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デイドリーム・ビリーバーズ

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ハジメも十二歳にもなれば、父がどうしてこうリングタウンが好きなのか薄々勘付いていた。
 まだ小さな妹は何も考えず、休日ごとに広い草原で走り回って遊べることを無邪気に喜んでいたし、少し前まではハジメも妹とそう変わらなかった。しかし周囲の同年代と自分の家族の様子を見比べてみると、休日ごとに隣町まで出かけるというのはどう考えても自分の家だけで、嬉々として家族を率いていくのが父である以上、その理由を父に見つけるのは簡単なことだった。
 ハジメの一家はフォルシティに住んでいて、近代的な港町をハジメも嫌いではなかった。けれどそれ以上にのどかなリングタウンが好きだったのは、父の影響も多分にあるのかも知れない。父は要は、田舎暮らしに憧れていたのだ。そしてその頃には既にいつかはと心に決めていたのだろうし、母もそれに反対する気は全くなかったのだろう。
 とにかくそうした事情もあって、リングタウンに向かう道があるライラの森は、ハジメにとって恰好の遊び場だった。
 油断したのは、そのせいだったのだろう。
 鼻の奥がツンとして、少しでも気を抜くと涙が溢れ出しそうだったが、ハジメは意地でぐっと我慢した。この歳で迷子になったというだけでも十分恥ずかしいのに、その上泣きべそをかくなんて恥ずかしすぎる。
 鼻をすすり上げて、溜まった涙がこぼれないよう睨むように目に力を込めながら、ハジメはとにかく出口を探して森を歩いた。転んで擦りむいた膝も痛かったが、何より心細さで胸が痛かった。慣れ親しんだ森から出られないなんてことはないと強がってはいたものの、そんな虚勢はすぐにでも折れてしまいそうだった。なぜなら、ライラの森であることに変わりなくとも、ここはハジメの全く知らない部分だったからだ。
 妹とチコリータを追いかけて、どこかで道を間違えたのだろうと思う。気付けばふたりの姿はなく、深くなり始めた森で、ウツドンに追い掛け回された。何とか逃げ切ったものの、その間に完全に道に迷ってしまった。それからずっとウツドンを見るたびに避け続けて、どんどん深いところに踏み込んでいる気がする。もう出口がどっちの方向だったかさえ、全然見当がつかない。
 がさ、と背後で鳴った物音に、ハジメは思わず竦み上がった。おそるおそる振り返ると、ただ木々の間を一羽のヤミカラスが飛び移っていくだけだった。ウツドンのように、追いかけてくるというわけではない。胸を撫で下ろして再び前に向き直ったハジメは、違和感を覚えて目を瞬かせた。先程まで目の前に広がっていた景色と、どこか違うような気がする。と言っても、森はどこまで行っても同じように感じられていたし、迷っているハジメには見覚えのあるなし抜きに道がわからないのは変わりない。違和感を無視して、ハジメはまた歩き出した。自分が北に向かっているのか南を向いているのかも、もうわからなくなっていた。
 どうやらここら一帯に巣を構えているらしいウツドンを避けながら暫く歩くと、ヤミカラスが一羽、今度は目の前の木から飛び去っていった。先程のヤミカラスと同じかはわからない。ただ何となく、ハジメは嫌な感じを受けた。森の様相が先程より薄暗くなっているようなのも相まって、ヤミカラスの黒い影が不吉に思えたのだろうか。背筋が寒くなった気がしたのをハジメは頭を左右に振ってごまかし、また立ち止まっていた足を踏み出した。
 ところがそれから、少し進んで物音に驚くたび、その方向にヤミカラスの姿を見つけるようになった。決まって一羽、方向は定まらず正面であったり背後であったり側面であったりした。時折物音ではなく、自分の存在を知らしめるような鳴き声に振り向くこともあった。その鳴き声はハジメをからかって遊んでいるような響きで、多分、ヤミカラスにとってはそれ以上の意味はなかったのだろう。しかし迷子で不安が爆発しそうなハジメにとっては、ヤミカラスのこの遊びはとても怖ろしいものに感じられた。自分を迷わせている相手が、自分の周りをちらちらうろついているのだ、怖くないわけがない。怖いと感じているハジメにとっては、相手がどんなつもりなのかまでは、関係ないことだった。
 ハジメが駆け出すと、ヤミカラスもハジメを追いかけてきた。今度は隠れながらではなく、がさがさと木立を鳴らしハジメの後ろを付いてくる。けれど決して、足がもつれそうなハジメを追い越すことはない。斜め後ろの木立を飛び移りながら追ってくるヤミカラスを気にする内、自然、ハジメの注意はヤミカラスばかりに行って殆ど前を見ずに走っていた。
 だから目の前にずっと避け続けていたウツドンが飛び出してきたのに気付くのも遅れて、挟まれたハジメの頭は混乱した。頭の混乱は身体にも伝わり、急に立ち止まったせいで転びそうになる。目の前にはウツドンがいて、後ろの木にはヤミカラスがとまっている。何とか転ばずに踏ん張ることはできたが、そこから先がない。もうだめだ、とハジメはぎゅっと目を瞑った。何がだめなのかもわからないし、自分がこれからどうなるのかもわからない。ただただ怖くて、ハジメは強く目を瞑ったまま、自分を庇うように頭を抱えた。
「よう。もう大丈夫だぞ、坊主」
 けれどそれからハジメの頭上に降ってきたのは、何も怖くなどない、気の抜けるような声だった。
 ポケモンの鳴き声が聞こえた気がしてハジメがそろそろと瞼を持ち上げると、目の前にマイナンがいて、思わずわっと声を上げた。マイナンはマイナンでそれに驚いたらしく、高い声を上げて誰かの足の影に隠れてしまう。しゃがみ込んでいたその人は、ちょうどさっきのヤミカラスとウツドンに何か言い含めてから二匹を向こうに遣っていたところで、それが済み、マイナンの挙動に気付くと、ハジメの方を振り返った。
 その人が着ている、赤と黒を基調とし、ポイントに黄をあしらった制服には見覚えがあった。確か、リングタウンのレンジャーベースの制服だ。腰にも、レンジャーの証であるキャプチャ・スタイラーを下げている。ということは本物のレンジャーで、そのレンジャーがここにいるということは、ハジメを助けてくれたのだ。そう思いつくと、さっきまでの恐怖心も忘れ、ハジメは勢い良く顔を上げた。自分を助けてくれたレンジャーが、どんな人なのか早く見たかったのだ。
 黒髪の後ろ髪が左右にハネているのが少しだらしないような気がしたが、そこは寝癖を直さないハジメに言えた義理ではないだろう。よく見ると、制服も少し大きくて身体にぴったり合っていない気がする。特に袖やズボンの裾まわりに余裕が多いようだ。それがまただらしないように見えるが、それでも何故かレンジャーの制服がこの上なく似合っていた。すごい。
「まー、見たとおり、オレはレンジャーだ。お前の親御さんに頼まれて来たんだよ。遅くなって悪かったな」