ハッピーエンドのその後で
周囲に大型のポケモンが殆ど生息していないリングタウンの近くで、毎日のようにリザードンの姿が目撃されるとあっては噂にならない方がおかしい。ただ噂以上にならないのは、そのリザードンが暴れる様子など全く見せず、町の上空を軽く旋回するといずこかへと飛び去って行くというパターンを繰り返しているためだろう。まるで何かを探しているようだと言ったのはイマチだった。
リザードンが頻繁に目撃されるようになってからミッションを終えて帰還したヒナタは、旋回するリザードンを見た瞬間目を瞠って「あっ」と声を上げた。ハヤテがそれについて尋ねると、彼女は少し考えるような顔と間を見せた後、カヅキが帰って来たらわかると思います、と言った。ハヤテは何となく、それで納得した。不安を残す町の人々にとにかく危険はないことを伝え、ひとまずカヅキの帰還を待った。
スクールを卒業していないレンジャーの中で、あれほど貸して欲しいと頼まれることが多いレンジャーを、ハヤテはカヅキ以外に知らない。ゴーゴー団の事件を先頭に立って解決したことが高く評価されているのだろう。同じフィオレのレンジャーベースは、あの事件の時、何かとカヅキを派遣していたから妥当として、ユニオンからも貸して欲しいと言われたのは驚いた。議長は些細なことにはこだわらない人だが、ベースリーダーが個人でスカウトしてきたレンジャーにユニオンの仕事を手伝わせるなどというのは、普通はありえないことだ。
カヅキの出張が終わると同時に、大抵はその連絡が所属ベースのリーダーであるハヤテに届く。そしてその出張が初めて派遣するところであった場合、報告の頭は必ずと言っていいほど「はじめはあまりにやる気がなさそうに見えて、どうなるかと思ったが」といった言葉から始めるのが常だ。ユニオンも例外ではなく、その前置きの後に第一印象との評価が逆転するのも同じだった。
ただそれで気に入られたらしく、最近のカヅキは殆どリングタウンベースで活動していないのは問題だ。あまりに出張が多いせいで、新人は大抵、カヅキが仕事をしていないように思っている。外面のゆるさがその印象を後押ししているのだろう。さすがにあれはカヅキが哀れだ。
今回のミッションも、ユニオンからの要請だった。既に発ってから一週間になる。ミッションクリアの報告自体は受けているので、その内帰還するだろう。よっぽど遠いところに飛ばされてでもいない限りは。
ところが本当によっぽど遠いところに飛ばされたらしく、カヅキが帰還したのはそれから三日後のことだった。よれよれの制服にさらによれよれの身体を包んで、ピンと伸ばしていても丸まった印象の背が本当に丸まっていたせいで、普段の倍はだらしなく見える。疲労も目立つのだが、それ以上にだらしなさが先に出る。本当に、生まれ持った性分で損をしている子だ。ハヤテも手紙との印象が違いすぎて、はじめは戸惑ったものだが。
今回はどこだったのかというヒナタの問いに、カヅキは疲れきった声で小さく、「アルミア」と答えていた。ユニオンはアルミアにあるのだから当然だが、だからアルミアのどこだったのだろうか。
「とにかくよくやったな、カヅキ。お前は今日から明後日まで休暇だ、ゆっくり休め」
「は? いや、でもオレ……」
「いいから休んで、たまにはマイナンとも遊んでやれ。お前たちは少し働き過ぎだ」
カヅキは肩の上のパートナーと顔を見合わせた。マイナンも毛繕いをする暇がなかったのか、少し薄汚れている。放っておくとカヅキは有休の存在を忘れるので、こうしてはっきりと突きつけてやるぐらいでちょうどいいのだ。
「……わかりました。ありがとうございます」
カヅキは少し笑った。眉尻の下がる気の抜けるような笑い方は、これはこれで彼を知る人には好評だ。程よく緊張が取れるという意見には、ハヤテも同意する。隣のフォルシティベース所属のアリアも、最初は「あなたやる気あるの!?」と憤慨したようだが、今ではいい仕事仲間だとジョウから聞いていた。それに、レンジャーがあまりいかめしすぎるのも良くない。
「そうだカヅキ! 多分、あなたのこと探してる……」
思い付いたヒナタが言い終える前に、レンジャーベースの天井――二階が揺れた。弾かれたように、所作に似合わない素早さでカヅキが階段を駆け上がり、ハヤテもその隣に並びヒナタが続いた。
