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ハッピーエンドのその後で

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 はあ、とカヅキは気の抜ける曖昧な返事で応えた。その手はリザードンの鼻面を撫でていて、いつの間にかマイナンがリザードンの首にうつり、頭頂部にある丸い角の片方を撫でている。カヅキの真似らしいが、自分の興味がある部分を優先しているのが何とも微笑ましい。マイナンとしては、自分がカヅキのパートナーとして“一番乗り”だという主張もあるのかも知れない。
「……カヅキ」
「はい?」
 カヅキとの再会を果たしても、リザードンが去る様子はなかった。気難しく人に慣れない、と言われるポケモンにばかり懐かれる人間というのはどこにでも少数ながら存在するものだが、カヅキもそのタイプのようだ。しかし、カヅキのパートナーはマイナンである。
「原則として、ひとりのレンジャーにパートナーポケモンは一匹だけだ」
「いや知ってますよ。一番はじめに言ってたじゃないっすか」
 何を今更、とカヅキは片手を振る。それを否定するように、ハヤテの言葉を接いだのはヒナタだった。
「だから原則だって。一度に連れ歩けるのは一匹なのに変わりはないけど、本当はパートナーポケモンが複数いてもいいの。ですよね、リーダー?」
「ああ、ヒナタの言うとおりだ。ただ、連れて行かない時は、特定の場所で信頼できる誰かが面倒を見てくれる、という条件がある。だから最初から、お前には一匹だけだと話したんだ」
 カヅキはフィオレの出身ではなく、実家があるのはアルミアより遠いジョウトだ。必然的に単身赴任なカヅキはリングタウンの民家を借りており、そちらでさえ殆ど帰れないからという理由で、ジョウトの実家は既に引き払ってしまっているらしいほどだ。パートナーポケモンが増えても、面倒を見てくれる人がいるはずはない。
 こうした状況はカヅキばかりでなく、大抵のレンジャーはひとり暮らしのため、パートナーポケモンは一匹という方が多い。ハヤテもヒナタも似たり寄ったりが現状である。
「それはわかったけど。でも何で、今それを?」
 不思議そうに眉を寄せるカヅキに対して、ハヤテが言いたいことを薄々感じ取ったらしいリザードンは喉の奥でぐるる、と唸った。唸り声に触発されたように、先程までしきりにリザードンの角を撫でていたマイナンも落胆の表情を見せる。良心は痛むが仕方のないことなのだ。トレーナーならともかく自分たちはレンジャーで、カヅキとて例に漏れない。
「どうもリザードンは、君のパートナーになりたがっているように見えてね」
 ハヤテの言葉を肯定するように、リザードンはもう一度カヅキの頬に鼻先を押し付けた。またカヅキは足を踏ん張って何とか倒れずに受け止めたが、その首にリザードンの頭から滑り落ちてきたマイナンがしがみつく。頭にマイナンをくっつけてリザードンの首にしがみつき二匹の体重を支えるカヅキは、熱烈なスキンシップを受けながらも、どこか相撲の土俵際に似ていた。これでカヅキが制服が似合わなかった頃の新人ぐらいの鍛え方なら倒れていたところだろうが、何とか踏ん張れているのは経験や貫禄と言っていいものか。
「リーダー、それ無意識ですか?」
「何がだ、ヒナタ」
「気付いてないならいいです」
 中途半端に興味だけを煽ったヒナタは、何故か呆れたような溜息を吐いた。
 リザードンからのスキンシップが落ち着きマイナンも足元に下りたカヅキはやっと姿勢が戻ったようで、労わるようにゆるくリザードンの首を撫でている。リザードンの吊り上がった眦が、今は下がっていた。三人――おそらく、マイナンも仲間が増えることを期待しただろうから――の落胆はよくわかるだけに、何だか悪者になったような気分だ。しかし、ここでカヅキにだけ例外を許すわけにもいかないのは変えられない。
 あー、と意味のない声を前置きに、カヅキは指先で頬を掻き、首を捻った。おそらくは、どう言おうか考えをまとめているのだろう、と思う。カヅキのジェスチャーはわかりづらい。普通の人が同じ仕草をしたならすぐわかるだろうが、カヅキの場合、その仕草までゆるいせいだ。
「そーいうコトらしい。残念だけどな」
 撫でるカヅキの右手に、リザードンは自らの頬を押し付ける。今度はカヅキは、意地でもよろけなかった。
「でも、遊びに来んのもダメ、ってワケじゃねーし。会おうと思えば、いつでも会えるって。それぐらいはいいっすよね、リーダー?」
「まあ、会いに来るぐらいならいいだろう」
 町の人々にはとにかく、このリザードンは心配いらないということを説明しておけば大丈夫だろう。元々が大抵ポケモン好きな人々ばかりだから、不安さえきっちりと否定すれば納得してくれる。ハヤテが頷くと、カヅキは笑顔を浮かべマイナンは両手を挙げながら飛び跳ねた。マイナンの陽気につられたように、ヒナタのプラスルまでもが身体を左右に揺らしている。素直なもので、ハヤテも自分の頬が緩むのを感じた。
「リーダー、オレ明後日まで休暇なんですよね?」
「ああ」
「っし、じゃーリザードン、オレとマイナンと遊んでくれよ」
 カヅキが言うや、マイナンがリザードンの頭に飛び乗る。表情が明るくなったリザードンは、鼻先でカヅキと自分の背中の方向とを交互に差した。背中に乗れと言っているらしいのを汲み取ったカヅキがよじ上った頃には、マイナンがリザードンの角の片方に抱きつきながら頭頂部に頬擦りしていた。カヅキが背中に上ったのを確認すると、リザードンは翼を羽ばたかせ、ゆっくりと中空に舞い上がっていく。
 手を振るカヅキとマイナンの姿は、すぐに見えなくなってしまった。空の色とは正反対のリザードンの巨躯が視界から消えるのも速い。本当に、空を行くものは速いと改めて思う。今はベースの中にいるハヤテのパートナーと、どちらが速いだろう。
「あのリザードン、帰る場所がないんだと思います」
 そう呟いたヒナタを促して、ハヤテは彼女と共にベースに戻るべく歩き出した。サマランドでの顛末は、ハヤテも聞いている。ゴーゴー団がキャプチャできずにいたずらに苦しめたリザードンを、カヅキがやむなくキャプチャして落ち着かせたこと。最後の試練だった彼をキャプチャしたことで、ゴーゴー団の目的どおりエンテイが復活してしまったこと。あの頃のヒナタはひどく沈んでいて、カヅキは珍しく難しげに見える顔で押し黙っていた。いつも内面の緊迫が表情に出ない彼が難しく見える顔をしていたのだから、内心の自責の重さが図られる。
 そのエンテイは、今はもうどこにいるのかわからない。ゴーゴー団が壊滅したあの日、キャプチャしたエンテイについてカヅキは「どっか行っちまいました」と語った。それと時を同じくして、リザードンは洞窟にいる意味を失ったのだろう。
「元気出してくれるといいんですけど」
 ヒナタはあの直後に立ち戻ったかのように、浮かない表情を見せている。そんな彼女を慰めるように、パートナーのプラスルが頭を撫でていた。
「カヅキに任せよう。今は彼しか、何とかできないようだからね」
作品名:ハッピーエンドのその後で 作家名:NOAKI