常春の庭【1/14 CC大阪113 新刊】
※本文より一部抜粋※
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ざく……、ざく……、ざく……
辺り一面真っ白い中をエドワードは一人歩いていた。
足元は深く積もる雪。視界は吹雪で白く霞み、先は殆ど見えていない。こういう時、闇雲に進むのは如何なものかとは思えども、この天候の中で立ち止まっては凍えてしまう。
方向が間違っていなければ、元々目指していた場所へそろそろ着いてもおかしくない頃だった。しかし、この状況では道から外れていないのかどうか自信が持てない。何しろ、登っているのか下っているのかすら分からないのだ。
「……っくしょう、山の天気は変わりやすいっつってもこれはねーだろ」
エドワードはこの悪天候を恨んだものの、本当は自分の見込みが甘かったのだとわかっていた。
今回の目的地は深い山の奥地にあるらしいので、ひとまず麓の村を拠点にするべく宿をとった。泊る手続きのついでに宿の主人に聞いてみれば、知っている限りの事を話してくれたうえに、周辺の山の地図を提供してもらえた。土地柄、遭難防止もあって泊まり客用に常備してあるものらしい。大雑把だが目的地に印もつけてくれたので、だいたいの場所は把握できた。
だが雪山へ入るのなら、装備もきちんとした方がよいとの助言ももらった。アルフォンスも自分も雪には不慣れだし、今日は諸々足りないものを揃えて、現地に行ってみるのは明日以降にしよう。現地についての情報収集も必要だろうし。そうアルフォンスとも意見が一致したのだ。
荷物を置いた後、エドワードは食べそびれていた昼ご飯を調達するために宿を出た。そのついでに村人に話を聞いたり、少し村をぶらついたりしていたら、ちょうど山へ続く道を見つけたのだ。
その時はよく晴れていたし、日暮れまでにはまだ暫く時間があったから。雪道がどんなものか、装備はどの程度揃えた方がよさそうか、下見をしておいて損はないだろう。
そんな言い訳を自分の中で重ね、ほんのちょっとだけ……振り向けば村が見えるくらいなら。などとついつい足を進めたのが不味かった。
村人達は皆、聞けば知っている限りのことを快く教えてくれたが、口を揃えてこうも言った。
「山の天気は変わりやすい。今時分は雪が積もって足場が不安定だし、道も分かりにくくなっているから、道案内をつけて行くことだ。くれぐれも陽の高いうちに出掛けるように」
わかっている。地元の人間の助言を軽んじた訳ではないけれど、好奇心に負けてしまった自分が悪いのだと。
「あー、アルにぜってー怒られるな」
エドワードはぼやいたが、今はそれどころではなかった。どこか吹雪を凌いで身体を休められる場所を探さないと、このままでは本当に凍えて動けなくなってしまう。じきに日も暮れるだろう。こんな所で一晩過ごすなど、なんとしても避けたい。
エドワードは大木を見つけると一旦立ち止まり、両手を合わせて右手の先をナイフのように錬成して尖らせた。それから大木に近づくと幹に切れ込みを入れる。五本の線を引くと星の形になった。
一本ずつ線を増やしていって、これで五本目となる。自分用の、そして救助に来る者がいた場合の目印になればと、所々で目立ちそうな木に刻んでおいたのだ。吹雪始めてからなのもあり、方向感はさっぱりなのだが。
ほう、とため息と共に白い息を吐きながら、エドワードはぐるりと辺りを見回した。相変わらず真っ白で何も見えない。
いや――?
