未来のために 8
その光景を、カイ・シデンが眉を顰めて見つめていた。
「彼はカイ・シデンと言って、私と同じく元ホワイトベースのクルーで、今はジャーナリストをしながら、こうして我々に情報を提供してくれています」
「カイ・シデンだ」
カイは、少し不機嫌な表情を浮かべたまま、クワトロに挨拶をする。
しかし、クワトロが差し出した手に応える事は無かった。
カイは一目見て、クワトロが元ジオンのシャア・アズナブルだと気付き、あからさまに嫌な顔をする。
そんなカイに、ハヤトは小さく溜め息を吐きつつ、クワトロへと視線を向ける。
「クワトロ大尉、今後の予定ですが、このまま補給の為にケネディに向かいます。そこでならアーガマと通信も可能です」
「了解した、それでは我々は少し休ませてもらいます」
「ええ、大気圏突入後にそのままジャブロー攻撃でしたからね。お疲れでしょう?ゆっくり休んでください」
「ありがとう」
クワトロ達が艦橋を去った後、ハヤトがカイに向き直る。
「カイ、話がある。ちょっと良いか?」
ハヤトに言葉に、カイは溜め息混じりに頷くと、別室へと移動した。
「それで?話っていうのはクワトロ・バジーナって言う男の事か?それとも…レイ・ヴェガって言うメカニックの事か?」
ハヤトを睨みつけるように言うカイに、椅子へ座るように促す。
「両方だよ」
ハヤトはカイと向かい合う様に椅子に座り、ブライトからの情報をカイに伝える。それを全て聴き終わった後、カイは天を仰ぐ様に顔を上げ、手で覆い隠す。
「…やっぱりアムロだったのか、アイツ生きてたんだな!」
さっき艦橋で見た時は自分の目を疑った。アムロだと思った。しかし、自分を見ても何の反応も返さず、ハヤトにすら他人行儀で、名前も違っていた。
他人のそら似なのかと、やはりアムロはあの時死んでしまったのかと、落胆した。
ア・バオア・クーでの、あの絶望的な状況で、生きていられるとは到底思えなかった。ブライトがアムロを探していると聞いた時は、無駄な事だと呆れた程だ。
それが、まさかジオン兵に救われて生きていたなんて…。
「しかし…記憶喪失って…そんな事本当にあるんだな…」
「ああ…、俺も先日の会議でモニター越しにアイツを見た時は心底驚いたよ。それに俺を見ても無反応で…正直寂しかったな。ただ、さっきも言ったがアムロへの接触には気を付けて欲しい」
カイは口元に手を当て、小さく溜め息を吐く。
「…アイツは…思い出したくないのかもしれないな」
「カイ…?」
「あの戦争は、アイツにとっては辛い事だらけだっただろうしな…」
「…ああ」
「でもよ、俺たちもあの戦争があって、今の自分があると思わないか?辛かったからって、蓋をしときゃ良いってもんじゃ無い」
「そりゃそうだが…、記憶の無い間の、ジオンでのアイツの時間だってある。そこでの人間関係が、過去を思い出したら一気に崩れ去るかもしれないと言う不安も、分からんでもない」
「まぁな…。シャアとの関係は…かなり拗れるだろうな」
「…これは俺たちがどうこう言っても仕方がない。とりあえずは遠くから見守ってやって欲しい」
「ふんっ。遠くから…ね」
「カイ!」
「分かってるよ。それに…アイツの性格も分かってる」
なんでも一人で抱え込んでウジウジ悩む。けど、芯は強い男だ。
「カイ…」
その頃、ドックではアムロがMSの整備に追われていた。
「カミーユ、疲れてるのに手伝わせてすまない」
「そんな、レイさんこそ作戦前も大気圏突入用の調整で寝てないでしょう?」
「まぁな。でも今のうちにスラスターを1Gの地上用に調整しとかないと、いつ敵が来るか分からないからな」
