ハッピーエンドのその後で
実際は往々にして、何とかなってしまった後の方が問題なものだ。
まるで休暇の終了を待ちわびていたかのように、仕事復帰とほぼ同時にカヅキはユニオンに呼び出された。まさかとは思うが、このままなし崩しにユニオン勤務のエリアレンジャー枠にカヅキを組み込むつもりではないかとハヤテはヒナタともども戦々恐々としている。リングタウンに必要な人材だと思うから、遠いジョウトからわざわざ呼び寄せたのであって、ここまで育てたのもユニオンに引き渡すためではない。カヅキ自身のためを思えばそうした方がいいのかも知れないが、どうも巣立つ雛を見送る親鳥の気持ちだ。
しかしそうやって何度目になるかのユニオン出張の日、カヅキはいつも利用しているカイリューバスを使わなかったようだった。何せ肝心のカイリューが暇そうにあくびしており、二階にいたレンジャーの誰もがカヅキが発ったのを見ていない。ユニオンへはいつも、途中までカイリューに乗せてもらってそこからは船で向かっていたはずだ。不思議に思いはしたが、たまたま誰もいない時間帯に出発したのかも知れないとその時は納得した。
その五日後に、カヅキはリザードンに乗って帰還した。
「どーも帰る場所がないみたいで」
やや困ったようにカヅキは頭を掻いた。視線の先には、この一週間強ですっかり打ち解けたらしいマイナンとリザードンがじゃれ合う姿がある。体格が違いすぎる二匹だが、お互いの力加減なども理解しているようで大きな問題はなさそうだ。
「リリースしても戻ってくるんすよ。一応、力借りるたびにキャプチャしてますけど。こーなったらアイツの気が済むまで好きにさせるしかないんじゃねーかって思ってます」
溜息混じりに笑ったカヅキは、まんざらでもなさそうだった。確かにリリースしても戻ってくるような状況では、他に手の打ちようはない。レンジャーにとって一生に一度あるかないかのパートナーとの出会いが、たまたま重なってしまっただけだ。出会いの前後次第でパートナーだったかも知れない相手を、邪険にしたくない気持ちはわかる。
「仕方ない。今は様子を見るしかないだろう」
「ありがとうございます、リーダー」
サマランドでのことは、カヅキもずっと心に引っかかっていたことだろう。誰もカヅキやヒナタを責めはしなかったし、実際、彼らの過失ではない。だがそれと当人の心情が別なのは想像に難くはなかった。そうである以上、尚更カヅキがリザードンを放っておけるわけがない。生来のテンポで誤解されがちだが、責任感の強さはハヤテもよく知っている。
以来、カヅキの傍にリザードンがいるのは珍しいことではなくなった。とは言え、相変わらずカヅキが各地からの呼び出しに忙しいのに変わりはないので、リングタウンでそれを見かける機会は少ない。あらかじめ出張先に事情を説明しておいたため、向こうでも混乱は起こっていないようなのは幸いだった。
リングタウンが珍しく大雨に見舞われたのは、こうした出来事から一ヶ月ほどが過ぎた頃だ。リザードンが来るまで、カイリューバスの利用率一位だったカヅキの利用が減ったことで暇になりがちだったカイリューが朝から出払っており、雨による災害を見越してレンジャーの大半がベースを空けていた。残っていたのはベースを空けるわけにはいかないハヤテと、前日にミッションから帰還したばかりのカヅキとヒナタだけだった。
その内、何故かカヅキの姿が見当たらなかった。元々彼は一ヶ月ぶりに一日だけ捻じ込んだ休暇にあたるのだが、これだけレンジャーが出払っている以上、不慮の事態に備えてベースに待機するよう命じていた。万が一の時に連絡が取れたらいい話ではある。今日の急な指令も、休暇と言ってもパートナーを労って一緒に遊んだり、町の子どもたちに危険がないよう気を配りながら一緒に遊んだり、お隣の家の引越しを手伝ったり、仕事しているのと変わりなく過ごしているカヅキなので、快く引き受けてくれたことだし。しかし天候が天候だけに、少し気になった。
そのカヅキをヒナタが見つけたのは、ベースの軒下でのことだ。ベースの中には入れられないからと、リザードンの尾に、つまり外部の心臓とも言える炎に傘を差しかけていたらしい。寂しいような気がしたのは、認めざるを得ない。ここがカヅキの悪い癖だとハヤテは思う。
「カヅキはもう少し、私たちに頼ってもいいと思わないか」
ハヤテに呟きに、ヒナタとプラスルが大きく頷いた。
「今は二階のカイリューも出払っている。リザードンが入る間ぐらいなら、天窓を開けても大丈夫だろう」
尾だけは死守したが、どうしても天窓に滑り込むまでに身体の方は濡れてしまう。尾の先の炎に覆い被さるように傘を差しかけていたため、雨だというのに頬が煤けたカヅキが大きなバスタオルを広げて拭いているが、マイナンが濡れたまま走り回るせいでなかなか終わりそうになかった。けれど、リザードンの尾の先に灯る炎は赤々とした勢いを保っている。ひとまずは安心だ。
このまま、ここが定位置になるかも知れない可能性も考えた方が良さそうだ。今はカヅキ以外に慣れていないが、カイリューのようにキャプチャで心を開いてくれるかも知れない。少なくともこんな雨の日に、二階に避難させるぐらいはいいだろう。
走り回るマイナンをバスタオルで捕まえたカヅキの肩に、リザードンが甘えるように顎を乗せる。慣れてきたのか、カヅキの足の踏ん張り具合がいつかより力が入っていない気がした。三人は種族も体格もバラバラだが、一塊の団子のようになっていた。
「……リーダー、それ無意識ですか?」
「何がだ、ヒナタ」
「気付いてないならいいです」
いつかとまるで同じやり取りの後、やはりヒナタは呆れたような溜息を吐く。彼女の肩から飛び下りたプラスルが、団子の中へ混じりに駆け出して行った。
作品名:ハッピーエンドのその後で 作家名:NOAKI