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花一輪 続編

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霓凰と約束をした。
二人で、皇宮の東の門外に立つ「市」に行くと。
市の賑わいの中を二人で歩くと。

だが案の定、破られた。

約束の日の朝、林殊の使いの者が穆王府を訪れた。
林殊からの書状を、持って来たのだ。
書状の中身は、霓凰には分かっていた。
『行けなくなった、、、』、きっと、そんな内容だ。
「行けるのならば、書状なんて寄こさないわ。」
直接渡せと言われた様で、林府の従者は、穆王府の玄関でかしこまって、霓凰が来るのを待っていた。
側へ行くと、恭しく礼をして、霓凰に書状を差し出した。
霓凰はその書状を、受け取ろうとはしなかった。
従者が持つその手紙は、やっぱり林殊が差出人だった。表に名前が書いてある。
武人らしい、力のある堂々とした林殊の字だった。
───きっと、中身は言い訳だわ。仕方ないんだって、、。───
書状を見ていたら、何だか無性に腹が立ってきた。
ずっとこの日が楽しみで、、なのに約束の日の、今朝になって、書面一つで反故にしようなんて。

「この書状は、受け取らないわ。」
「は?。」
林府の従者は驚いていた。
「主に持ち帰って。」
「あの、、、霓凰様、、。」
困る林府の使いを、玄関口に置いて、霓凰はさっさと屋敷の奥に引っ込んでしまった。
───少し、困ればいいのよ。────
今日という日を、どれだけ自分が楽しみにしていたのか、少し分かって欲しい、そう思った。
いつも我慢をしてきた。
自分は物分りが良すぎた、
だから自分を大事にしてくれないんだ。
霓凰はそう思った。

今日は一日、林殊と一緒にいられる。
そう思ったから、何も予定を入れないでいたのだ。
林殊は、本当に陳さんの餅が、食べたかったんだろうか。
それでも良かった。
二人で並んで同じ通りを歩き、二人で同じ物を見て、同じ物を食べ、喋って笑って過ごすのだ。
きっと、忘れられない一日になる、そう疑わなかった。
───なのに、あんなに約束をしたのに、、、、。───
「いつも、そう!!。」
いつも大事な用が出来て、霓凰との約束は後回しにされる。
いくら許嫁になったからといって、これはあんまりだ。
数年前ならば、もっと一緒にいれたのに、赤焔軍に入ってからは、余り会うことも出来なくなった。
許嫁になったら、もっと一緒にいられるかと思っていたのに。
父親の雲南王に言ったら、きっと林殊を呼び出して叱ってくれるだろう。
だが霓凰は、林殊がどうしたいのか、何を志しているのか、よく知っていた。
林殊は武人として、梁を守りたいのだ。
林殊の父親、赤焔軍の主帥 林燮のように、靖王と共に梁を護る一翼となりたいのだ。
林殊が、赤焔軍に入ってからは、めっきりと会えなくなってしまった。
まだ成人していないながらも、林殊は武人としての能力が秀でており、周囲に将来を嘱望されている。
赤焔軍に入って忙しくなったら、いつかこんな風になるだろう、とは、覚悟していたが、まさか、こんなに早く会う機会が減ってしまうとは、、、。
霓凰は、林殊の志や将来への思いを、邪魔する気は更々ない。
ただ、会いたい、少しだけで良いから一緒にいたい、それだけなのだ。

「せっかく書状を送ってくれたのに、受け取らないで返しちゃった。私は酷かったかしら、、、。」
じっとしていると、そんな考えを巡らせてしまう。
怒りに任せて、受け取らなかった。
大切な事が書いてあったらどうしよう、そんな心配が湧き上がる。
「、、、でも、いいの。」
霓凰が悪い訳では無いのだ。約束を破ったのは林殊の方なのだから。
「伝えたいのなら、会いに来て、林殊哥哥。」
強がりつつも、不安で堪らない。
返した事で、林殊に嫌われてしまうのではないか。
こんな事でいじけている、自分にも腹が立った。
───きっと、今日は一日こんな気分だわ、、。───
一日どころではなく、今度、林殊に会うまで、ずっと、こんな気分だろう、、そんな予感さえする。


