No Title
青い石についての情報を調査するだけのミッションで、情報どころか実物を持ち帰る大成功、その功績でレンジャークラスも昇格と外から見れば悪いことなどひとつもないように思えるのに、アルミアのお城から帰って来たハジメはどこか不機嫌だった。スクールの頃から常に、ダズルがみんな騙されてる、と感じていたぐらい外面のいいハジメなので、報告中に不機嫌さを表に出すようなことはしなかっただろう。けれどそれなりに付き合いの長いダズルぐらいしかわからない程度にハジメは不機嫌そうで、努めてそれを隠そうともしていないようだった。
「アルミアのお城で、何かあったのか?」
仮眠室の薄い布団に潜り込みかけていたハジメが、一瞬動作を止めた。今日の仮眠室は、ダズルとハジメのふたりしか利用者がいない。大机を囲むように部屋の四方に長椅子が置かれ、その上に布団をかけただけの簡素な仮眠室の角で、ふたりは枕をつき合わせるような位置に陣取っている。頭の位置の近さが、スクールの頃よくハジメのベッドに潜り込んだことを思い起こさせた。
ハジメはすべすべした眉間にぎゅっと皺を寄せ、何もなかったと言うには無理があるぐらい不機嫌な表情を作った。人前ではあまり見ない表情だ。泣き出すのを我慢している迷子みたいだと言われたから、こういう顔はしないようにしていると言っていたのは学生時代で、今はレンジャーが顔を顰めていると人々に不安を与えるからと、依頼人と対する時はいつでもニコニコしているように気をつけているらしい。どちらにせよ学生時代から大して変わらない低い身長と童顔のせいで、ハジメはいつも幼く見られている。本人が気にしているので、というか指摘すると足を踏んでくるので、ダズルもあまり言わないようにはしているが。
「別に。ムカつくヤミヤミ団がいただけ」
そっけなさすぎて逆に怪しく感じるほどだ。直後に布団に潜り込んだせいで、眉間の皺ごとハジメの顔が隠れる。けれど、まだ眉間の皺は消えていないのだろう。
「だったらいつもと変わんないだろ。今回特に不機嫌そうじゃん」
布団に包まったハジメは壁の方を向いていて、直していない寝癖だけがダズルを向いている。引っ張ってみたいような手頃さだが、そうしたらきっと怒る。具体的には、引っ張ったその手を抓られるだろう。外面がいい割に、ハジメは沸点が低いのだ。
「……ダズル。僕、昔よりは背、伸びたよね?」
「え? うん……伸びたんじゃないか」
ダズルを嘘をつくのが苦手だった。実際、確かに学生時代よりは伸びているのだろうが、ハジメが伸びているのならダズルも伸びているので、相対的には大した違いがない。むしろ、伸び幅が違う分、学生時代より差が広がった気がする。それぐらいにささやかな成長だ。
「歯切れ悪いな。伸びてないと思ってるんだろ。言っとくけど、僕が小さいんじゃない。みんなが大きすぎるんだよ」
言いながらだんだん不愉快なことを思い出してきたのか、ハジメの声は壁打ちするような調子だった。“背の高すぎるみんな”の名前を指折り数えて呟くたび、名前を呼ぶハジメの声が見えないボールになって壁にぶつかっていくようだ。その反響してかえってきたボールを打ち返すように、次の名前が例に挙がって壁に打ち付けられる。
「……僕だってリズミよりは大きいし」
空しい壁打ちはそんな呟きで締めくくられた。ハジメだって別に、こんなことを言っても仕方ないのはわかっているだろう。それでも言ってしまうのは、多分、外面がいいからだ。ハーブさんなんかは本人が可愛がっているつもりでも、ハジメのプライドを傷つけているフシがある。
「身長のこと言われたのか?」
ハジメは布団の中で更に丸くなった。頭の半分まで布団に隠れてしまって、ますます拗ねているみたいに見える。
「一言も。でもアイツ、絶対に僕のことバカにしてた」
まるでダズルがそいつの分身か何かのように、答えるハジメの声が刺々しい。自分に言われたわけでもないのに、耳が痛かった。
「絶対、わざと子ども扱いしてた。見たまんまより上ってわかってて見たまんまの扱いしてた何だよセブンさんより若干背が高いからっていい気になって」
セブンさんはダズルよりもまだ背が高い。ハジメと並ぶとハジメの頭がセブンさんの肩の位置だから、相手はかなりの長身で、それも根はまじめなハジメの癇に障るようなふざけたタイプだったらしい。ということは、男だ。ハジメは女性のことをこんな悪し様には言わない。
「僕の名前もわざと間違えるし。ドハジメって何だよドハジメって上手いこと言ったつもりか。僕が両親に貰った名前にそんな余計な一音ついてないぞああ思い出したらまたイライラしてきたあのキザったらしいカッコ!」
「ハジメがそこまで言うんなら、よっぽどだったんだな」
「ああ、よっぽどだったよ」
吐き出した息の勢いで、ハジメの茶色い前髪が揺れた。いつもは寝癖以外やわらかそうな茶髪も、今は苛立ちを含み尖って見える。
「捕り逃した自分にも腹立つんだ」
布団からわずかに覗く、ハジメの丸い頭が呟いた。このきれいな丸さと身長的なちょうど良さと童顔の気安さとで、人に撫でられる機会の多いハジメの頭。それなりに年上の相手になら撫でられても何も言わないが、同年代が撫でると怒って振り払う。ハジメの身体で手足の次に沸点が低く、一番プライドを震わせるところだ。撫でたいような気はしたが、怒られるのがわかりきっているのでやめておく。どうすればハジメが怒るかは、多分、学生時代に数々の地雷を踏んできたダズルが一番よく知っている。
