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散りゆく僕ら

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「それは違うだろうゼル。個人技よりも各々の基礎や連携を重視すべきだ」
「デザーム様の仰ることも分かるんですが……しかし短時間でも個人の練習時間が欲しいと皆が言っ」
ビ――――――
「っまずい!ゼル!!」
「え、えっ嘘だろ!?ちょ、今何時っ」
カチャン
「……23時だな」
「うぅ……すいません、失念していました」
「時間確認を怠っていたのは私も同じだ。しかし……いや、これではもう仕方無い」
閉ざされた扉を見て、デザーム様は少しだけ眉間に皺を寄せた。


散りゆく僕ら


ここエイリア学園では、生徒一人ひとりに個室が与えられ、寝食が保証される代わりに生徒らの行動が全て時間で厳格に管理されている。
メインであるサッカーの練習時間はもとより、起床、就寝も例外ではない。先程のブザーは消灯時間を告げる合図だ。
それに何の問題があるのかというと、消灯時間を過ぎると脱走防止だとかなんだかの理由で全室内側からロックされてしまうという点にあった。
消灯時間直前にうっかり廊下に出てしまった為に部屋に戻れない、なんて事が無いように外から中へは入れるようになっている仕組みで、簡単に言うと逆オートロックという感じだろうか。
しかし、そんなお優しい救済措置もこの状態……デザーム様の部屋に取り残されてしまった俺には全くの無意味だ。俺の部屋に入れても、まずデザーム様の部屋から出られないのだから。
いつもならこんなことにならない様にミーティング中にも時間はしっかり確認しているのだが、上手い事意見が噛み合わず、今日はうっかり熱くなりすぎてしまった。
どうしよう、どうすればいい。デザーム様の部屋に取り残されて朝まで出られないなんて。
しかも曲がりなりにもデザーム様と俺は恋人同士ってことになってて、そんな二人が密室に二人きりとかこれはどう考えてもヤバイ。まだ手を繋ぐのも恥ずかしがってキスするのも大変だけどこんな状況どう考えても神様がくれた大人の階段登るチャンス……うわ意識したら急に心臓ドキドキしてきた……!!

「ル…ゼル!!おい、聞いているのか」
「はっ、はいぃ!!」
「お前が気に病む必要は無い。ロックされてしまったのはもう済んだことだ。仕方ないだろう、次からまた注意すればいいことだ」

デザーム様は俺の不健全な思惑など全く知らない様子で、次回の為にとベッドサイドのアラームを操作している。
そんな斜め上のデザーム様に少しばかりの安心と、俺、全く意識されてないんだ……なんて結構な落胆を抱きながら、俺は急に自分の俗っぽさが恥ずかしくなって、浮かんだ猥雑な妄想を振り払うように、持ってきた個人データのプリントを一枚一枚、馬鹿丁寧にファイルに仕舞った。

デザーム様がアラームをセットし終わるのと、俺が全部のプリントをファイルに収めるのは殆ど同じだった。
顔を上げれば、ふと交差する視線。
静寂が二人きりということを再認識させる。
何か言いたいのに、何を言ったらいいのか分からない。
普段は髪で隠されているパジャマの襟刳りから覗く白い肌が、さっき追いやった筈の劣情を呼び起こす。

「っデザ……」
「では、さっきの話の続きだが……ん?なんだ?」
「いえ……なんでも、ないです……」
ですよね!まだ話終わってなかったですよね!分かっていました。分かっていましたとも……。


それから15分ほど話し合って、結局明日は30分だけ個人練習の時間を設けるという結論に落ち着いた。効果が出るようなら今後その時間を伸ばしていくといった条件で。正直少ないが……まあ、最初はこんなものだろう。不満なら結果を出せばいい。それだけだ。
明日皆に伝えるのを忘れない様にメモ帳に決定事項を記入する。これでよし。

「……ゼル、風呂は済んだのか?」
「あ、いえ、まだ……」
「なら入るといい。シャワールームにタオルと寝間着の予備はある」

デザーム様がそう言う通り、シャワールームには真白なタオルときっちりアイロンのかけられた寝間着が用意されていた。
本来は翌日分なのだろう。きっちり重ねて置いてある几帳面さが彼らしい。
脱衣所をぐるりと見渡す。自分の部屋と全く同じはずの場所……何かがおかしいような気がする。自分の部屋でなくデザーム様の部屋だという事を除いても、何か違う。部屋は全員同じデザインの筈だ。併設されているこのシャワールームとて例外ではない。
俺もデザーム様もマキュアのようにゴテゴテとデコったりするような柄じゃないから違和感を感じる隙も無いと思うのだが。
それでもその違和感を拭えないまま、服を脱ぎシャワーを浴びる。
ぬるい湯を浴びながら再び原因を考えるが分からない。考え過ぎなのだろうか……。
作品名:散りゆく僕ら 作家名:桐風千代子