前方に光が見えた気がして目を凝らす。するとこの雪と暮れゆく影の中で、確かに光が――明かりが見えた。黒い木々の向こうに焚き火やランタンではなく、もっと広範囲に明るさが広がっている。
民家だろうか。ならばありがたい。目的地ならば尚よい。
そう思い、気力を振り絞りひたすらそちらを目指して進んでみれば。
突然、視界が開け目映い光に目が眩む。思わず目を瞑ったが、今まで頬に身体にと打ちつけるようだった冷たい雪と風がぴたりと止んでいる。代わりに暖かな陽射しとそよ風を感じた。
再び目を開くと――エドワードの視界には、なんと若葉の緑や色とりどりの花が咲き乱れる、まるで春の庭のような空間が広がっていた。
その空間を囲むように、エドワードの腰の高さほどの細い鉄柵が左右に連なる。それは来るものを阻むというよりも、境界線のように見えた。柵を境に内側へは雪が全く積もっていないのだ。
そしてエドワードの目の前には、柵と同じ鉄でできた小さな門があった。そこから中を覗くと、小道があって花々の中を通り抜けた奥に小屋がある。門には中心に細い鉄棒が横に差し込まれた錠があるだけで、鎖などは掛けられていない。錆びついている様子もないので、試しにスライドさせてみれば難なく動いた。
それから両手で門に触れると、キィーッと音を立てて両開きに開放される。その瞬間、ふるりと全身が震えた。ふと、錬金術を発動した時の感覚に似ていると思ったが、気温が急に変わったせいだろう。
凍るような寒さから、春真っ盛りのような暖かさに。
「これが、『常春の庭』……か?」
宿の主人から聞いた、嘗て錬金術師が住んでいたという家とその庭の様子と一致している。エドワード達はこの庭の噂を聞いて実態を確かめにきたのだから、そんなに驚くことはない。ないのだが……。
エドワードは呆然としながら、門の内側に一歩足を踏み入れた。凍えたブーツの足先は、踏み抜けるような柔らかな雪ではなく硬い土を確かに感じた。
あまりの落差に、エドワードは思わず後ろを振り返って、今まで歩いて来たはずの景色を確認しようとした。しかしその瞬間、エドワードは急激な睡魔に襲われ、すぐそこにあるであろう雪景色を見ることは叶わなかった。意識が保てず、その場に膝からぱたりと崩れ落ちる。
瞼が閉じる寸前にエドワードの金眼が捉えたのは、柔らかな黄金の陽射しの元に咲き乱れる花々だった。
【寄り道にはご用心】より
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ざく……、ざく……、ざく……
辺り一面真っ白い中をエドワードは一人歩いていた。
足元は深く積もる雪。視界は吹雪で白く霞み、先は殆ど見えていない。こういう時、闇雲に進むのは如何なものかとは思えども、この天候の中で立ち止まっては凍えてしまう。
方向が間違っていなければ、元々目指していた場所へそろそろ着いてもおかしくない頃だった。しかし、この状況では道から外れていないのかどうか自信が持てない。何しろ、登っているのか下っているのかすら分からないのだ。
「……っくしょう、山の天気は変わりやすいっつってもこれはねーだろ」
エドワードはこの悪天候を恨んだものの、本当は自分の見込みが甘かったのだとわかっていた。
今回の目的地は深い山の奥地にあるらしいので、ひとまず麓の村を拠点にするべく宿をとった。泊る手続きのついでに宿の主人に聞いてみれば、知っている限りの事を話してくれたうえに、周辺の山の地図を提供してもらえた。土地柄、遭難防止もあって泊まり客用に常備してあるものらしい。大雑把だが目的地に印もつけてくれたので、だいたいの場所は把握できた。
だが雪山へ入るのなら、装備もきちんとした方がよいとの助言ももらった。アルフォンスも自分も雪には不慣れだし、今日は諸々足りないものを揃えて、現地に行ってみるのは明日以降にしよう。現地についての情報収集も必要だろうし。そうアルフォンスとも意見が一致したのだ。
荷物を置いた後、エドワードは食べそびれていた昼ご飯を調達するために宿を出た。そのついでに村人に話を聞いたり、少し村をぶらついたりしていたら、ちょうど山へ続く道を見つけたのだ。
