未来のために 6
未来のために 6
ロベルトは、ベッドで眠るアムロの髪を優しく梳きながらその寝顔を見つめる。
アムロを拾ってから七年、二十三歳になり、大人へと成長したが、その童顔な容姿の所為か、今でもつい子供扱いしてしまう。
そんな自分に文句を言いながらも信頼を寄せて懐いてくれるアムロを、今では本当の弟の様に思っていた。
アムロが記憶を取り戻すかもしれないという不安はいつも抱えていたが、七年もの間思い出す事が無かった為、最近ではその不安も薄れかけていた。
しかし、地球圏へ帰還し、連邦に潜入する事になった時から、微かな不安が無かったとは言い切れない。
アムロを知る者に接触する可能性は充分あったのだから。
そして、よりにもよってホワイトベースの元艦長、ブライト・ノアがアーガマに乗り込む事になるとは…。
ロベルトはアムロの寝顔を見つめ、眉間に皺を寄せた。
「…ん…うう…」
眠るアムロが微かに声を上げる。
「レイ?気が付いたか」
「うう…う…僕…は…とり…か…の…」
アムロは返事を返す事無く何かを呟く。
そして、アムロの瞳から涙が溢れる。
「レイ?!」
顔を歪め、涙を流しながら魘されるアムロの肩を掴み、ロベルトが呼びかける。
「レイ!起きろ!レイ」
ロベルトの声にびくりと身体を震わせ、アムロがゆっくりと瞳を開く。
しかし、まだ夢と現実の入り混じった状態のアムロは焦点の合わない目で涙を流し、ガクガクと身体を震わせている。
「レイ!目を覚ませ!」
その声に、ようやくアムロの目が焦点を結び、声のする方へと向けられる。
「兄…さん?」
「そうだ!俺だ!分かるか?」
アムロはコクリと頷くと、ロベルトの腕に縋り付く。
「兄さん!オレっ…オレ…」
涙を流しながら縋り付くアムロの頭を掴み、そのまま自身の胸に押し当てる。
「大丈夫だ!オレはここに居るから!」
「う…うう」
ロベルトの胸に顔を埋めて肩を震わせる。
しばらくそうしていると、少し落ち着きを取り戻したアムロが、ゆっくりと顔を上げてロベルトを見つめる。
「オレ…多分…あの人(ブライト)を知ってる…それに…ガンダムも…」
「…思い…出したのか?」
恐る恐る聞くロベルトに、アムロは首を横に振る。
「…思い出しては…いない。…でも…そんな気がするんだ」
その言葉に、ロベルトは少しホッとする。
「最近は…ずっと見ていなかった夢を…また見る様になったんだ…起きたら内容は全然覚えていないんだけど…多分…あれは…オレの記憶だ…」
アムロがよく夢に魘されているのは知っていた。
アクシズに居る時も、時折魘されては夜中に飛び起きているのを何度か見た。
「レイ…」
「兄さん、オレ…嫌だ…思い出したくない!思い出したら…きっと此処に居られなくなる!シャアとも…離れなくちゃいけない…!」
「レイ!」
叫びながら縋り付くアムロを、思い切り抱き締める。
「兄さん!兄さん!助けて!」
「レイ!」
ロベルトは、アムロを抱き締める腕に力を込める。
「レイ、大丈夫だ。記憶が戻ろうが、戻らなかろうが、オレはお前の兄貴だ。大佐だって変わらない。ずっと此処に居ていいんだ!」
「兄さん…」
ロベルトの言葉と、腕から伝わる優しい思惟にアムロの瞳から涙が零れ落ちる。
「だから心配するな!オレはずっとお前の側にいる。何があってもいるから!」
「うん…」
しばらくそうして抱いていたが、点滴に含まれていた鎮静剤が効き始め、アムロから次第に力が抜けて眠りに落ちて行く。
そんなアムロの髪を撫でてから、そっと病室を出た。
