未来のために 6
「アムロは…どうして貴方の元に?」
ブライトはアムロの名にピクリと反応する。
「アムロの事は…本当に偶然でした」
シャアは目を伏せて小さく息を吐く。
「アムロとは、ア・バオア・クーでの激戦で互いの機体が沈むまで戦い、その後、生身の身体でも剣を交えて戦いました」
ブライトの脳裏にあの時、艦橋のモニターに表示された『RX-78 LOST』の文字が浮かぶ。何かの間違いだと信じたかった。
「アムロと白兵戦を!?」
「ええ、彼が素人同然と知りながら、本気で戦った。アルテイシアの制止で、結局勝敗はつきませんでしたが…。いや、あれは私の敗北だったな」
と、額の傷に指を這わせる。
「あの時…初めてニュータイプ同士の共感と言うものを体験しました。あれは…互いの心の奥底まで交換し合う、不思議な体験でした…」
「ニュータイプ同士の共感…。アムロは…敵のパイロットの少女と…そう言った体験をしたと言っていた」
「ええ、ララァ・スン。彼女との出逢いは…私とアムロに多大な影響を与えた…。私はあの時、アムロに同志になるように誘った。彼のニュータイプとしての可能性を側で見たいと思ったのです…」
「それでアムロを?」
「いいえ、その時は爆風に巻き込まれて、アムロとは離れ離れになってしまいました。アルテイシアともそこで別れ、私は復讐を終わらせる為、キシリアの旗艦へと向かい、目的を果たしました」
目的を達成したはずのシャアの表情が曇っているのを、ブライトが怪訝に思う。
「目的を達成した割には浮かない顔ですね」
ブライトの問いに、シャアが苦笑する。
「復讐など…虚しいだけでした。達成した所で父も母も還らない。妹も私から去っていった」
シャアが組んだ指に力を込める。
「そんな思いで、アクシズに向かうグワダンに乗り込みました。そこに…怪我を負ったアムロをロベルト中尉が連れてきたのです。本当に偶然でした。彼はまだ子供だったアムロを見捨てられないと言って、連邦の兵士と知りながら抱えて来たそうです。私の元に報告が上がって来たのは数日経ってからで、その時既にアムロは記憶を失っていました。私を見ても何の反応も返さないアムロに、正直ショックを受けました」
「アムロの怪我は!?」
「私と白兵戦を戦った時の剣の傷と、その後、爆発に巻き込まれた時に負ったと思われる頭部の怪我でした。頭を強く打っていて脳内出血を起こし、かなり危険な状態だったそうです。その後遺症で記憶を失ったとドクターは言っていました。ここの船医のハサン医師がその時アムロの治療に当たっていますので、詳しいことは彼に聞いてください」
「そうですか…しかし、記憶を失っていたとはいえ、何故アムロに偽名を付けてまで素性を明かさなかったのですか?あいつはジオンの兵士からは恨まれていたはずだ。捕虜として扱う事も出来たでしょう?」
ブライトの問いに、シャアが不敵な笑みを浮かべる。
「ロベルト中尉の希望でした。それに、記憶が無いとはいえ、ニュータイプ、アムロ・レイを手に出来たのです。手離す筈が無い」
「なっ!」
勝手な言い分にブライトがカッとなり立ち上がる。
しかし、それを遮るようにシャアが話を続ける。
「それから…、連邦に返せば、彼はニュータイプ研究所に送られて研究者達のモルモットにされていたでしょう?」
その言葉に、ブライトはグッと喉を詰める。
「アムロの身体には無数の注射痕や電極の痕、それに血液からは薬物も検出されました。戦時中ですらそんな扱いを受けていたのです、戦争が終わったらもっと酷い扱いを受ける事になっていたのでは?」
ブライトも、セイラから報告を受け、アムロがジャブローで検診と偽り、実験のようなものをされていたと知っていた。
シャアの言う通り、連邦に帰っていたら、アムロは間違いなく研究所に送られ、その後も我々同様閑職を充てがわれるか、下手をすれば監禁されていただろう。
ブライトはグッと拳を握りしめて腰を下ろす。
「…そうですね…そうかもしれません。しかし、せめてセイラにだけでも連絡は取れなかったのですか?我々がどんな思いでアムロの生存を望み…探していたか!」
「ホワイトベースのクルーについては連邦上層部によって極秘扱いとなっていて、君たちの居所はどうしても掴めなかった」
確かに、退役したクルーについても伏せられ、戦後はセイラやカイとも連絡が取れなかった。
「それに…アムロ本人が記憶を取り戻す事を拒絶していた…。彼にとって戦争の記憶は…あまりにも辛いものだったのでしょう…」
シャアの言葉に、ブライトが押し黙る。
確かに、アムロにとってあの戦争は辛い記憶だろう…。決して自分から望んで戦場に出ていた訳ではない。後半は軍人としても成長し、自ら率先して動いてはいたが、全ては連邦の勝利の為、というよりは仲間を守る為、生き延びる為、そしてシャアと決着をつける為に戦っていたように思う。
「確かに…そうかもしれません…」
「しかし、貴方とガンダムMk-Ⅱとの接触で、アムロは記憶を取り戻しかけている…」
「本当ですか!?」
「ああ、彼が倒れたのは、恐らく記憶を思い出し掛けた事により、脳が混乱した為だとドクターは言っていた」
「では!」
「…しかし…アムロ本人がそれを拒絶し苦しんでいる。記憶が戻れば…自分はここに居られないと…」
あまりにも多くのジオン兵を倒して来たアムロには、命の恩人であるロベルト中尉が良いと言っても、自身を助け、共に過ごして来たジオン兵に対する自責の念は拭えないだろう。
「…私にどうしろと?」
「もう少し落ち着くまで…アムロとの接触を控えて貰いたい」
「アムロの記憶を戻したくないと?」
「いや、それは無理だろう。アムロは記憶を取り戻し掛けている。恐らく全て思い出すのは時間の問題だろう。しかし、急激な覚醒でアムロに負担を掛けたくない」
アムロを心配するシャアの様子に、ブライトは溜め息を吐くとそっと頷く。
「分かりました。アムロとの接触は控えましょう。彼の事も口外しません」
「すみません」
「いえ、アムロの為です。話が逸れてしまいましたが、貴方がここにいる理由を教えて頂きたい」
ブライトの真っ直ぐな瞳に、シャアも真摯に向き合う。
「ザビ家の滅亡で戦争は終結したが、地球連邦政府とスペースノイドとの間に不信が生まれ、地球連邦政府によるスペースノイドへの弾圧が始まった。ティターンズの当初の設立目的はジオン残党の討伐だったが、実際はジオンとは関係ないスペースノイドをも弾圧していた」
「それは私も感じていました。だからこそティターンズへの編入を断った」
「エゥーゴの目指しているところは准将の言った通りです。准将に出会い、私は父が本当に目指していたスペースノイドの理想の未来をようやく理解したのです」
「ジオンの目指した理想の未来…」
当時、まだ若かったブライトにはジオンが本当に求めていたものは理解できなかった。
ただ、自国の独立を訴えていただけだと思っていた。そして、ジオンの提唱を歪め、スペースノイド、アースノイド全てを独裁しようとしたザビ家の暴挙はジオンの本来の理想を打ち消してしまったのだろう。