揺れの原因は、二階に上がればすぐ目に入った。いつもは大人しく待機しているカイリューがその巨体には狭い二階を飛び回って、更にその傍にはカイリューの興奮に触発されたのか鼻息の荒いリザードンがいる。最近、リングタウンの周りを飛び回っているリザードンで間違いない。ヒナタが以前、カヅキが帰って来たらわかると思います、と言ったのを思い出した。
そのカヅキは二階の状況を見るや、スタイラーを構えてディスクを打ち出していた。ディスクの軌道がまっすぐにリザードンに向いているのを見て、ハヤテはカイリューにスタイラーを向けた。
騒ぎの発端は、カイリューが出入りする二階天井の大窓から、突然リザードンが降りてきたことらしい。普段自分か他のベースの仲間以外に出入りのない窓から、知らないポケモンが入ってきたわけだからカイリューが興奮してパニックになったのも当然だ。しかもそれがポッポなどの小さなポケモンならともかく、体格の大きなリザードンである。これでカイリューが驚いて暴れだしたのに今度はリザードンが驚いて、あの騒ぎになったようだ。
ひとまず、リザードンはベースの外に連れ出された。身体が大きく、何より今は噂になっているためどうしても注目を受けたが、なるべく人目を避けてベースの裏手に連れて行く。その間もリザードンはカヅキの傍にひっついていたため、彼の探していた何かはカヅキで間違いないようだ。ヒナタの言ったとおりになった。カヅキの肩に乗っているマイナンは、心なしか眉間が寄り、ふくれているようにも見える。パートナーをとられたようで拗ねているのだろう。
「お前、あの時サマランドの洞窟にいたリザードンか?」
カヅキの問いに、リザードンは頷いた。
「山で助けに来てくれた?」
再度リザードンは頷く。表情のわかりづらいリザードンの顔にこれだけはっきりとした喜色が見えるので、カヅキとの再会とカヅキが自分を覚えていたことが相当嬉しいのだろう。
「で、今回はどーしたんだ? また何かあったのか?」
リザードンがカヅキの頬に鼻先を押し付けたため、カヅキはうっとうなってその場で踏ん張った。リザードンにとっては無邪気な親愛の表現だが、彼より二回りは小さなカヅキには心構えがなかった分、重量級の“たいあたり”に近いものがあるだろう。それでも何とか踏ん張って尻餅をつかなかったカヅキは立派だ。足が震えているが。
「リザードン、カヅキに会いに来たんじゃない? きっとカヅキのこと、気に入ったのよ」
「多分、そうだろうな。その様子じゃ、何か深刻な問題を抱えているわけでもなさそうだ」
リザードンが頻繁に目撃されるようになってからミッションを終えて帰還したヒナタは、旋回するリザードンを見た瞬間目を瞠って「あっ」と声を上げた。ハヤテがそれについて尋ねると、彼女は少し考えるような顔と間を見せた後、カヅキが帰って来たらわかると思います、と言った。ハヤテは何となく、それで納得した。不安を残す町の人々にとにかく危険はないことを伝え、ひとまずカヅキの帰還を待った。
スクールを卒業していないレンジャーの中で、あれほど貸して欲しいと頼まれることが多いレンジャーを、ハヤテはカヅキ以外に知らない。ゴーゴー団の事件を先頭に立って解決したことが高く評価されているのだろう。同じフィオレのレンジャーベースは、あの事件の時、何かとカヅキを派遣していたから妥当として、ユニオンからも貸して欲しいと言われたのは驚いた。議長は些細なことにはこだわらない人だが、ベースリーダーが個人でスカウトしてきたレンジャーにユニオンの仕事を手伝わせるなどというのは、普通はありえないことだ。
カヅキの出張が終わると同時に、大抵はその連絡が所属ベースのリーダーであるハヤテに届く。そしてその出張が初めて派遣するところであった場合、報告の頭は必ずと言っていいほど「はじめはあまりにやる気がなさそうに見えて、どうなるかと思ったが」といった言葉から始めるのが常だ。ユニオンも例外ではなく、その前置きの後に第一印象との評価が逆転するのも同じだった。
ただそれで気に入られたらしく、最近のカヅキは殆どリングタウンベースで活動していないのは問題だ。あまりに出張が多いせいで、新人は大抵、カヅキが仕事をしていないように思っている。外面のゆるさがその印象を後押ししているのだろう。さすがにあれはカヅキが哀れだ。
今回のミッションも、ユニオンからの要請だった。既に発ってから一週間になる。ミッションクリアの報告自体は受けているので、その内帰還するだろう。よっぽど遠いところに飛ばされてでもいない限りは。