すると、そこには悲痛な表情を浮かべたクワトロが壁に背を預けて佇んでいた。
「クワトロ大尉…」
「すまんが…全て聞いていた…」
ロベルトはそれにコクリと頷くと、クワトロを自室へと案内する。
「大佐、レイは…記憶が戻る事を恐れています。出来れば…ブライト少佐との接触も避けてやりたい…。Mk-Ⅱの整備からも外せませんか?」
「そうだな…。しかし、それでも一度開きかけた記憶の扉を閉じる事は難しいだろう…。ただ、急激な変化を抑えることは可能かもしれん。ブライト少佐とアストナージには私から話をしておこう」
「すみません。よろしくお願いします」
深々と頭を下げるロベルトに、クワトロは小さく溜め息を吐く。
『本当に…ただの時間稼ぎにしかならないだろうがな…』
「ここでしたか。探しました、ブライト少佐」
艦内のフリールームのテーブル席でドリンクを飲むブライトを見つけ、クワトロが声を掛ける。
「…クワトロ大尉…」
「ご一緒しても宜しいですか?」
「ええ、構いません。どうぞ」
クワトロは向かいの席に座り、ブライトを見つめる。
「エゥーゴへの参加を躊躇されているのは、私が居るからですか?」
「っ!」
単刀直入に聞くクワトロにブライトが目を見開く。
「もう気付いているのでしょう?私が嘗てジオンの赤い彗星と呼ばれていた男だと」
クワトロはスクリーングラスを外し、ブライトに向き合う。
その言葉に、ブライトが立ち上がって激昂する。
「やはり!!シャア!貴様、シャア・アズナブルか!」
「ええ、ですが今は地球連邦軍大尉 クワトロ・バジーナです」
「何を!」
「私の事が許せないのも、今こうして此処に私がいる事に納得できないのも分かります」
「当たり前だ!」
「落ち着いて下さい。全て話しましょう。彼の事も知りたいでしょう?」
“彼”と言われ、アムロの事だと理解するとブライトはドカリと椅子に座る。
「ああ、話してもらおう。全て!」
そのブライトの態度にシャアが少し驚く。
「何ですか?」
「いえ、一発くらい殴られる覚悟でいましたから」
「それは話を聞いてからでも遅くない!」
そんなブライトにシャアが苦笑する。
「そうですね」
実直なブライトの態度に、シャアは少し好感を覚える。
「まずは…、ホワイトベースに乗っていたセイラ・マスをご存知ですか?」
「勿論知っている。彼女は貴方の妹だと…ジオンの子だと言っていた」
「そんな彼女をずっと乗艦させていたのですか?」
「ああ。勿論彼女の素性が判明した時に本人に確認した。彼女は我々と共に戦うと、兄である貴方とも戦うと言った。だから彼女を信じました」
はっきりと告げるブライトに、シャアが少し頭を下げる。
ブライトはセイラの素性を知っても虐げる事なく彼女の意思を尊重してくれたのだと。
「礼をされる事など何も無い。彼女は生死を共にした仲間だ。そんな彼女を信じるのは当然だ」
「アルテイシアは…彼女は私について何か言っていましたか?」
シャアの問いに、戸惑いながらもブライトが答える。
「…鬼子だと…」
「我が妹ながら辛辣だな。しかし、あの頃の私はそう言われても仕方の無い男だった」
ため息交じりに呟き、ブライトに視線を戻す。
「私の本当の名はキャスバル・レム・ダイクン。ジオンの初代首相 ジオン・ズム・ダイクンの息子です。当時の私は、父、ジオンの暗殺の疑いも払拭できず、父の思想を歪んだ独裁政権に利用したザビ家を許す事が出来なかったのです」
「その恨みを晴らすため、身分を偽りジオンの将校に?」
「ええ、しかしホワイトベースとガンダムに…アムロ・レイに遭遇した事で…私の予定は大幅に狂う事になりました」
