二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

April fool

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 違う。だらだらと伝う液体は断じて冷や汗などではない。シキは己に言い聞かせる。
 そして、意を決してアキラが『籠城』している小部屋を覗き込む。
 パソコンとテレビ。各種ゲームハード。そして積まれたゲームソフトと主にアニメと思しきDVD。コード類が触手の様にうねってコンセントへとつながっている。確かに、アキラが望めば何でも手に入る様にはしてあった。だから、それらの嗜好品があっても確かに不思議ではない。
 部屋中の至る所に、空になったコーラのペットボトルが置かれ、最上段のこの紙箱は――ピザか。
「あ、俺のテリヤキチキン!!」
 手を伸ばして確かめようとすれば掠め取られて、ぺろりとアキラが3口でそのひときれを呑み下し、1.5リットルのペットボトルのこちらはスポーツドリンクが半分で一気に空になる。
「シキ様……」
 いつの間に入ったのだろう、女中が申し訳なさそうにシキを見上げている。
「あ、マヤ! タルトタタン焼き上がった? やっぱりマヤのは全然味が違うんだ」
 アキラが嬉しそうに、しかし顔はモニターにかじりついたまま女中に声をかける。女中の顔と名を覚えるなど、アキラにしては異例といってもいい出来事だ。
「あ、あと10分ほどで焼き上がります……アキラ様……」
 語尾の消え入る女の目に浮かぶのは、憐憫にさえ近しい憂い顔。
 急に、シキの中にこの不可解な状況への怒りが沸き起こってきた。
 マヤ、と呼ばれた女中にそれをシキはぶつける。
「マヤ、といったか。どういうことだ、これは」
 肩をつかまれ、狂気の麻薬王の赤い瞳に見竦められてマヤと呼ばれた女中は目をそらす。
「これは……その……。アキラ様は王の不在の寂しさを、ビデオを見たりゲームをしたりして紛らわす生活をされるようになって……」
 うっ、とすすり泣くマヤ。
「想定外のことだがそれくらいはいい。それより、それで何故アキラが『ああ』なるのだ?」
「私がいけないんです……。私が焼いたチェリーパイを差し出したらアキラ様は『シキの眼みたいだね』と無邪気に笑われて……」
 ハンカチを取り出す。よよ、と女中は泣き始める。
「そうして……そのパイを寂しさがなくなるまで食べられたんです、最後まで」
「そこからでした……。大好きなオムライスを毎晩夕食に二皿召しあがる様になる日が続いて……インスタントの食品や、ハンバーガーやピザなどを拗ねて召し上がられるようになって……」
 なんとなく、分かった。
「つまり……『アレ』は俺のあてつけで、ジャンクフードとスイーツと炭酸飲料にまみれた、ゲーム漬けの廃人のような生活をしていたというわけだな」
 溜息がシキの口から洩れた。
「もっ、申し訳ございませんッ!! 責任は私たちアキラ様のお世話係がなんなりとお取りいたしますッ!!」
 深深と、マヤという女中が頭を下げる。そういえばこの女は女中頭でなかっただろうか? などということを不意にシキは思い出す。
「いい。構わん。下がっていろ。それから、その例の菓子はアキラには差し入れるな」
 それでもアキラはアキラだ。だから――
 ――だから、再調教してやる。
 ずんずん、と意を決してモニターにかじりつくアキラのもとへシキが歩み寄る。
 怒り心頭に、コンセントから乱暴にプラグを引き抜いていく。
「あッ! やっとクエ品集め終わったのにっ! シキの馬鹿ッ!!」
 ぶん、と投げつけられたマウスをひらりとシキはかわす。
「馬鹿とは何だ馬鹿とは。所有物がある時の不在をいいことに、随分な生活を送っていたようだな」
「ちゃんと約束は守った!」
 確かに、遠征前にそんな約束はかわした。交わしたが、こんなすさんだ生活をしろとは一言も言っていない。
「分かった、俺も約束はした以上褒美はくれてやろう」
 だが、今後一切ゲームはさせない。食事も管理させる。シキはそう誓った。
「ホント?」
 随分と楽しみにしていたようだが、何を望むのだろう。アキラのことだから、きっと子供っぽい要求の様な気がする。そろいの品をくれてやるなんてのもいいかもしれん。
 そんなことを思っていたシキの唇に、アキラの唇が押し付けられて――それは深いキスに変わる。チーズの味がするのは興ざめだが、こんなアキラも今日限りでかえさせてやる。
 そう思えば、こんなアキラも一度だけ味わってみるのなら悪くないかもしれない。
「結局、望みはそれか」
 フン、と鼻を鳴らす。まぁ、分かりそうなことだ。
「うん」
 にこりと笑うアキラ。だが――その次に呟かれた一言にシキは絶句した。
「おれ、シキを抱きたい」
 待て。抱かれる? 俺が? アキラに?
「冗談も休み休みい……えっ……」
 考える暇もなく、シキはアキラによって押し倒されてしまう。
 のしかかる体重によって、がんじがらめにされる。
 こんな贅肉だらけの体など……と思うが振りほどけない。
「運動不足にならないようにね、ちゃんとWiiフィットでトレーニングもしてたんだ」
 にっこりと、アキラが悪魔の笑みを浮かべる。

 ――シキが己の貞操の危機を守れたかどうかは、それはまた別の話。
作品名:April fool 作家名:黄色