ところが本当によっぽど遠いところに飛ばされたらしく、カヅキが帰還したのはそれから三日後のことだった。よれよれの制服にさらによれよれの身体を包んで、ピンと伸ばしていても丸まった印象の背が本当に丸まっていたせいで、普段の倍はだらしなく見える。疲労も目立つのだが、それ以上にだらしなさが先に出る。本当に、生まれ持った性分で損をしている子だ。ハヤテも手紙との印象が違いすぎて、はじめは戸惑ったものだが。
今回はどこだったのかというヒナタの問いに、カヅキは疲れきった声で小さく、「アルミア」と答えていた。ユニオンはアルミアにあるのだから当然だが、だからアルミアのどこだったのだろうか。
「とにかくよくやったな、カヅキ。お前は今日から明後日まで休暇だ、ゆっくり休め」
「は? いや、でもオレ……」
「いいから休んで、たまにはマイナンとも遊んでやれ。お前たちは少し働き過ぎだ」
カヅキは肩の上のパートナーと顔を見合わせた。マイナンも毛繕いをする暇がなかったのか、少し薄汚れている。放っておくとカヅキは有休の存在を忘れるので、こうしてはっきりと突きつけてやるぐらいでちょうどいいのだ。
「……わかりました。ありがとうございます」
カヅキは少し笑った。眉尻の下がる気の抜けるような笑い方は、これはこれで彼を知る人には好評だ。程よく緊張が取れるという意見には、ハヤテも同意する。隣のフォルシティベース所属のアリアも、最初は「あなたやる気あるの!?」と憤慨したようだが、今ではいい仕事仲間だとジョウから聞いていた。それに、レンジャーがあまりいかめしすぎるのも良くない。
「そうだカヅキ! 多分、あなたのこと探してる……」
思い付いたヒナタが言い終える前に、レンジャーベースの天井――二階が揺れた。弾かれたように、所作に似合わない素早さでカヅキが階段を駆け上がり、ハヤテもその隣に並びヒナタが続いた。
揺れの原因は、二階に上がればすぐ目に入った。いつもは大人しく待機しているカイリューがその巨体には狭い二階を飛び回って、更にその傍にはカイリューの興奮に触発されたのか鼻息の荒いリザードンがいる。最近、リングタウンの周りを飛び回っているリザードンで間違いない。ヒナタが以前、カヅキが帰って来たらわかると思います、と言ったのを思い出した。
そのカヅキは二階の状況を見るや、スタイラーを構えてディスクを打ち出していた。ディスクの軌道がまっすぐにリザードンに向いているのを見て、ハヤテはカイリューにスタイラーを向けた。
騒ぎの発端は、カイリューが出入りする二階天井の大窓から、突然リザードンが降りてきたことらしい。普段自分か他のベースの仲間以外に出入りのない窓から、知らないポケモンが入ってきたわけだからカイリューが興奮してパニックになったのも当然だ。しかもそれがポッポなどの小さなポケモンならともかく、体格の大きなリザードンである。これでカイリューが驚いて暴れだしたのに今度はリザードンが驚いて、あの騒ぎになったようだ。
ひとまず、リザードンはベースの外に連れ出された。身体が大きく、何より今は噂になっているためどうしても注目を受けたが、なるべく人目を避けてベースの裏手に連れて行く。その間もリザードンはカヅキの傍にひっついていたため、彼の探していた何かはカヅキで間違いないようだ。ヒナタの言ったとおりになった。カヅキの肩に乗っているマイナンは、心なしか眉間が寄り、ふくれているようにも見える。パートナーをとられたようで拗ねているのだろう。
「お前、あの時サマランドの洞窟にいたリザードンか?」
カヅキの問いに、リザードンは頷いた。
「山で助けに来てくれた?」
再度リザードンは頷く。表情のわかりづらいリザードンの顔にこれだけはっきりとした喜色が見えるので、カヅキとの再会とカヅキが自分を覚えていたことが相当嬉しいのだろう。
「で、今回はどーしたんだ? また何かあったのか?」
リザードンがカヅキの頬に鼻先を押し付けたため、カヅキはうっとうなってその場で踏ん張った。リザードンにとっては無邪気な親愛の表現だが、彼より二回りは小さなカヅキには心構えがなかった分、重量級の“たいあたり”に近いものがあるだろう。それでも何とか踏ん張って尻餅をつかなかったカヅキは立派だ。足が震えているが。
「リザードン、カヅキに会いに来たんじゃない? きっとカヅキのこと、気に入ったのよ」
「多分、そうだろうな。その様子じゃ、何か深刻な問題を抱えているわけでもなさそうだ」
作品名:ハッピーエンドのその後で 作家名:NOAKI