その日の霓凰は、散々な一日で、何も良い事がなかった。
ぼんやりして、階段を踏み外して落ちてしまったり、母親と一緒に作っていた、刺繍の糸の色を間違えたり、、、。
霓凰の心が、身体から出ていってしまったかのような、、、。
気分が鬱ぐからだろう。
霓凰の母親は、娘の心を察していた。
きっと、林殊と会えなかったからだろうと。
母親は娘がこの日を、どれだけ楽しみにしていたか、知っている。
落ち込む娘に母親は、
「会えぬ位でそんなに滅入っていては、武門の林家の嫁は務まらぬでしょう?。」
そう言った。
雲南王とて、雲南城や金陵の穆王府を幾日も空ける事は珍しくない。
武人の家門ならば尚の事だ。
文官の官僚の様に、毎日、家に帰って來る訳では無い。
霓凰にも分かっている。
分かってはいる。ただ、今日はがっかりしただけなのだ。
───そうよ、ダメなのは多分、私、、、。───
自分の心をどうしようも出来なくて、不貞腐れる娘の側に座り、頭を撫でなから母親は優しく言葉をかける。
「、、霓凰、、、そんなに小殊が好きなのね。」
誰が悪い訳でもないのだ。
林殊に予定が入っただけ。
破談になった訳でも、林殊がこの世から消えてしまった訳でもない。
どうしようも無い怒りと、ぶつけようの無い気持ち。
母親は、自分にもこんな頃があった、娘はそんな年頃に成長したのだ、と、そう思った。


霓凰は、その日の夜、自分の部屋に面した庭先に、一人立っていた。
この前みたいに、この塀を林殊が越えて来ないだろうか、、そんな事を期待しつつ、暫く立っていたのだ。
もし、林殊がここを超えてきたなら、『ごめん』と謝るだろうか。
だが、だいぶ夜も更けてきた。
───もう、今夜は遅い、、、、きっと来ないわ、、。───
それでも、自分の部屋には入り難い、、、。
見上げれば半月が、霓凰を照らしている。
───この半分の月は、まるで私みたいだわ、、。───
───、、、、何だか、、。───
半身だけ、取り残されている様な、不完全な、不安定な月。

突然、ふわっと、大きな腕に包まれた。
「待ったか?。」
林殊の腕だ。
林殊を待っていたのに、、、林殊が来たら途端に悔しくなって、霓凰はじっと黙っていた。
林殊の腕を振りほどいて、部屋の前の階段までぷりぷりと歩いて、腰を下ろした。
「霓凰、怒ってんの?。」
ヤレヤレといった風で、林殊は霓凰の後を付いてきた。
そして霓凰の隣に座った。
───林殊哥哥なんかと話したくない。───
いつもいつもいつもいつも、約束をすっぽかしても、こうやって何も無かったかのように話しかけてくるのだ。
誤魔化したいだけなのか、悪いと思っていないのか、、。
───やだ!。───
そう思って、霓凰は体一つ分横に動いて、林殊の側から離れた。
すると林殊も動いてピッタリと霓凰にくっついて座るのだ。
───あ〜、もう、いや〜!。───
霓凰は、また横に動いて離れたが、林殊もまた付いてくる。
何度か繰り返して、霓凰は階段の端に建つ柱まで追い詰められて、もう、離れる術が無くなってしまった。
林殊がふふっと、笑みを浮かべる。
「あ〜〜〜〜〜、疲れた〜〜〜。」
林殊はそう言うと、座ったまま伸びをして、霓凰の膝の上に、頭を乗せて横になった。
作品名:花一輪 続編 作家名:古槍ノ標