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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに2

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 自らに回復呪文をかけると顎にまで滴ってきた汗を手の甲で拭い、少年用のチュニックを頭からすっぽりと被り出した。鎧より容易に着替えられ、街にいる間は通気性の良いものを────とリュカが用意したものだ。
 元々白い彼の肌は白磁の陶器を思わせるほどにすっかりと青白く、点々と赤く浮かび上がる丘疹がまだら模様を作り出す。
「すまない、プックル……私の荷物だけ頼めるか」
 瞳孔が開き異様にぎらつく瞳と相まって恐ろしい形相になっていたが、プックルはまともに歩けないピエールを引き止めにかかる。
「せめてリュカが戻るまで待てって!」
「できるか!」
 寒気が治まらないのだろう、がたがたと震えながらもプックルを睨み付ける。
「私はあの方の騎士だ、主に守られてどうする……っ!」
 もう一度自分へ回復呪文をかけてぎゅっと下唇を噛み締める騎士へ、プックルは大きくため息をつく。
「だあぁぁあっクソが、そろそろ言い出すと思ってたよ! このクソ真面目が!」
 ピエールはクソを殊更に強調するプックルの声を無視して、剣を杖代わりに歩き出す。
「足手まといになる位なら、役立たずの命など、要らぬ……!」
 数歩歩いただけで既に立っているのが精一杯のピエールの前に、プックルは静かに歩み寄る。
「いいか、リュカには絶対それ言うなよ。消えようが死のうがおまえの好きにしろ……だがあいつを泣かせたら、おれがその首噛み切ってやるからな!」
 小さく唸って鋭い牙をむき出しにするプックルを見て、どこか安堵したような笑みを浮かべて答えた。
「是非そうしてくれ……こんなところで安穏と過ごして、あの方一人に何もかもを……っ、負わせたくは、ない……!」
 ピエールは愛剣に寄りすがり、荒い呼吸でそう告げるとプックルを見つめた。
 ぜいぜいと肩を上下させていても寝台に戻る気配はなく、とうとう諦めた様子で嘆息したプックルがサイドテーブルの上に畳まれた小さめのターバンを銜えて、ピエールの前に差し出した。
「おれだってそうだよ……おまえだけだと思うな。ほら、耳隠しとけ」
「……感謝する」
 自分と親子に見えるようにと、リュカが選んできたのが似たような紫色のターバンだ。
 頭にぐるぐると適当に巻き付けている姿を見つめながら、幼少時のリュカに見えなくもない────と、プックルがほんの少しだけ懐かしそうに目を細めている。
 きちんと耳が隠れているかを気にした騎士からの無言の問いかけに、プックルは落ち着いた声音で答えた。
「隠れてるから大丈夫だろ……乗れ、ディディんとこまで運んでやるから」
 ピエールが座りやすいように体を伏せた。間を置かず倒れ込んできた小さな体の熱さに、後でリュカからこっ酷く叱られる覚悟を決めながら、ピエールを落とさないよう細心の注意を払って宿を出た。

 温泉から上がったリュカが宿へ戻る途中、街路樹の幹に背を預けて座り込む線の細い男が視界に入ってきた。
 片手に竪琴を持った吟遊詩人らしき姿に、詩人の歌が好きな愛娘の姿を思い出し、思わず口元が緩む。
 目の前に差し掛かった辺りで彼がもぞりと動き、鮮血に染まった華奢な足首が視界に飛び込んできた。
 詩人は手を翳してホイミを唱えていたが、獣か魔物にやられたような裂傷は出血量が多く、もう少し上級の回復魔法でなければ治せないものと見て取れた。
 関わっている暇はない────そう思い、一旦は通り過ぎた。が、元来放っておけない気質である。自然と足が止まり、暫しの逡巡の後、思い直して詩人の側へ駆け寄った。
「あの……大丈夫ですか。お怪我をされてますね」
 そう声をかけると、濃い蜂蜜色の長い髪が揺れて俯いていた詩人の顔がはっきりと表れた。柔和な空色の瞳がじっとリュカを見上げている。
「……?」
 きょとんと不思議そうな顔に敵意や警戒がないのを確認するとリュカはすぐに屈んでベホマを唱え、止血用にいつも持ち運んでいる清潔な布でこびりついた血糊を拭き取る。
「これで歩けますか?」
 詩人からじろじろと視線を浴びているのにちっとも不快じゃないことを不思議に思いながら、リュカが問いかける。
 ぼうっとリュカを見つめていた詩人がはっと我に返り、慌ててぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございました……ベホマ使えるんですね、凄いなあ! 私はホイミを覚えるのが精一杯で」
 はにかんだ顔はどこか少年のように幼く見え、美しく整った顔立ちとはどこか不釣り合いな気もした。
 彼の話に何か答えなくてはと口を開きかけたが、視界の片隅にプックルとピエールがちらと見えたリュカは慌てて話を切り上げる。
「すみません! 仲間と合流するんで、これで失礼します!」
「あっ……ま、待って、」
 言うなり全力疾走していくリュカを目で追い、詩人は静かに立ち上がって後を追い掛けた。

「プックル!」
 匂いを辿りゆっくりと歩いていたプックルが、尻尾を垂れ下げてふにゃおんと情けなく鳴いた────リュカの声が少々苛立ったものだったからだ。
 リュカはすぐに駆け寄り、背中でぐたりと揺られているピエールの額に片手を当てて熱を測った。ピエールの体は先程よりもずっと熱く、苦し気に目を閉じふうふうと口呼吸をしていた。
「何連れてきてるんだよ、宿で待ってろって!」
 案の定の叱責の声に、プックルは長い尻尾をぶんと振る。
「止めたよ。言っても聞かないから仕方ないだろ」
「そこを何とかして引き止めろよ、扉の前に寝そべるとかさー……はぁ、まあいいや。どっちみちこの形で旅しなきゃだめっぽいしな、留守番ありがとう」
 キラーパンサーは人間よりも体温が高いこともあり、リュカが赤ら顔のピエールを抱え上げ、プックルの背を撫でて労う。
「いいってことよ。なー、腹減ったから飯食おうぜ、ディディにもなんか持ってってやろう」
「そうだね。何が食べたい?」
「肉」
「一択か……」
 苦笑いするリュカの足を、プックルの尻尾がぺしんとはたいた。
「……リュカ、後ろ」
 声を潜めたプックルの言葉に背後を振り返ると、そこには先程の吟遊詩人が立っていた。
「ああ、先程はどうも……何か?」
 リュカはにこりと愛想笑いを浮かべてやり過ごす。
「あ、あの、もう一回ちゃんとお礼を言いたくて……ありがとうございました」
 会話の最中にちらちらと視線がプックルとピエールへと向けられていた。リュカの表向き穏やかな表情に、ほんの少し警戒の色が滲む。
「気にしないでください。困ったときはお互いさまですよ……じゃあ、ぼくらはこれで」
 とっとと話を切り上げて立ち去ろう────そう思って半歩踵を返したとき、プックルが意外な行動に出た。
 目を細めてスンスンと辺りの匂いを嗅ぎ、突然ぱかんと口を開けた。一般にはフレーメン反応と呼ばれるものだ。
 その間抜けな顔にリュカは思わず吹き出してしまったが、プックルはどんどん詩人へと近づき、鼻をひくつかせて呟いた。
「リュカ、こいつスライム臭い」
「こらプックル、失礼だろ! すみません、人を噛んだりはしないんですけど……でかいから怖いですよね」
 プックルの口元を押さえ込んでぐいと体を割り込ませ、無理やり押し退ける。