ロベルトは、ベッドで眠るアムロの髪を優しく梳きながらその寝顔を見つめる。
アムロを拾ってから七年、二十三歳になり、大人へと成長したが、その童顔な容姿の所為か、今でもつい子供扱いしてしまう。
そんな自分に文句を言いながらも信頼を寄せて懐いてくれるアムロを、今では本当の弟の様に思っていた。
アムロが記憶を取り戻すかもしれないという不安はいつも抱えていたが、七年もの間思い出す事が無かった為、最近ではその不安も薄れかけていた。
しかし、地球圏へ帰還し、連邦に潜入する事になった時から、微かな不安が無かったとは言い切れない。
アムロを知る者に接触する可能性は充分あったのだから。
そして、よりにもよってホワイトベースの元艦長、ブライト・ノアがアーガマに乗り込む事になるとは…。
ロベルトはアムロの寝顔を見つめ、眉間に皺を寄せた。
「…ん…うう…」
眠るアムロが微かに声を上げる。
「レイ?気が付いたか」
「うう…う…僕…は…とり…か…の…」
アムロは返事を返す事無く何かを呟く。
そして、アムロの瞳から涙が溢れる。
「レイ?!」
顔を歪め、涙を流しながら魘されるアムロの肩を掴み、ロベルトが呼びかける。
「レイ!起きろ!レイ」
ロベルトの声にびくりと身体を震わせ、アムロがゆっくりと瞳を開く。
しかし、まだ夢と現実の入り混じった状態のアムロは焦点の合わない目で涙を流し、ガクガクと身体を震わせている。
「レイ!目を覚ませ!」
その声に、ようやくアムロの目が焦点を結び、声のする方へと向けられる。
「兄…さん?」
「そうだ!俺だ!分かるか?」
アムロはコクリと頷くと、ロベルトの腕に縋り付く。
「兄さん!オレっ…オレ…」
涙を流しながら縋り付くアムロの頭を掴み、そのまま自身の胸に押し当てる。
「大丈夫だ!オレはここに居るから!」
「う…うう」
ロベルトの胸に顔を埋めて肩を震わせる。
しばらくそうしていると、少し落ち着きを取り戻したアムロが、ゆっくりと顔を上げてロベルトを見つめる。
「オレ…多分…あの人(ブライト)を知ってる…それに…ガンダムも…」
「…思い…出したのか?」
恐る恐る聞くロベルトに、アムロは首を横に振る。
「…思い出しては…いない。…でも…そんな気がするんだ」
その言葉に、ロベルトは少しホッとする。
「最近は…ずっと見ていなかった夢を…また見る様になったんだ…起きたら内容は全然覚えていないんだけど…多分…あれは…オレの記憶だ…」
アムロがよく夢に魘されているのは知っていた。
アクシズに居る時も、時折魘されては夜中に飛び起きているのを何度か見た。
「レイ…」
「兄さん、オレ…嫌だ…思い出したくない!思い出したら…きっと此処に居られなくなる!シャアとも…離れなくちゃいけない…!」
「レイ!」
叫びながら縋り付くアムロを、思い切り抱き締める。
「兄さん!兄さん!助けて!」
「レイ!」
ロベルトは、アムロを抱き締める腕に力を込める。
「レイ、大丈夫だ。記憶が戻ろうが、戻らなかろうが、オレはお前の兄貴だ。大佐だって変わらない。ずっと此処に居ていいんだ!」
「兄さん…」
ロベルトの言葉と、腕から伝わる優しい思惟にアムロの瞳から涙が零れ落ちる。
「だから心配するな!オレはずっとお前の側にいる。何があってもいるから!」
「うん…」
しばらくそうして抱いていたが、点滴に含まれていた鎮静剤が効き始め、アムロから次第に力が抜けて眠りに落ちて行く。
そんなアムロの髪を撫でてから、そっと病室を出た。
すると、そこには悲痛な表情を浮かべたクワトロが壁に背を預けて佇んでいた。
