未来のために 8
「俺に聞かれたって知るかよ」
動揺しまくるカイに、ハヤトもそう答える事しか出来なかった。
「カイ・シデンさんでしたっけ?何をあんなに驚いていたんでしょうね」
アムロが食堂の方を振り返りながら首を傾げる。
「さあな。何か予想外の事があったのだろう」
クスクス笑いながら、クワトロがそっとアムロの腰に手を回す。
「クワトロ大尉、一応誰が見てるかわからないので、ここ(アウドムラ)ではこういうのはやめて下さい」
腰に回された手を振り払うアムロに、クワトロがかすめる様なキスをする。
「ちょっ!何するんですか!」
「私は別に隠すつもりは無いが?」
「貴方がそんな態度をとるから、アーガマのみんなにバレちゃったじゃないですか!」
「君は私が相手では不服なのか?」
「逆ですよ!貴方の相手が俺なんかじゃ、貴方が恥をかくでしょう?」
アムロの言葉に、クワトロがため息を漏らす。
「君は本当に自分の事が分かっていないな」
「は?何言ってるんですか」
確かに目立つ容姿では無いが、その丸い頬に柔らかいくせ毛、顔立ちもかなり整っている。ロベルトと戯れている時の無防備な表情や笑顔は、女性のみならず、男性陣にも人気がある。それに加えて、メカニックとしての確かな腕は、同僚達の間でも一目置かれている。
クワトロがあれだけ牽制しても、手を出そうとする輩は後を絶たない程だ。
「君は自分がどれだけ魅力的か分かっているのか?」
「はぁ?何寝ぼけた事言ってるんですか?…そんな風に言うのは…貴方だけですよ」
少し顔を赤らめて、拗ねる様に言うアムロにドキリとする。
この表情だ。これを自分以外の者に見せたらと思うと気が気じゃ無い。
クワトロは思わずアムロを抱きしめ、唇を奪う。通路の真ん中だろうと気にしない。
この恋人を誰かに奪われてなるものかと、抱き締める腕に力を込める。
「ちょっ!シャア、苦しい」
「レイ、愛してる」
暴れるアムロの耳元で甘く囁く。
すると、びくりと身体を震わせて、抵抗が弱まる。
「君は私の恋人だと、皆に言って回りたいくらいだ」
「…もう…本当に…バカでしょ、貴方」
これ以上無い程顔を真っ赤にして、俯いたまま呟く。
「ふふ、君に関しては仕方がない」
クワトロはアムロの首筋に唇を這わせ、クスリと笑う。
そんな二人と、食堂から出てきたカイとハヤトが鉢合わせる。
その光景に、カイは動揺のあまり、後ずさって壁に頭を打ち付け、ハヤトも流石に言葉が出ずに固まる。
クワトロはそんな二人に気付くと、アムロの肩越しにニヤリと笑い、何も気付いていないアムロを連れてその場を去っていった。
その後ろ姿に、ハヤトが動揺しながら呟く。
「カイ…流石に…友人が男と抱き合ってるのを見るのは…衝撃的だな…」
「あ…ああ、ちょっと…現実逃避しそうになった…」
ケネディに到着し、新たに情報収集をする為、アウドムラを降りようとしていたカイは、フリールームで寛ぐロベルトを見つけ、声を掛けた。
「ロベルト中尉」
「カイ・シデンさん、あれ?アウドムラを降りるんですか?」
荷物を持ったカイを見て、ロベルトが驚く。
「ええ、ティターンズの新基地の情報を集めに行きます」
ロベルトに近付くと、ソファの背もたれで見えなかったが、そこにはロベルトの膝を枕にして眠っているアムロがいた。
「ああ、レイ…さんも居たんですか」
驚きながらも、起こさない様に小声で話す。
「ええ、ずっと徹夜でMSの整備をしてくれていたんで、流石に疲れた様です。何をしても起きないので、このまま寝かせているんです」
「そうですか…」
そんなアムロを優しく見つめるカイに、ロベルトが小さく微笑む。
「カイさんも、ハヤト艦長も、レイの為に何も聞かないでいてくれて、ありがとうございます」
「ロベルト中尉?」
「本当は…コイツともっと話したかったでしょう?」
その言葉に、ロベルトがアムロの素性を知っている事に気づく。
「あんたコイツの素性を…」
カイの問いにコクリと頷く。
「コイツを始めに見つけた時、コックピットに座って、ブツブツ何かを喋ってたんです。よくよく聞いたら、誰かに話しかけてるみたいで、貴方とハヤト艦長の名前も呼んでいましたよ」
「それは…ア・バオア・クーで?」
「ええ」
「『カイさん、ハヤトもう終わりです。そこを撤収して、ホワイトベースに向かってください』ってね。」
その言葉に、カイが目を見開く。
「他にも何人かの名前を言っていました。ブライトさん、ミライさん、フラウ…、そうそう“大好きなフラウ”って…コイツのガールフレンドだったんですかね?」
アムロの髪を撫ぜながら、ロベルトが笑う。
「ははは、コイツの幼馴染みですよ。家が隣で…、フラウとハヤトはコイツと同級生で、俺は一歳上、同じハイスクールに通っていました」
懐かしそうに語るカイに、アムロにも懐かしむ過去があるのだとロベルトは思う。
「最後に、『セイラさん』っていう人を導いて…『良かったね』って笑ったんですよ、コイツ。自分は右腕に剣は突き刺さってるし、頭からは血を流して瀕死の状態だって言うのに…」
カイは言葉無くアムロを見つめる。
「コイツが俺たちを脱出ランチに導いてくれなかったら、みんなホワイトベースと一緒にあそこで死んでました。それなのに…俺たちはコイツを救えなかった…」
カイは、ロベルトに向かって思い切り頭を下げる。
「ロベルト中尉、コイツを救ってくれて、本当にありがとうございました」
「カイさん…」
「これからも、コイツの事をよろしくお願いします」
更に深々と頭を下げる。
「カ、カイさん、頭を上げて下さい!」
「貴方といるコイツは…明るくて、幸せそうで…あまりにも昔と違いすぎて、ハヤトと二人、正直びっくりしました。でも、同時に安心もしました」
カイは少し切なげにアムロを見つめる。
「この先、コイツの記憶が戻った時、貴方から離れようとするかもしれないが…どうか、手を離さないでやって欲しい」
「勿論だ。コイツの事は本当の弟だと思っています」
即答で答えるロベルトに、カイは疑問に思っていた事を聞いてみる。
「ロベルト中尉、コイツは敵として多くのMSを撃墜してきた筈だ。その中には貴方の仲間も居たのではないですか?」
「…そうですね」
「そんなコイツを…許せるんですか?」
カイの問いに、ロベルトが少し切なげに微笑む。
「あれは…戦争だったんです。数の違いはあれど、俺だって連邦のMSを何機も撃墜した。同じ様に、あなた方の仲間もいたかもしれない。お互い様ですよ」
「ロベルト中尉…」
「俺には…当時のコイツと同じ年頃の弟が居たんです。その弟を戦争で亡くしましてね。だから、コイツが弟と重なって…見捨てられなかった。それに、コイツと一緒に過ごす事で…俺も救われていたんです」
優しく微笑むロベルトに、カイが頷く。
「そうですか…」
「コイツには、貴方たちみたいに、待っていてくれる人たちがいるのに…俺は、コイツの記憶が戻らなければ良いと思ってしまった。すみません」
「そんな…」
「コイツの…これからの未来のためには、辛くとも、過去の記憶は必要なものだと…分かっています。それに…俺に気を使って何も言いませんが、おそらく、大分思い出し始めている…」