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As you wish / プロローグ

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飢えていた。
それだけだ。


死ぬんじゃないかと思った。その夜は満月で、月の明るさに他の星が全部飲み込まれたみたいな夜空で。
ぽっかりと口をあけた穴みたいな月以外は、空には何もなかった。雲さえも。だからか、どこへ逃げても月が見ている気がした。月が追いかけて、そしてあの化 け物みたいな怪力男に自分の居場所を伝えているんじゃないかと。
血が右目にかかって視界が霞んでいる。
嫌な汗がだらだらと背中を伝い、左の肩から流れ落ちる液体は汗と血が交じり合って酷く不快な温度だった。

今夜初めて、死を意識した。

折原臨也というバケモノとして生まれ、今までの間多分、死を恐れていると叫びながら、自分は一度も死ぬかもしれない、と覚悟を決めたことはなかったのだ と、そのとき知った。
そうだ、バケモノだからだ。

・・・マズった。好みじゃなくても飲んでおくべきだった。

朦朧とする意識の中、昨日見事に振ったに女の影が翻る。姿も名前も全く思い出せないが、とりあえず好みではなかった。そんな女がいたと言う事実だけが、臨 也のなかにはある。
ああ、血が。
大事な血が、逃げていく。
池袋の裏路地からようやく出て、比較的交通量の多い通りに横付けして止まっていたトラックの荷台に這い上がった。くるりと身を翻して落ちる。すぐに、ト ラックは静かに走り出した。
手配しておいて良かった。けれど、さて、どこへ行こうか。
闇医者の姿を一瞬脳裏に描いて、すぐに首を振る。あれほど怒り心頭になった怪力男を見たのは、正直初めてだ。二度とツラ見せんな、と言う言葉に、今まで感 じたことのない重みがあった。二度と、と言うわけには行かないが、しばらくは姿を隠したほうが懸命だろう。アレのところへ行ったら、多分、すぐばれる。
からかいすぎた。
分かっている。

「・・っ、ああ、もう、おなかすいた・・・」

空腹は、思考回路を極めて鈍くする。飢えている。乾いている。それだけで、普段は越えないようにきちんと引いている一線を、うっかりで越えてしまう。
殺し合いのスリルを楽しむだけならいいが、あんな怪物に殺されるのは本意じゃない。何しろこっちは1ヶ月も食事をしていないのだから、本来の力も出せやし ないのだ。
そう、食事だ。
臨也は未だ止まらない血を、ぺろりと舌を出して舐めてみた。吐き気がするほどまずい。これだから不便なんだ、と朦朧とする頭で考えた。
栄養を取るだけなら普通に食べ物を食べればそれでいいが、何しろ臨也は吸血鬼だ。
繰り返そう。臨也は吸血鬼だ。
少なくとも1ヶ月に1度くらいは、人間の血を摂取しないと飢える。だいぶ混血が進んでいる吸血鬼の末裔みたいなものだから、飢えてもそう簡単に死にはしな いが、それでも辛い。
特定の誰かに依存するつもりはないので、その場その場で行きずりの女を捕まえるのだが、今回は本当に運が悪かった。大体首筋辺りのにおいをかげば、その血 が美味か否かは分かるわけで、そしてそのにおいが「まずい」と告げれば、グルメを自称する臨也はそれだけで食事をする気が失せる。
厄介なのは、外見の美しさと血の味は連動しない、と言うところだ。それでも女のほうが男よりは美味そうな匂いがするわけだが。
ぼんやりと空を見上げていると、携帯電話が鳴った。ドライバーがどこまで行くのか、と尋ねてくる。半分投げやりになって、どっか適当な田舎でいい、と答え た。東京から出てもいいのかと重ねて問われて、どこでもいいよと返す。寝るから、適当なところに捨てて欲しいとも付け足した。何しろ今の自分には、失うも のは何もない。
ああ、血が欲しいなあ。
美味しい血があれば、すぐにこんな傷なんかふさがるのに。元気になったら、いかにして復讐しようか計画を練ることもできるというのに。
自分の血が止まる気配はまだない。臨也は、ひとまず意識を手放した。




次に臨也が意識を取り戻したとき、彼はベッドの上にいた。
驚異的だ。
客観的に見ても非常に怪しい・・・少なくとも絶対にまともじゃないけが人を、多分言われたとおりにその辺に捨てられたのだろう行き倒れを、どうやら誰かが 拾ったらしい。
馬鹿じゃないのか。
自分だったら絶対に拾ったりしない。それこそ蹴り飛ばして放置だ。都会なら救急車を呼ばれるか、警察に引き渡されるだろう。臨也はここがどこだか知りた かったが、体中が軋んでいる今は起き上がることも出来ない。だがあのドライバーにはどっか適当な田舎と命じたのだから、おそらくは東京近郊の田舎のはず だ。
田舎対応?
ありがたいがあきれる。
どこの物知らずだ、まともじゃない怪我を負って転がっていた危険人物を拾い上げたのは。
臨也は人間が好きだ。その愚かしさ故、その予想外の賢さ故、その脆さ故に。こんな不審人物を拾おうとする「普通じゃない」人間にはがぜん興味を持つ。一体 どんな人間だろうと。
女だろうか?男だろうか?
女の可能性が高いかもしれない。女のほうがより偽善的だ。それに、臨也は自分の外見が女に好まれることを知っている。ああでも、男かもしれないな。一応成 人男子である自分を家の中に入れたのだから。まあ複数である可能性もあるわけだけど。けれども臨也は確信していた。こんな行動が・・・こんな普通じゃない 行動が、単独行動でないはずがない!
笑い出したかった。喉が酷く渇いている。
人が好きだと叫びたかった。これだから人間は楽しい。
そして馬鹿だ。
痛みの引かない左腕を無理やり動かして、手のひらで額に触れる。生ぬるいタオルがおいてあった。どうやら熱があるらしい、まあどうでもいい。頭には包帯が 巻かれていて、よかった死ぬ前に血は止まったようだと安堵する。相変わらず飢えていた。あんなに血を無駄にしてしまったのだから当たり前か。ああ、食事し たい食事したい食事したい!
渇いた喉が、引きつって掠れた笑い声を辛うじて生み出した。丁度そのときだ。
ギシリ、と言う音を耳が拾った。
足音だ。
傑作だ。
このタイミングであらわれるのか。まるで運命のようじゃないか。
食事したい。食事しよう。どんなにまずくても構わない。とにかく血だ、血があれば傷も治る。何しろ自分はバケモノなんだから。よし決めた。現れるのがむさ いオッサンでもこの際許容する。だってこんなにも。
飢えている。
乾いている。
臨也はドアを見た。視界は少し霞んでいた。カーテンから光がかすかに漏れているので、今は昼間だということがわかる。昼間に、家にいる人間という時点で、 若くて生命力のある血は望めない、とぼんやり思っていた。
けれど。
ギイ、と部屋の扉が開く。
そっと顔を出したのは、まだ幼さの残る顔立ちの少年だった。
ホント、傑作だ。
予想外だよ。
臨也は目を閉じて寝たふりをした。油断させなければ押さえつけるのはきつい。今の状態では特に。女なら非力を期待できるが、少年だから少し注意しなきゃい けないなと思った。それより今この状態で、どこまでの力が自分に出せるのかも問題だ。
場合によっては、言葉で油断を誘うほうが得策。そう考えていると、そっと足音を殺してベッドサイドにやってきた少年が、小さく息を漏らした。
ふぅ、と。
作品名:As you wish / プロローグ 作家名:夏野