その時はよく晴れていたし、日暮れまでにはまだ暫く時間があったから。雪道がどんなものか、装備はどの程度揃えた方がよさそうか、下見をしておいて損はないだろう。
そんな言い訳を自分の中で重ね、ほんのちょっとだけ……振り向けば村が見えるくらいなら。などとついつい足を進めたのが不味かった。
村人達は皆、聞けば知っている限りのことを快く教えてくれたが、口を揃えてこうも言った。
「山の天気は変わりやすい。今時分は雪が積もって足場が不安定だし、道も分かりにくくなっているから、道案内をつけて行くことだ。くれぐれも陽の高いうちに出掛けるように」
わかっている。地元の人間の助言を軽んじた訳ではないけれど、好奇心に負けてしまった自分が悪いのだと。
「あー、アルにぜってー怒られるな」
エドワードはぼやいたが、今はそれどころではなかった。どこか吹雪を凌いで身体を休められる場所を探さないと、このままでは本当に凍えて動けなくなってしまう。じきに日も暮れるだろう。こんな所で一晩過ごすなど、なんとしても避けたい。
エドワードは大木を見つけると一旦立ち止まり、両手を合わせて右手の先をナイフのように錬成して尖らせた。それから大木に近づくと幹に切れ込みを入れる。五本の線を引くと星の形になった。
一本ずつ線を増やしていって、これで五本目となる。自分用の、そして救助に来る者がいた場合の目印になればと、所々で目立ちそうな木に刻んでおいたのだ。吹雪始めてからなのもあり、方向感はさっぱりなのだが。
ほう、とため息と共に白い息を吐きながら、エドワードはぐるりと辺りを見回した。相変わらず真っ白で何も見えない。
いや――?
前方に光が見えた気がして目を凝らす。するとこの雪と暮れゆく影の中で、確かに光が――明かりが見えた。黒い木々の向こうに焚き火やランタンではなく、もっと広範囲に明るさが広がっている。
民家だろうか。ならばありがたい。目的地ならば尚よい。
そう思い、気力を振り絞りひたすらそちらを目指して進んでみれば。
突然、視界が開け目映い光に目が眩む。思わず目を瞑ったが、今まで頬に身体にと打ちつけるようだった冷たい雪と風がぴたりと止んでいる。代わりに暖かな陽射しとそよ風を感じた。
再び目を開くと――エドワードの視界には、なんと若葉の緑や色とりどりの花が咲き乱れる、まるで春の庭のような空間が広がっていた。
その空間を囲むように、エドワードの腰の高さほどの細い鉄柵が左右に連なる。それは来るものを阻むというよりも、境界線のように見えた。柵を境に内側へは雪が全く積もっていないのだ。
そしてエドワードの目の前には、柵と同じ鉄でできた小さな門があった。そこから中を覗くと、小道があって花々の中を通り抜けた奥に小屋がある。門には中心に細い鉄棒が横に差し込まれた錠があるだけで、鎖などは掛けられていない。錆びついている様子もないので、試しにスライドさせてみれば難なく動いた。
それから両手で門に触れると、キィーッと音を立てて両開きに開放される。その瞬間、ふるりと全身が震えた。ふと、錬金術を発動した時の感覚に似ていると思ったが、気温が急に変わったせいだろう。
凍るような寒さから、春真っ盛りのような暖かさに。
「これが、『常春の庭』……か?」
宿の主人から聞いた、嘗て錬金術師が住んでいたという家とその庭の様子と一致している。エドワード達はこの庭の噂を聞いて実態を確かめにきたのだから、そんなに驚くことはない。ないのだが……。
エドワードは呆然としながら、門の内側に一歩足を踏み入れた。凍えたブーツの足先は、踏み抜けるような柔らかな雪ではなく硬い土を確かに感じた。
あまりの落差に、エドワードは思わず後ろを振り返って、今まで歩いて来たはずの景色を確認しようとした。しかしその瞬間、エドワードは急激な睡魔に襲われ、すぐそこにあるであろう雪景色を見ることは叶わなかった。意識が保てず、その場に膝からぱたりと崩れ落ちる。
瞼が閉じる寸前にエドワードの金眼が捉えたのは、柔らかな黄金の陽射しの元に咲き乱れる花々だった。
【寄り道にはご用心】より
作品名:常春の庭【1/14 CC大阪113 新刊】 作家名:はろ☆どき