「そいつ何て言うの?」
けれどここまで怒りが持続したことはなかったように思う。
「知らない。アイスとか言ってた気がするけど」
知っててたまるもんか、と言っているような声だった。
「アルミアのお城で、何かあったのか?」
仮眠室の薄い布団に潜り込みかけていたハジメが、一瞬動作を止めた。今日の仮眠室は、ダズルとハジメのふたりしか利用者がいない。大机を囲むように部屋の四方に長椅子が置かれ、その上に布団をかけただけの簡素な仮眠室の角で、ふたりは枕をつき合わせるような位置に陣取っている。頭の位置の近さが、スクールの頃よくハジメのベッドに潜り込んだことを思い起こさせた。
ハジメはすべすべした眉間にぎゅっと皺を寄せ、何もなかったと言うには無理があるぐらい不機嫌な表情を作った。人前ではあまり見ない表情だ。泣き出すのを我慢している迷子みたいだと言われたから、こういう顔はしないようにしていると言っていたのは学生時代で、今はレンジャーが顔を顰めていると人々に不安を与えるからと、依頼人と対する時はいつでもニコニコしているように気をつけているらしい。どちらにせよ学生時代から大して変わらない低い身長と童顔のせいで、ハジメはいつも幼く見られている。本人が気にしているので、というか指摘すると足を踏んでくるので、ダズルもあまり言わないようにはしているが。
「別に。ムカつくヤミヤミ団がいただけ」
そっけなさすぎて逆に怪しく感じるほどだ。直後に布団に潜り込んだせいで、眉間の皺ごとハジメの顔が隠れる。けれど、まだ眉間の皺は消えていないのだろう。
「だったらいつもと変わんないだろ。今回特に不機嫌そうじゃん」
布団に包まったハジメは壁の方を向いていて、直していない寝癖だけがダズルを向いている。引っ張ってみたいような手頃さだが、そうしたらきっと怒る。具体的には、引っ張ったその手を抓られるだろう。外面がいい割に、ハジメは沸点が低いのだ。
「……ダズル。僕、昔よりは背、伸びたよね?」
「え? うん……伸びたんじゃないか」
ダズルを嘘をつくのが苦手だった。実際、確かに学生時代よりは伸びているのだろうが、ハジメが伸びているのならダズルも伸びているので、相対的には大した違いがない。むしろ、伸び幅が違う分、学生時代より差が広がった気がする。それぐらいにささやかな成長だ。
「歯切れ悪いな。伸びてないと思ってるんだろ。言っとくけど、僕が小さいんじゃない。みんなが大きすぎるんだよ」
言いながらだんだん不愉快なことを思い出してきたのか、ハジメの声は壁打ちするような調子だった。“背の高すぎるみんな”の名前を指折り数えて呟くたび、名前を呼ぶハジメの声が見えないボールになって壁にぶつかっていくようだ。その反響してかえってきたボールを打ち返すように、次の名前が例に挙がって壁に打ち付けられる。
「……僕だってリズミよりは大きいし」
空しい壁打ちはそんな呟きで締めくくられた。ハジメだって別に、こんなことを言っても仕方ないのはわかっているだろう。それでも言ってしまうのは、多分、外面がいいからだ。ハーブさんなんかは本人が可愛がっているつもりでも、ハジメのプライドを傷つけているフシがある。
「身長のこと言われたのか?」
ハジメは布団の中で更に丸くなった。頭の半分まで布団に隠れてしまって、ますます拗ねているみたいに見える。
「一言も。でもアイツ、絶対に僕のことバカにしてた」
まるでダズルがそいつの分身か何かのように、答えるハジメの声が刺々しい。自分に言われたわけでもないのに、耳が痛かった。
「絶対、わざと子ども扱いしてた。見たまんまより上ってわかってて見たまんまの扱いしてた何だよセブンさんより若干背が高いからっていい気になって」
セブンさんはダズルよりもまだ背が高い。ハジメと並ぶとハジメの頭がセブンさんの肩の位置だから、相手はかなりの長身で、それも根はまじめなハジメの癇に障るようなふざけたタイプだったらしい。ということは、男だ。ハジメは女性のことをこんな悪し様には言わない。
「僕の名前もわざと間違えるし。ドハジメって何だよドハジメって上手いこと言ったつもりか。僕が両親に貰った名前にそんな余計な一音ついてないぞああ思い出したらまたイライラしてきたあのキザったらしいカッコ!」
「ハジメがそこまで言うんなら、よっぽどだったんだな」
「ああ、よっぽどだったよ」
吐き出した息の勢いで、ハジメの茶色い前髪が揺れた。いつもは寝癖以外やわらかそうな茶髪も、今は苛立ちを含み尖って見える。
「捕り逃した自分にも腹立つんだ」
布団からわずかに覗く、ハジメの丸い頭が呟いた。このきれいな丸さと身長的なちょうど良さと童顔の気安さとで、人に撫でられる機会の多いハジメの頭。それなりに年上の相手になら撫でられても何も言わないが、同年代が撫でると怒って振り払う。ハジメの身体で手足の次に沸点が低く、一番プライドを震わせるところだ。撫でたいような気はしたが、怒られるのがわかりきっているのでやめておく。どうすればハジメが怒るかは、多分、学生時代に数々の地雷を踏んできたダズルが一番よく知っている。
「そいつ何て言うの?」
けれどここまで怒りが持続したことはなかったように思う。
「知らない。アイスとか言ってた気がするけど」
知っててたまるもんか、と言っているような声だった。