April fool
――たとえそれが、脂(シ)の運命(さだめでも)
20XX年、旧祖トシマ。
新生ヴィスキオが治める、麻薬国家、ニホン。
その頂点に立つ、麻薬王イル・レの寵愛を受ける、銀髪の青年が一人。
「おかえり、シキ……」
淫靡に微笑む様は、綻ぶ花の様。
太股を伝う不埒な行為の証の白濁を隠しもせず、痩身に白いワイシャツを肩からひっかけただけというあられもない格好で、所有物は己の主を出迎える。格子窓のはまった、この極上の牢獄のような部屋で。
「まったく、おまえは……」
有無を言わさず、床で怯え竦む不届き者の男を愛用の日本刀で切り捨て、王は愛妾を抱きしめる。
城の内外の人間に恐怖しかもたらさない、けれど当人たちには慣れた出来事。
そうして二人は、偽りの愛を睦みあう。破綻した永遠の絆をことほぎ続ける。
下働きに汚した部屋を整えさせる間に、二人はバスルームへと向かう。
お互い服を着たまま、頭から勢いよくシャワーの温水を浴びせかけられる。
いつか見た景色の、フラッシュバックがアキラを襲う。
けれど過去も理性も、靄のかかったような己の思考ではそれはとうにどうでもいいものになり下がっていた。
「ここはそんなにも、貪欲なのか?」
「ア、んッ……!」
秘孔をまさぐられ、あられもない声が漏れる。
アキラが欲しいのはシキと、シキがもたらしてくれる快楽。それだけだ。
己を汚す不義の証の白濁を清められ、体中を丁寧にまさぐられる。
「また少し痩せたか」
不機嫌そうに、肋の骨の浮いた感触を確かめながら、シキが呟く。
ここでキスでもしてくれればいいのに、とアキラは思う。
結局バスルームで二回、そして清められたベッドの上で三度つながった。
「少しは満足したか」
乱暴に抱くほど、アキラは満足する、シキはそれを心得ている。
だから、わざと丁寧に愛撫して、快楽を引き出してから己の欲望の楔を乱暴に打ち付ける。
「もっとしてもいいくらい」
すっぽりと収まる腕の中、ふふ、とアキラが淫靡に微笑む。
「貴様の下らん遊びに付き合ってやらせるせいで優秀な人材が減っていくな」
親衛隊の隊長は何という名だったか。さほど興味がないのでアキラもシキも忘れてしまった。
「わざとそうしてるくせに」
とん、と頭をシキの胸に預け、淫猥にアキラが微笑む。
「シキが俺を退屈させるからだ」
確かに、所有物を閉じ込めて置き去りにしているのは自分の自己満足でもある。しかしアキラもこの状況につき従っている。
だが、まぁ――
「それなら、俺が貴様に新しい遊びでも提案すれば満足なのか」
気まぐれに、そんな言葉が口をついて出た。ほんの些細な思いつき。
「遊び?」
子供のような瞳で、青い双眸が輝きを取り戻す。
「そうだな……貴様が次にいつもの『遊び』を一度もしてなかったら、貴様の望みそうな褒美を何でもくれてやろう」
ふ、む、と逡巡して、咄嗟にそんな言葉がシキの言葉をついて出た。
「ホントに? 本当に何でもいいの?」
「所有物に嘘をついてなんになる」
実質ニホンの頂点に立つ麻薬王に、手に入らないものなど何もない。
金品や宝石のような安っぽいものをアキラがねだるとも思えなかったが、それで満足するならそれもよかろう。
「わかった。じゃあ」
小指を突き出された。
「何のつもりだ?」
「何って、ゆびきり。やくそく」
子供っぽいことをするものだ。内心微笑ましさを覚えながら、シキは己の小指をアキラのそれに絡ませた。
遠征は、予想外に長引いた。
実に二ヶ月以上の歳月を要したが、Nicoleで強化された兵たちの前には敵などいない。
これで大陸の三分の一は実質シキが有するものになった。
ニホンに帰るのも久しぶりだ。トシマにはこの国の行く末を嘆くように、相変わらず灰色の雲が立ち込めている。
フン、と鼻を鳴らして勝手知ったる己の城に凱旋する。仰々しい出迎えなどいらない。
久々に、アキラを抱きたかった。
どうせ、またあの淫靡な格好で出迎えるのだろう。
どう抱いてやろうか。ニヤリとシキの口の端が自然に上がる。
この時――シキは、己がアキラとした『約束』など忘れていた。
城のセキュリティの最も厳しいワンフロアの、そのさらに奥深く。
重厚な扉が出迎える。鍵は常にかけていない。掛けずともよいのだ、この奥深くに閉じ込めた手負いの駄犬が逃げ出すことなどないのだから。
「かえったぞ。所有者の出迎えくらいしないか」
Nicoleと非Nicoleの共鳴反応で、シキの帰還にはすぐに気づくアキラが、奥の小部屋に入ったまま出迎えようとしない。
ベッドが乱れた様はない。清掃係がよく仕事しているのだろう。
――さすがに、これだけの時間放っておけば拗ね出したりもするか。
何とまあ、可愛い反応ではなかろうか。
どすどすどす。
足音が響く。
――どすどすどす?
その擬態語に、やっとシキは疑問符を浮かべる。
「シキ!」
嬉しそうな声音をあげて、小部屋の扉が開かれる。
そこに立っていたのは――
「あああああああ、アキラ???」
この声は、この顔立ちは、確かにまぎれもなくアキラだ。
いや、待て。これが己の所有物だと言うのか。シキは己の目を疑う。
そして不意に気づく、そうだ、今日は何月何日だ?
カレンダーなど不要だと思っていてこの部屋に時計さえ用意しなかった己が憎らしい。
そうだ、きっと今日は4月1日なんだ。アキラの意地の悪い手の込んだ悪戯なんだ。
「シキ?」
不審そうに、アキラ――らしき物体――がシキを見つめ返す。
「アキラ……それは何の冗談だ?」
そうだ、これは何かの嘘だ。あり得ない。
――明らかに己の倍ほどの体重があろうかというアキラなど。
「冗談? 俺は普通にしてただけだよ。それよりシキ、おれ、約束守ったよ!」
確かに、今のアキラから他の男の残滓は感じられない。
というより、このアキラに手だしをする男などいるだろうか。
YシャツはおそらくLLサイズ。それさえ、ボタンを留められない。いや、ボタンをかけないのはいつものことだが。
脂肪がついて、女性の様に膨らみだしている胸囲。
メートル単位はありそうなウェスト。
歩くたび、振そでの様に揺れる二の腕。
むちむちとした太股。
ふっくらつやつや……というよりはギラギラし始めている顔。
何のつもりか、それに眼鏡までかけている。
「あ、コレ? 俺さ、ついついゲームに夢中になっちゃって、そしたら視力が落ちちゃったみたいで、作ってもらったんだ」
眼鏡に目がとまった時点で、それを不審に思ったのだろう、あーと気づいて、フレームを弄りながらアキラが呟く。
「アキラ……だな?」
これが? 言っては悪いが、この白豚が??
すっと伸ばした手は、しかし届かず振り払われる。
「あ、でもとりあえず今テチチ山のクエ品集めてるとこだから、あとででいい?」
そういって、踵を返したアキラはどすどすと小部屋に戻り、モニターを見つめて必死にマウスをクリックしている。
―――ゲームに負けたゲームに負けたゲームに負けた。
作品名:April fool 作家名:黄色