未来のために 6
「ええ、父の理想は、貶められたスペースノイドの復権を果たし、支配や独裁ではなく、独立自治を実現させる事でした…私はこの意思を引き継ぎ、そんな未来を切り開きたい。その為にも、ティターンズを野放しにしておく訳にはいかないのです」
そう語るシャアには、それを成し遂げる事が出来るのではないかと思わせる実力とカリスマ性があるとブライトは直感する。
「お父上は…人類の革新についても提唱していましたね。それはきっと…幼い貴方にその可能性を…未来を見たからかもしれません」
「ブライト少佐?」
恐らくジオンは、幼い我が子の中にニュータイプと呼ばれる力の可能性を感じたのだろう。そうでなければそんな提唱をしない。
そして、その息子は更なる力を持つアムロを求めた。
「“クワトロ・バジーナ大尉”、貴方を信じましょう」
憑き物が取れたような、スッキリした表情でブライトが告げる。
「エゥーゴに参加します。そして、准将の言うようにアーガマの艦長も引き受けましょう」
そんなブライトに呆気にとられる。
「…そうあっさり言われてしまうと返ってこちらが信用できません」
「一年戦争の時も、個人的な恨みがあった訳では無いし。貴方はザビ家に傾倒していた訳でもなかった。お互いの立場が違っただけです」
ブライトは立ち上がり、シャアへと握手を求める。
シャアもそれに応えるように立ち上がり、その手を取る。
「そうですね。そう言って頂けると嬉しい。ブライト少佐…いえ、大佐。貴方を歓迎します」
二人は互いにその腕を強く握りあった。
「ああ、それから、私とアムロの関係だが…」
と、言いかけたところでヘンケンが現れてブライトを呼び出す。
「ブライト少佐、ブレックス准将がお呼びです」
「はい、分かりました。直ぐに行きます」
シャアに振り返りブライトが軽く会釈する。
「ああ、今言いかけていた事は…?」
「…いえ、それは…またいずれ…」
「?そうですか?では、失礼します」
ブライトの後ろ姿を見送りながらシャアが溜め息を漏らす。
「私とアムロの関係を話すのは…まだ早いか…堅物の彼には受け入れられないかもしれんな」
それからしばらく、ブライトは約束したようにアムロには接触しないように心掛けた。艦長とメカニックが会う事は殆ど無いので特に苦労は無かったが、それとなくアムロの様子を気には止めていた。
アーガマの中にいるアムロは、ホワイトベースの時のような張り詰めた様子はなく、明るく自由な雰囲気だった。
ロベルト中尉を兄と慕い、甘える様はまるで別人の様だ。
いや、当時は甘えたくても甘えられない状況だったのだろう。マチルダ中尉等、年上の女性に惹かれたのは誰かに甘えたかったのかもしれない。
そして、シャアとの距離が妙に近いのが気になった。
『メカニックとパイロットが親しいのは分かるが、近すぎないか?仮にもかつての仇敵同士だぞ?』
二人が何やら書類を見ながら会話をしているのを見かけたが、その距離が異常に近いのだ!
それにシャアの手が自然にアムロの腰や肩に回されているのも気になる。
そしてアムロもそれを普通に受け入れている。
「まさか」と言う思いが湧き上がるが、ブライトはそれを必死に否定した。
しかし、どうしても気になり、それとなくアポリー中尉に聞いてみたが、苦笑いで逃げられてしまった。
そして、決定的な瞬間を目の当たりにしてしまう。
居住スペースでアムロとシャアが何やら言い争いをしているところに遭遇した。
二人はこちらに気付いていない様子だったので、そのまま見ていると、シャアがアムロの頭を掴み、キスをしてアムロの口を塞いだのだ。
それは遠目でも濃厚な深いものと分かるもので、ぐったりと力の抜けたアムロを抱きしめ、シャアが自室へとアムロを引き入れる。
その際、シャアと一瞬目が合った。
シャアは罰が悪そうな表情をしたものの、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべ、アムロをギュッと抱きしめて扉の中へと消えて行った。
ブライトは、目の前で起こった事が受け止められず、そのまま暫くその場に立ち尽くしていた。
扉を閉めて部屋に入った瞬間、笑みを浮かべるシャアにアムロが怪訝な表情を浮かべる。
「何笑ってるんですか?オレは怒ってるんですよ」
「ああ、すまない。君に笑った訳では無い。それよりも、機嫌を直してくれないか?」
スクリーングラスを外して見つめてくるシャアに、アムロの顔が真っ赤に染まる。
「貴方狡い…」
「何がだ?」
「貴方の素顔にオレが弱いの知ってる癖に…」
「それは光栄だ…」
そう言いながらも、アムロの唇に己のそれを重ねて深く口付ける。
「愛してる…」
「オレも…ですよ…」
二人は互いに抱きしめ合い、ベッドへとなだれ込む。
こうして肌を合わせる関係になって随分経つが、アムロに飽きるなどと言うことは無く。時間が合えばこうしていつも互いを求め合った。
大人になり、当初の初々しさは消えていったものの、それを上回る色香にシャアは溺れた。
アムロもまた、自身を求めるシャアに喜びを感じ、その熱を求めた。
互いの熱を分かち合った後、腕の中で眠るアムロの髪をそっと撫でながらその寝顔を見つめる。
あれから、アムロが記憶を取り戻す事は無かった。Mk-Ⅱの整備からは外していたが、その後、機体に触れても前のようなショック状態に陥る事は無かった為、最近では整備にも入る様になった。
「君が記憶を取り戻しても…君を手放すつもりは無い…」
「…オレには…貴方の側にいる資格はありますか…」
「レイ?起きていたのか」
「今…目が覚めました…」
アムロはゆっくりと身体を起こし、シャアを見つめる。
「資格など…」
「オレは…連邦のパイロットだったんでしょう?貴方とも…戦ったんじゃないんですか?」
「…そうだな…」
「みんなとも戦って…もしかしたら大切な人を殺してしまったかもしれない!」
叫ぶアムロの腕を、シャアが引き寄せて胸に抱き締める。
「戦争だったんだ。個人的な恨みがあった訳ではない」
「でもっ!」
「レイは…私から離れたいのか?」
「そんな訳ないだろう!オレは…」
と、言い掛けてアムロがハッとして遠くに視線を向ける。
「レイ?どうした」
「…敵が…来る!」
アムロの言葉に、シャアが飛び起きて身支度を整え始める。
「数は分かるか?」
「多分…モビルスーツが十機…って、こんなオレの言葉を信じるんですか?」
「当然だ、君は人類の革新だ」
「何言ってるんですか!」
文句を言いながらアムロも床に落ちたシャツを拾い上げて身につけていく。
「しかし十機か…こちらはカミーユを入れても四機だ…不利だな…」
ふと、シャアはアムロを見つめる。
「何ですか?」
「いや、何でもない。私は艦橋に上がって艦長に報告する。レイは私のリックディアスの準備を頼む」
シャアはレイの頬に軽くキスをするとアムロに微笑む。
「…了解しました」
アムロもその頬に手を当てて、少し照れながらも微笑み返し、部屋を出るシャアを見送った。
シャアは部屋を出ると小さく溜め息を吐く。
一瞬、アムロが出撃してくれれば…と言う思いが脳裏を過ぎった。
Mk-Ⅱ二号機、機体はある。