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デイドリーム・ビリーバーズ

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 もう一度聞いた声はやはり緊張感の欠片もなく、耳を通る傍からこちらの気力も抜けそうなゆるさだった。表情も顔付きも声に違わずあまり力が入っていない。そのせいか、想像できる歳より幼く見えた。背筋もピンと伸びているのに、丸まっているようなイメージを受ける。一言でいえば、とてもゆるい感じの人だ。けれど何故だろう、助けられた吊り橋効果か、かっこいい、とハジメは素直に思った。レンジャーがこんなにかっこいいなんて、知らなかった。
「今、親御さんトコに連れてってやるよ」
 そう言うと、マイナンを肩に乗せたレンジャーは指先を唇に挟んで口笛を吹いた。鋭く響いたその口笛の音にも、ポケモンが集まってくる様子はない。ヤミカラスが去ってから、森は静かなものだった。見えない口笛の音を追うように木々の間の空を仰いだハジメに、レンジャーが近付いてくる。そして、ポン、と頭を撫でられた。
「迷ったことは気にすんな。次がなきゃいーんだよ、次がなきゃ。何せいい年したじーさんも迷うよーなトコだからな」
 ハジメは子ども扱いをされるのが嫌いな子どもだった。頭を撫でられながら慰められるなんて、普段なら怒って跳ね除けていてもおかしくないような行為だ。けれどこの時は、張り詰めていた気が緩んで、忘れかけていた涙さえ戻ってくるようだった。それぐらい怖かった。助けてくれて嬉しかった。
「泣きもせずによく頑張ったな、坊主。立派だったぜ」
 だからもういいんだと言われたようで、気が付くとハジメはレンジャーの胸にしがみつきながらわあわあ声を上げて泣いていた。レンジャーはハジメが落ち着くまで、黙って背中を撫でてくれた。
 思い切り泣いて落ち着いてきたところで、ハジメは頭上を旋回する羽ばたきの音に気付いた。木々の梢を揺らすその音に頭上を見上げると、緑の中では鮮やかなその色彩がよく目立つ、リザードンが木々を避けながらこちらに降りてくる。驚きで口が開いたハジメをよそに、レンジャーはリザードンに手を振り、マイナンも真似して小さな両手をぶんぶん振っていた。
「坊主、しっかり掴まってろよ」
 言うや否や、レンジャーは片手でハジメの腰を抱え、もう片方の腕で、降り立ったリザードンの首にしがみつく。見た目より強い力にリザードンの背中に引き上げられたハジメは、咄嗟にレンジャーの腕にすがりついた。直後、お腹の中がふっと浮くような感覚がして、リザードンの羽ばたきが空を打った。
 怖いと思ったのは一瞬のことで、眼下に広がった景色にハジメはわぁ、と歓声を上げる。さっきまでハジメが迷い駆け回っていたライラの森がもうあんなに小さく、向こうのフォルシティの港もすぐ下のリングタウンの家屋も、よく出来たミニチュアのように可愛い。フィオレの蒼い海が太陽の光を反射してきらきらと輝き、遠くの方で大きな水柱が上がったのは、どうやらホエルオーのジャンプのためらしかった。
 ふっとレンジャーを見上げると、ちょうど視線のかち合った彼は少し笑った。唇の端を持ち上げるような笑い方は、普通ならにやりと表現するようなところだろうが、元々表情のゆるいこのレンジャーがすると、とても和らかく見える。ずっとリザードンの首に手を置いて、細かな意思を伝えていたらしいレンジャーが軽くその首を撫でると、がくりと高度が下がってリザードンはリングタウンの広場に突っ込んで行った。
 広場では彼と同じ制服の女性レンジャーと心配顔のハジメの両親、涙目でぐずっている妹が待っていた。着地したリザードンから降りたハジメはまず妹に泣きつかれ、両親に無事で良かったと抱きしめられた。妹はまだハジメの足にしがみついたままだったが、両親はレンジャーに丁寧にお礼を述べる。レンジャーはそんな両親に軽く手を振り、女性レンジャーに一言二言何か報告をすると、またリザードンの背中に上がろうとする。
「あ、あのっ」
 勢い込んで少し裏返った声をハジメが上げると、レンジャーは動作を止めて笑った。
「もー無茶して親御さんに心配かけんなよ、坊主」
「はい! あの、ありがとうございました!!」
 おう、とそれだけ応えたレンジャーは、今度こそリザードンの背に上る。行ってしまう、と焦ったハジメは妹を引き離し、危ないから下がってと言う女性レンジャーの制止も聞かず彼に近付こうとしたが、彼女の手に肩を留められた。
「あの、僕、ハジメっていいます! レンジャーさんは……っ」
 尋ねようとした瞬間、リザードンが羽ばたきと共に空へ舞い上がり、風圧におされたハジメは女性レンジャーに支えられた。見る間に小さくなっていく朱色の影を呆然と見送るハジメは、暫く我に返ることができなかった。
 ハジメがレンジャーになることを決心したのは、この日からそう遠くはなかった。

「何だ。じゃあ結局、そのレンジャーの名前も知らないのか」
 がっかりしたようなダズルの声音に、ハジメはムッと眉を寄せた。消灯から時間も経って、男子寮の部屋は非常灯だけに照らされ薄明く、その周囲を離れると暗い。隠れるように同じ布団に潜っていても、ハジメの表情はダズルには見えないだろう。同じように、ハジメにもダズルの表情は見えない。
「ダズルが聞きたいって言ったんだろ」
 表情が見えない中、唯一感情を伝えられる声に、不機嫌さは隠さなかった。消灯後に人のベッドに潜り込んできて、話の種にレンジャーになりたいと思った理由が知りたいなんて言ってくるから話したのだ。感想があれでは、不機嫌になるのは当然だと思う。
「大体、そっちはどうなんだよ。僕だけなんてズルいだろ」
 ハジメが肘で突付くと、向こうからも肘で突付き返される。
「そこはそれで、また今度な。そうだな、ハジメの背があと5㎝伸びたら……いでっ」
 最後まで言わせず、今度は肘鉄にした。ダズルは本当に余計なことばかり言う。だからいつもリズミに怒られるのだ。
「いってーな、ホントのことじゃないか!」
「言っていいことと悪いことがあるだろ! 僕より背が高いなんて言っても5㎝だろ、たったの5㎝ぐらいが何だよ!」
「5.3cmだ、5.3cm!」
「そんなの5㎝と一緒だ!」
「いーや違うね!」
 扉の開く音とそこから差し込んだ懐中電灯の光に、同時にお互いの頭を伏せさせて口を封じた。ダズルが加減しなかったせいで、枕に鼻を打ってちょっと痛い。ハジメも手加減なんてできなかったが。
 懐中電灯はぐるりと部屋を照らすと、ややあってから扉を閉め足音も遠ざかって行った。ハジメがダズルの後頭部を押さえた手から力を抜くのと同じぐらいに、ハジメの後頭部を押さえたダズルの手の力も抜ける。そろそろと顔を上げて見合わせるが、やはり暗い中で表情までは見えなかった。
「危なかった。……ダズルのせいだからね」
「お前だって声大きかったじゃんか」
「そもそもダズルが潜り込んでこなかったら良かったんだろ」
 さすがにこれには、ダズルも反論しない。ハジメは布団を自分の方に引き寄せた。ダズルが阻止しようとするので引っかかりはあったが、半分以上は確保できたのでいい。大体、元からこれはハジメの布団なのだ。
「僕もう寝るから。おやすみ」
「……おやすみ」