「クワトロ大尉…」
「すまんが…全て聞いていた…」
ロベルトはそれにコクリと頷くと、クワトロを自室へと案内する。
「大佐、レイは…記憶が戻る事を恐れています。出来れば…ブライト少佐との接触も避けてやりたい…。Mk-Ⅱの整備からも外せませんか?」
「そうだな…。しかし、それでも一度開きかけた記憶の扉を閉じる事は難しいだろう…。ただ、急激な変化を抑えることは可能かもしれん。ブライト少佐とアストナージには私から話をしておこう」
「すみません。よろしくお願いします」
深々と頭を下げるロベルトに、クワトロは小さく溜め息を吐く。
『本当に…ただの時間稼ぎにしかならないだろうがな…』
「ここでしたか。探しました、ブライト少佐」
艦内のフリールームのテーブル席でドリンクを飲むブライトを見つけ、クワトロが声を掛ける。
「…クワトロ大尉…」
「ご一緒しても宜しいですか?」
「ええ、構いません。どうぞ」
クワトロは向かいの席に座り、ブライトを見つめる。
「エゥーゴへの参加を躊躇されているのは、私が居るからですか?」
「っ!」
単刀直入に聞くクワトロにブライトが目を見開く。
「もう気付いているのでしょう?私が嘗てジオンの赤い彗星と呼ばれていた男だと」
クワトロはスクリーングラスを外し、ブライトに向き合う。
その言葉に、ブライトが立ち上がって激昂する。
「やはり!!シャア!貴様、シャア・アズナブルか!」
「ええ、ですが今は地球連邦軍大尉 クワトロ・バジーナです」
「何を!」
「私の事が許せないのも、今こうして此処に私がいる事に納得できないのも分かります」
「当たり前だ!」
「落ち着いて下さい。全て話しましょう。彼の事も知りたいでしょう?」
“彼”と言われ、アムロの事だと理解するとブライトはドカリと椅子に座る。
「ああ、話してもらおう。全て!」
そのブライトの態度にシャアが少し驚く。
「何ですか?」
「いえ、一発くらい殴られる覚悟でいましたから」
「それは話を聞いてからでも遅くない!」
そんなブライトにシャアが苦笑する。
「そうですね」
実直なブライトの態度に、シャアは少し好感を覚える。
「まずは…、ホワイトベースに乗っていたセイラ・マスをご存知ですか?」
「勿論知っている。彼女は貴方の妹だと…ジオンの子だと言っていた」
「そんな彼女をずっと乗艦させていたのですか?」
「ああ。勿論彼女の素性が判明した時に本人に確認した。彼女は我々と共に戦うと、兄である貴方とも戦うと言った。だから彼女を信じました」
はっきりと告げるブライトに、シャアが少し頭を下げる。
ブライトはセイラの素性を知っても虐げる事なく彼女の意思を尊重してくれたのだと。
「礼をされる事など何も無い。彼女は生死を共にした仲間だ。そんな彼女を信じるのは当然だ」
「アルテイシアは…彼女は私について何か言っていましたか?」
シャアの問いに、戸惑いながらもブライトが答える。
「…鬼子だと…」
「我が妹ながら辛辣だな。しかし、あの頃の私はそう言われても仕方の無い男だった」
ため息交じりに呟き、ブライトに視線を戻す。
「私の本当の名はキャスバル・レム・ダイクン。ジオンの初代首相 ジオン・ズム・ダイクンの息子です。当時の私は、父、ジオンの暗殺の疑いも払拭できず、父の思想を歪んだ独裁政権に利用したザビ家を許す事が出来なかったのです」
「その恨みを晴らすため、身分を偽りジオンの将校に?」
「ええ、しかしホワイトベースとガンダムに…アムロ・レイに遭遇した事で…私の予定は大幅に狂う事になりました」