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未来のために 1

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その手術室の前で、リカルドが心配げに扉を見つめる。
「おい、リカルド。お前もちょっと休め」
ドリンクを手渡しながらアンディがリカルドの隣に座る。
「なぁ…あいつ…大丈夫かな…」
「ドクターを信じるしかないだろう?手術をしたって事は助かる見込みがあるって事だ」
事実、重症患者で既に手の施しようのないものは、痛み止めを投与されるだけでそれ以上の治療は受けていない。
「…そうだよな…」
「リカルド…」
「あいつは弟じゃないのに…なんだか重ねちまってな…」
「レイか…。良い子だったな」
プライベートでも親交のあったアンディはリカルドの弟とも面識があった。
両親を早くに亡くした二人は、端から見ていても本当に仲のいい兄弟だった。
いつも、少し頼りない兄をしっかり者の弟がなんだかんだと文句を言いながらも世話をして、互いに支え合っていた。
しかし、そんな弟のレイは戦争に巻き込まれて十五歳という若さで命を落としてしまったのだ。
その時のリカルドの悲しみはあまりにも深く、しばらく立ち直れない程だった。
そのリカルドが連邦の少年兵に、弟の面影を重ねてしまっても仕方がないだろう。
二人がベンチに座りそんな話をしていると、「手術中」のランプが消え、扉からストレッチャーに乗せられた少年が出てきた。
「ドクター!坊主は?」
医師が術帽を外しながら、リカルドに笑顔を向ける。
「大丈夫だ。処理が早かったお陰で助かった。お前さんが連れてこなかったら間違いなく死んでたぞ」
医師の言葉にリカルドが肩をなでおろす。
「良かった…」
ホッとするリカルドの肩を、アンディがポンポンと叩く。
「良かったな、リカルド」
「ああ、本当に良かった」
流石に怪我人だらけの戦艦の医務室では個室など用意できる訳もなく。医務室の隅を簡単にパーテーションで区切り、そこに置かれた簡易ベッドに少年は寝かされていた。
手術後、丸二日間少年は目を覚まさなかった。
「ドクター、坊主の奴大丈夫なんですか?」
「ああ、術後の経過は順調だ。おそらく疲労が溜まっていたのだろう…こんな子供が最前線で戦っていたんだ。致し方あるまい…」
医師は少年の包帯を交換しながら気の毒そうな視線を向ける。
「そうですね…」

その後、リカルドは時間を見つけては少年の元に顔を出し看病をした。
そして三日後、ようやく少年は目を覚ました。
薄っすらと開いた瞼の下から、琥珀色の瞳が姿を現わす。
何度か瞬きを繰り返すと、自分を心配気に覗き込むリカルドへと視線を向ける。
「坊主!大丈夫か?」
「……」
「おい!」
「…あなたは…ここは…?僕…」
まだ意識のはっきりしない少年に、リカルドが優しく微笑む。
「安心しろ、もう大丈夫だ」
「大丈夫…?」
「ああ、ここはジオンの戦艦の中だが…お前をどうこうするつもりは無い。心配せずにまずは怪我を治そう」
「ジオン…?」
「そうだ。敵艦だが心配するな。もう戦争は終わったんだ。落ち着いたらお前が連邦に帰れるようにしてやるから」
「連邦…?」
少年はよく分からないと言うような表情を浮かべてリカルドを見上げる。
「いきなり色々言われても混乱するよな。とりあえず、お前の名前を教えてくれないか?」
「…名前…?」
「ああ、いつまでも“坊主”じゃなんだろ?」
しかし、その問いに少年は視線を彷徨わせるだけで中々答える事が出来ない。
「どうした?」
「えっと…あの…分かりま…せん。僕の…名前…僕は…僕は…!?」
次第にパニックに陥る少年を、リカルドが慌てて抱きしめる。
「落ち着け!大丈夫だ、ゆっくり息をしろ」
過呼吸になりかけた少年を必死に宥める。
医師を呼び、鎮痛剤を注射すると少年はすうっと寝息をたてて眠りに着く。
そんな少年の頬を撫でながら、リカルドが悲痛な表情を浮かべる。
「ドクター、こいつ記憶が…」
「ああ。頭を打っているからな…。ただ、戦闘と怪我で混乱しているだけかもしれん。もう少し様子を見よう」
「はい…」

