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未来のために 1

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未来のために


UC0079年12月31日
この日、後に一年戦争と呼ばれたジオン公国と地球連邦軍との戦争が、地球連邦軍の勝利という形で幕を閉じた。
最終決戦の場となったジオン公国の要塞“ア・バオア・クー”は激戦を極め、地球連邦軍の旗艦であるホワイトベースもまた、爆音と共に炎に包まれ要塞に沈んだ。
しかし、それだけの激戦にも関わらず、ホワイトベースのクルー達は一名を除き、無事にア・バオア・クーから脱出する事に成功した。
その一人、アムロ・レイを除いて…。

「アムロはこのランチにいないの!?」
セイラの叫びにブライトが首を横に振る。
「セイラやミライの方が分かるんじゃないか!?頼む、アムロを探してくれ!」
ブライトの叫びにセイラが目を閉じてアムロに呼び掛ける。けれど、数分前まであれほどまでに頭に響いて来たアムロの声が、今は全くセイラに届いて来ない。
「アムロ!アムロ!お願いよ、応えて…アムロ!」
カイに支えられながら、身を乗り出してセイラが叫ぶ。
しかし、アムロからは何も返事が返って来なかった。
ミライも必死にアムロの気配を探すが、要塞内は混乱を極め、激しい思惟が飛び交い、アムロを見つける事が出来ない。
「アムロ!アムロ!」
ミライの叫びも、とうとうアムロに届く事は無かった。
「…人が…人がそんなに便利になれる訳…無い…」
セイラの悲痛な叫びに、ブライトも他のクルー達もただ、爆発を続ける要塞を見つめることしか出来なかった。


要塞内では、ジオンの兵士たちも脱出のためにそれぞれの旗艦を目指して奔走していた。
その時、一人の兵士が微かに響く子供の声に足を止める。
声のする方に足を進めると、連邦の戦闘機が大破して墜落していた。
声はそのコックピットの辺りから聞こえてくる。
兵士はゆっくりとコックピットに近付き中を覗き込む。
そこには、白いノーマルスーツに身を包み、シートにぐったりと身体を預けるパイロットの姿があった。
パイロットはヘルメットを外し、目を閉じて何かを呟いている。
「大好きなフラウ…次に銃撃が止んだら通り抜けられるよ。ランチの所に行くんだ!出来るね?」
「カイさん、ハヤトもう終わりです。そこを撤収して、ホワイトベースに…ランチに向かってください」
「…セイラさん…頑張って…あと少しです…。身体を小さくして爆風に身を任せて…そこを出たら…みんなのランチがありますから…」
その様子に、兵士が息を止める。
「何を…言っているんだ?」
「ほら…セイラさん…もう大丈夫…良かったね…」
そう告げると、ホッとした様に大きく息を吐いて、パイロットはズルりとシートに沈み込む。
しかしその息は荒く、額からは脂汗が溢れていた。よく見ると右腕に何か細長いものが突き刺さっている。
そして、頭もどこかに打ち付けたのだろう、赤茶色の癖毛の下から真っ赤な血が溢れ、顔の半分を血に染めていた。
「おい!大丈夫か?」
敵のパイロットだと分かっているが、兵士は思わず声を掛ける。
その声に、パイロットは少し目を開けるとこちらを見つめ、ボソリと呟く。
「…ツイてないな…」
そして、そのまま意識を失ってしまった。
「おい!しっかりしろ!こんな所に居たら死んじまうぞ!」
兵士は辺りを見渡す。しかし、連邦軍は既に撤退を始めており、要塞内のこの付近には残っていない様だった。
そして、もう一度パイロットに振り返る。
「クソッ!まだ子供じゃないか!こんな子供が最前線で戦ってたっていうのか!?」
兵士はふと、戦争に巻き込まれて死んだ自分の弟を思い出す。
そして、丁度同じ年頃のパイロットに弟を重ね合わせる。
グッと拳を握り締めて少し思案した後、コックピットに乗り込み、パイロットの少年を抱えて飛び降りた。
「クソッ!見殺しには出来ねぇ!敵兵だろうと同じ人間だ!戦争だってもう終わったんだ!」
兵士は自分に言い聞かせる様に叫ぶと、パイロットの少年を抱えて旗艦に向かって駆け出した。