「そうですね」
「よし、百式も完了!」
「Mk-Ⅱも、もう終わります」
二人が休憩の為にフリールームへと入ると、ロベルトとアポリーが寛いでいた。
「兄さん!」
「おう!レイ、調整は終わったか?」
「うん。完璧!」
「ははは、ありがとな!」
ロベルトがアムロの頭をガシガシ撫ぜると、それに甘える様にアムロが微笑む。
「相変わらず仲が良いね。お前ら」
呆れながら二人を見るアポリーに、カミーユが「本当に」と笑顔で答える。
「飯は食ったか?」
「まだ」
「それじゃ、一緒に食いに行くか」
「うん」
皆で連れ立って食堂へと行き、食事を摂る。
「こら!レイ、野菜を残すな」
「えー、だって人参嫌い。兄さんにあげるよ。その代わりその肉もーらい!」
「ああ!それは俺が最後に取っておいたやつ!」
ロベルトが叫ぶと同時に、アムロが奪った肉を口に入れる。
「レイぃぃ」
「へへへ、美味っ」
「お前!覚えてろ!」
「ははは!」
声を上げて笑うアムロを、ロベルトが羽交い締めにしている。
「ほらほら、レイ、ロベルト!じゃれてると飯が冷めるぞ!」
そんな二人を見て、アポリーとカミーユが笑っている。
その様子を、離れた所で食事をしていたハヤトとカイが呆然と見つめる。
「…あれは本当にアムロか?」
カイがボソリと呟く。
「アムロの…はず…」
ハヤトも自分の目を疑う。
かつてのアムロは、戦時中は元より、サイド7で暮らしていた時も、あんな風に誰かと戯れたり、声を上げて笑う様な奴では無かった。
そのアムロが楽しげに笑っている。そして、ロベルトを兄と慕い、甘えている様子に只々驚く。
「…本来のアイツは…あんな性格だったのかもな」
カイが人参をフォークに刺して呟く。
「両親の不仲に、仕事人間で自分を振り返らない父親。サイド7では親父さんが軍属ってバレて、周りの大人達から冷たくされて…どんどん家から出なくなってさ。人との接し方が分かんなくなっちまってただけかもな。けど、ハロを相手にしてる時は、あんな風だった気がする」
「ハロか…。そう言われるとそうかもな。フラウには多少心を開いてたかもしれないけど…フラウにすら、あんな風に笑いかけてるのは見たことが無い」
それでも、それなりに、ホワイトベースの仲間たちの事は特別に思っていた様に思う。
始めの頃、散々揉めていたブライトとも、戦争終盤には大分打ち解けてきていた。
だからこそ、みんなの為に、先頭に立って戦ってくれていた。
その重圧は、とてつもなく重かっただろう。
ニュータイプだ何だと言われても、当時のアムロは、まだ十六歳になったばかりの子供だったんだ。
きっと、自分達同様、出撃の瞬間は恐ろしかった事だろう。
「あの、ロベルト中尉がアムロを助けてくれたんだろう?」
「ああ、そう聞いてる」
「流石にロベルト中尉はアイツがガンダムのパイロットだと知らなかったかもしれないが…シャアは…アムロを知っていただろう?なんで助けたんだ?」
「それなんだがな、ブライトの話によると、二人は今…」
「はぁ!!!?」
ハヤトの言葉を聞き、カイの叫び声が食堂に響き渡る。
「カイ!声がデカイ!」
「だってよ!え?本当か?」
動揺するカイにハヤトが頷く。
そこに、クワトロが現れてアムロに声を掛ける。
「レイ、百式のメンテナンスの事でちょっと相談がある」
「あ、はい」
二人が並んで食堂を出て行くのを、カイが驚愕の表情で見つめる。
その視線に気づいたクワトロが、カイに目を向け、何かを悟ったのか、微笑を浮かべて去っていった。
「何がどうしたらそんな事になる!?」