しかし翌日、目を覚ましてからも、少年は自分の名前はおろか、何故怪我をしたのかさえも覚えていなかった。
「オレが見つけた時は意識もあって、何か喋っていたんだ。誰かの名前も言っていたし記憶を失っているようには見えなかった!」
「脳内出血の後遺症かもしれんな…」
医師が小さく溜め息を吐く。
「ずっと戻らないんでしょうか?」
「それは分からん。もしかしたら一時的なものかもしれんし、このまま一生戻らないかもしれない」
「そんな…」
リカルドが悲痛な表情を浮かべて拳を握りしめる。
「とりあえず今は様子を見るしかあるまい」
医師の言葉に、リカルドはただ頷くことしか出来なかった。
「それより坊主の事は上に報告したのか?」
医師の問いにリカルドがビクリと肩を揺らす。
その反応に、医師が呆れたようにリカルドを見つめる。
「もうすぐ地球圏を出てしまうぞ、連邦に返すならそろそろ手を打たんとな」
「分かっています」
上官に報告すれば、もしかしたら殺されてしまうかもしれない。そう思うと中々報告出来ずにいた。
しかし、もう迷っている時間は無かった。
「リカルド、大佐ならそう酷い事はしない筈だ。きちんと報告してこい」
「はい…分かりました」

翌日、報告を受けた上官が少年の元に現れた。
リカルドは少年に食事を食べさせていた手を止めて上官に敬礼をする。
「シャア大佐、態々足を運んで頂き申し訳ありません!」
「かまわん、リカルド中尉。それで、その兵士というのは…」
リカルドの後ろにいる兵士へと視線を向ける。
そして、そのシャアの表情が一瞬にして固まる。
「なっ!?」
目の前にいたのは、数日前に直接剣を交えたニュータイプの少年、アムロ・レイだった。
シャアは言葉を失い、視線が目の前の少年へと釘付けとなる。
「大佐?」
そんなシャアにリカルドが疑問の声を上げる。
しかし、シャアはリカルドの声に反応する事もせず、信じられないという表情を浮かべて、ベッドのアムロを見つめ続ける。
それに対し、後ろにいるアムロはシャアを見ても何の反応も返さない。ただ、不思議そうにシャアを見つめるだけだった。
「リカルド…、彼は…記憶を失っていると言っていたな…」
「はい。頭にひどい怪我を負っていて…手術でなんとか命は取り止めたんですがその時の後遺症で…」
「記憶は戻るのか?」
「それが…ドクターも何とも言えないと…」
リカルドの答えに、シャアが自身の動揺を抑えるように小さく息を吐く。
「彼は…何処に居たんだ?」
「要塞のBブロックです」
Bブロック、そこは最後にジオングとガンダムが戦い沈んだ場所だ。
そして、右腕の包帯へと視線を移す。
「この怪我は?」
「ああ、何か細い剣の様なものが突き刺さっていたんです」
その答えに、目の前の少年兵が間違いなくアムロ・レイだと理解する。
「そうか…」
アムロを見つめ、本当に自分をも忘れてしまったのかと確認を取るように自身の名を告げる。
「シャア・アズナブルだ。この艦の責任者をしている」
「シャア…・アズナブル…大佐?」
アムロはその名を呟くが、やはり何も反応を返さない。
その様子にやはり覚えていないかと、溜め息をついてシャアが頷く。
「ああ、そうだ」
「えっと…僕は…」
作品名:未来のために 1 作家名:koyuho