旗艦であるグワダンに辿り着くと、同じ隊のメンバーであるアンディが自分を見つけて駆け寄ってきた。
「リカルド!無事だったか!」
そして、兵士…リカルドが抱える人物に視線を向ける。
「おい!お前、こいつ連邦の兵士じゃねえか!」
その声に周りが騒つく。
しかし、リカルドは腕の中の少年をギュッと抱きしめてアンディを見つめる。
「分かってる…でも、まだ子供なんだ。レイと…俺の弟と同じくらいの子供なんだ。まだ息だってある。お前は見殺しに出来るのかよ!」
リカルドの叫びに皆が言葉を失う。
戦争なのだから、戦場では敵兵を殺すのは当たり前だ。ジオン公国の独立はジオン国民の悲願であり、その為に命を掛けて戦った。それを誇りに思うし後悔もしていない。
しかし、自分から進んで人を殺していたかと問われれば是とは答えられなかった。
皆、命を奪う重さを知っている。心の弱いものはその現実に向き合えず、精神を病んでしまう事さえあった。
そして改めて、リカルドの抱える連邦のパイロットを見つめる。
そのパイロットはまだ幼さの残る少年で、怪我を負い、苦痛で顔を歪ませていた。
敗戦とは言え、戦争も終わった。
それは、この少年を殺す正当な理由を失った事になる。
アンディは小さく溜め息を吐くと、リカルドの抱える少年の頭をそっと撫ぜる。
「そうだな…」
「アンディ…!」
「とりあえずは怪我の治療だな。医務室に連れて行くぞ。皆もそれでいいな?」
アンディが周りの兵士を見渡しながら確認を取る。
特に声を上げる者は居なかったが、誰もアンディとリカルドの行動を咎める事は無かった。
二人は少年を抱え医務室へと向かった。

医師に少年を診せると、まずは腕に突き刺さった物を引き抜く事になった。
暴れない様にリカルドが少年を抑えつけ、医師がそれを引き抜く。
「うッ!!!」
少年は呻き声を上げてその痛みに耐える。
しかし、その瞳が開く事は無かった。
「おい、大丈夫か?これで意識が戻らないなんて!」
リカルドが不安げに声を上げるのを、医師が厳しい表情を浮かべて頷く。
「頭を強く打っている様だからな…脳内出血を起こしている可能性もある」
「それって大丈夫なのか?」
「分からん。とりあえずCTを撮って確認する。こっちに運んでくれ」
腕の傷を手早く手当てすると、少年を検査室へと移動させた。
医務室内は少年だけではなく、数多くの負傷兵が其処此処に蹲り治療を受けている。
その様子に、リカルドが医師に向かって「すまない」と小さく謝る。
「何を謝る?」
「いや…味方の兵士の治療に追われているだろうに敵兵の治療なんて頼んじまって…」
そんなリカルドに医師が大きな溜め息を吐く。
「馬鹿を言うな。医者にとっては敵も味方も無い。怪我してりゃみんな患者だ!いらん事言ってないでこっちを手伝え!」
「お、おう!」
CTの画像を見ながら医師が目を細め、辛そうな表情を浮かべる。
「やはりな…」
「おい!どうなんだ!?」
「やはり脳内出血を起こしておる。このままでは脳を圧迫して最悪死んでしまう」
「ど、どうすりゃいいんだ!?」
「すぐに手術をする!このまま手術室に運ぶぞ!」
医師は少年を手術室に運び入れると、そのまま手術に入った。
作品名:未来のために 1 作家名:koyuho