冒険の書をあなたに2
丁寧にカードをシャッフルし始めたミネアの手元を、クラヴィスがじっと見つめる。
「……ふちに何か細工してあるのか?」
クラヴィスの声に、リュミエールもミネアの手元を覗き込んで不思議そうに首を傾げている。
「枚数も少ない気がいたしますが……」
興味津々の二人に、ミネアは口元に柔らかな笑みを浮かべて話し出す。
「そうですね、このカードは少し特殊なんです。ご覧になりますか?」
手を止めてタロットをまとめ、クラヴィスに手渡す。
大きな手の中に納まったタロットがまるで別物のような可愛らしさに映り、ミネアもまた物珍し気にその光景を眺めている。
「銀箔……にしては随分としっかりしている」
「ええ、箔ではありません。これはカードのふちを銀で補強し、武器としても使えるタロットなんです────このように」
ミネアが一枚のタロットを手に取り、近くの木へ投げつける。カードはシュッと風を切り、幹に突き刺さった。
「ほう……」
小さく感嘆の声を上げたクラヴィスが目を見開いている。
「あなたも占いをなさるのでしたら、試してみます?」
穏やかながらどこか有無を言わせない調子で、ミネアは懐からもう一つの銀のタロットを取り出し、クラヴィスへと手渡した。
「こちらは予備として持っているものなので、それで何か占ってみてください」
ミネアのこの強引とも言える態度が現女王陛下の候補生だった頃を彷彿とさせ、クラヴィスは微かに笑ってタロットの箱を開けていく。
「占うのは構わぬが……見知らぬカードが出ても知らんぞ」
「そこまで出るなら上等ですよ。勘のない者が引いても、ただの白紙になりますから」
そう言って微笑んだミネアはどこか妖しげで、姉マーニャとよく似た雰囲気が漂う。
クラヴィスはふちに気を付けてカードを切り混ぜ、まとめたデッキを横にするりと崩す。
銀の縁取りが美しく並ぶ中から、クラヴィスは迷い無く選び出した一枚を表に向けた。
「月の逆位置だな。時間の経過とともに真実が明るみに出て、事態は好転する」
クラヴィスが視線を上げると、ミネアのまなざしとぶつかった。
「我々の今後についてを問うた。どうやら希望はあるらしい」
さほど抑揚のない声でそう告げると、ミネアの頬がゆるゆると持ち上がった。
「……素晴らしいわ。では通常のタロットと違うところだけお教えしましょう」
「必要ない。タロットなら自分のものがある」
クラヴィスが辞退するも、ミネアは頭を振った。
「いいえ、あなたは知っておくべきです。いずれ必要に迫られるときがやって来ますから」
きっぱりと言い切られ、忌々し気に睨みを利かせたクラヴィスが言い返す。
「定めだとでも言うのか」
占い稼業をしていると輩に絡まれる事も多く、この手の睨みには動じないミネアがゆっくりと頷く。
「その通りです。私たちの出会いは必然、こうなるように運命づけられています」
「……。ならば致し方あるまい。面倒だが従うとしよう……」
案外素直に折れた闇の守護聖の姿を、周囲の守護聖たちが驚きつつ眺めていた。
ミネアがクラヴィスにつきっきり指導の間、オスカーは剣の素振りを始め、マルセルはシンシア、バトラーと共に木の実を探しに森へ入り、リュミエールとマーニャは交代でオリヴィエの看護に当たっている。
戸口の前に立ったマーニャが解放されている扉をコンと叩いた。
「リュミエール、そろそろ交代。後は私が見てるわ」
マーニャの呼びかけに顔を上げたリュミエールが、微かな衣擦れの音をさせて立ち上がる。
「ありがとうございます。ではお願いしますね」
「……様子はまだ変化なし、よね?」
「ええ……残念ながら」
立ち去ろうとする足取りが重たいことに気付いたマーニャが、ひとつ提案を持ちかけた。
「ねえ、もし手持無沙汰だったら、ここで何か弾いてあげたら?」
「曲を……ですか?」
「眠ってたって耳は聞こえてるんだから、何かの助けになるかも知れないし。ならなくても私が聞きたいわ」
「そうですね。他に出来ることもありませんし、やってみましょう」
足元に置いていたハープを膝に乗せ、長い指先が弦を弾き出した。
リュミエールはここ数回の演奏に異変がなかったために、肝心なことをすっかり失念していた────魔物を呼び寄せてしまうことを。
ハープの音色が聞こえてすぐに、クラヴィスの顔つきが険しくなった。
「……悪いが、中断させて貰う」
広げられた銀のタロットを手早くまとめ、箱に戻す間も惜しいとばかりに鷲掴んだままオリヴィエのいる建物へと向かう。
「私も行きます。何か来てる」
大股で素早く歩いていくクラヴィスをミネアは小走りで追いかける。
同じく音色を聞きつけ危険を察知したオスカーも、剣を片手に駆け寄ってきた。
三人が建物に入る直前でドォンと大きな爆発が起きた。屋根の一部が吹き飛ばされ、もうもうと煙が上がる。
「姉さん!?」
血相を変えて飛び込んできた妹を見て、マーニャは余裕の笑みで肩を竦めた。
「あーやっちゃった。後でソロに謝らなきゃ……屋根壊しちゃったわ」
良く見れば、口元は笑っているが目に笑みはない。屋根の吹き飛んだ方角を顎でしゃくる。
「あいつらのせいでね!」
言葉を吐き捨てたマーニャが示した先には、紫色の体色に大きな緑色の鶏冠を持った大蛇がとぐろを巻き、しきりに警告音を鳴らしている。
「まだ一匹残ってる。眠らせて」
鉄の扇を広げて身構えた姉の指示に、こくりと頷きを返したミネアが呪文を唱える。
「ラリホー!」
眠りの呪文が効き、大蛇の魔物ピットバイパーはくたりと意識を手放す。
そこに駆け込んできたオスカーが颯爽と姉妹の前に進み出ると、すかさず愛剣でピットバイパーにとどめを刺した。
マーニャによる先の呪文で既に弱っていたらしいピットバイパーが砂と化したのを確認してから、リュミエールへ声をかけた。
「リュミエール大丈夫か! オリヴィエは!?」
「オスカー、こちらです!」
声のするほうを向くと、リュミエールの腕に抱えられたオリヴィエを確認した。咄嗟に部屋の隅へ避難していたと分かり、オスカーはようやく胸を撫で下ろした。
天井近くにどんよりとした吹き溜まりを見つけ、戸口を塞ぐように立っていたクラヴィスが睨み付ける。
「まだ来るぞ……」
言うなり、澱みの吹き溜まり目掛けて銀のタロットを一枚投げつけた。
カードは澱みの真ん中をすり抜けて、背後の木壁に刺さる。
「具現化の前では役に立たぬか……仕方ない」
聖地で見た魔物たちと同様に、空中に集まる澱みから泥のように「何か」が落ちてくる。
びゅんびゅんと素早い動きで飛び回った「何か」はやがて一つに寄り集まった。見覚えのあるその姿に、ミネアとマーニャが驚愕の表情を浮かべている。
「デーモンスピリット……! なんでここに!?」
「ウッソ!? 闇の洞窟にいた奴らよね!?」
姉妹の言葉に、クラヴィスは無表情で問う。
「知り合いか?」
マーニャの眉がきゅっと寄せられ、憮然とした顔になる。
「んなわけないでしょ、厄介な敵よ。呪文は弾かれるから気を付けて!」
「ほう……ついでだ、試してみるか」
作品名:冒険の書をあなたに2 作家名:しょうきち