも秘密の解禁はされる予定はないようだ。
イタリアと神聖ローマの関係を知っていて、哀れみさえ寄せてくれていたオーストリアでさえ、そのことに関しては甘さを見せてはくれなかった。
プロイセンにもオーストリアにもすげなく帰されたイタリアは、だからドイツと神聖ローマことに関しては分かっている事柄から想像することしか出来ない。
作品名:独伊?(お題チャレンジ…) 作家名:〇烏兔〇