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靖王は構わず、その中に突っ込んだ。

目の前には林殊。
林殊は靖王の蹄の音に、振り返りもしない。

林殊の脇をすり抜け様に、靖王は林殊に右手を出した。
靖王を見てもいないのに、林殊は左手を出し、二人の手が触れる。
次の瞬間、林殊はふわりと宙を回り、馬上の靖王の後ろにおさまった。
靖王は林殊の腕が、自分の腹部に巻かれるのを感じる。

靖王はそのまま突っ切り、速度を落とし、馬首を変えて戻ろうとしていた。
靖王の目の前には、南楚の弓隊が、もう弓を構えていた。
靖王と林殊に向かって、矢が放たれる。

だが、後から靖王を追ってきた戦英の馬が間に入り、放たれた矢を剣でなぎ落した。
靖王と林殊には、矢は一本として届かなかった。

そのまま靖王はまた、先程、林殊とやり合っていた兵士の中に、突っ込もうとしていた。
背後から、また矢が放たれる。
矢は、靖王の後にぴたりと付いている戦英に、全て払い落とされていた。

靖王の前には、横に列になった兵士達が、行く手を阻もうとしていた。
近付くにつれ、また、わらわらと逃げ出す兵がいたが、今度は半分程が残っていた。
迷わず靖王は、馬の速度を上げた。
そして踏み込み、兵士の上を翔んだ。
そのまま駆け去る。
もうここには用はない。

幾らか飛んでくる矢は、戦英がうまく払っている。
靖王と戦英の馬は早く、忽ちに、矢が届く距離では無くなった。
もう、大丈夫だろう。
追撃してくるような部隊では、明らかに、無い。


雲南の軍営に向かい、靖王は馬を駆ける。
もう振り返っても、南楚の兵の姿は見えなかった。
三人は胸を撫で下ろし、馬の速度を緩めた。
「遅いぞ!、景琰!!。」
「何だと!!、書状一つで人を動かしておいて、何なのだそれは。」
林殊を救出に行く前から、靖王は林殊には、相当腹が立っていたのだ。
靖王は、きっと林殊が衛箏の事を相談しに来ると、軍幕で一晩待っていた。それなのに、林殊のこの言い草。
「私の予定じゃ、靖王はもう少し、早く着くはずだったのになぁ、、。」
「全く、、小殊は無茶が過ぎる!。お陰で助かった、とか、無いのか!。」
「あ〜〜〜、、、はいはい、、。」
「もっと、やりようが、、、、、」
そう言いかけて、林殊が一人で動いた、これが最善の方法だったと、靖王は悟った。
さっきまで靖王は、林殊と共に、衛箏を救出に行く方法しか考えていなかった。
靖王に、何も相談も頼みもせずに、何もかもを、林殊が一人で背負い込んで、解決してしまった事に、腹が立っていた。
そんなに、林殊にとっては自分は頼りにならない人間なのか。
靖王は、自分だって力になれる、そしてその力が自分にはある、そう思っていた。
なのに、何も言わずに、書状一つ残して、林殊は一人で救出に向かった。そしてただ、迎えに来いと、、。

だが、よく考えれば、林殊はただ自分の部下を、助けに行っただけなのだ。
もしも、皇子の立場の靖王が、林殊と共に行き、あそこで一戦、交えていたとしたら、、、。
友として、林殊の助っ人に行っただけと、靖王がいくら弁明しても、周囲は聞く耳を持たぬだろう。
漸く終わった戦を、また蒸し返していたかも知れないのだ。
そうなれば、無為な戦をして、南楚に恨まれるかも知れないのだ。
または、和睦は雲南に有利だろうが、靖王が関わったことで、思い通りに進まなくなるかも知れない。
そして何よりも、相談されていたら、自分は一緒に行くと言って、譲らなかっただろう。

今回、林殊の父親の林燮は、赤焔軍の指揮を執っていない。
林燮は金陵にいて、この度の戦には来ていないのだ。
雲南軍の指揮下に入った形だった。
事前に赤焔軍の幹部の将校に相談しても、衛箏の救出なぞ、許可はされないだろう。
熟考の末の、林殊の行動だったのだ。

「、、まあ、、小殊が無事で良かった。」
「ん。」

「景琰、、、。」
「なんだ?。」
「、、、腹が減った、、、。」
「、、お前という奴は、、。」
そういう奴だった、、、昔から。
靖王の横を並走している戦英が、笑いを堪えている。
「何か持ってないのか?。」
「ある訳が無い。」
「は〜。」
切なげな声まで出して、、、。
「軍営に帰れば何かあるだろう。それ迄我慢しろ。」
もう軍営では、林殊が抜け出して、衛箏の救出に向かったのは知れているだろう。
林殊は赤焔軍の幹部に、怒られらるだろう。
「小殊、食べるなら早く食べないと、きっと、今日は一日食べられなくなるぞ。
きっともう、何があったか軍営中で知られてる。
軍法会議が待ってるかも知れないからな。」
「、、、、うぇ〜〜、、、。」
靖王の体に回した林殊の腕に力が入り、靖王の肩の辺りに、林殊が顔を埋ずめた。
「、、、、、靖王殿下。」
恭しく林殊が言った。
「何が殿下だ、私では力になれぬぞ。私もお前を迎えに行った共犯だからな。私に咎めは無いだろうが、小殊はそうはいくまい。」
「、、、、、。」
靖王の脅しが効いたのか、林殊はすっかり静かになった。
━━━心配しなくとも、赤羽営や、他の部隊から嘆願があるだろう。
大目に見て欲しいと。
仲間を救った林殊が罰されるのを、黙って見ているような連中では無い。
そして、小殊に厳しい父親の林燮は、ここには居ないしな。━━━
「だが、大丈夫だろう、きっと小殊なら、、、。」
色々と聴取されて、色々と怒られるだろう。
「ふふ、、幾分か、私も軍の幹部に言っておこう、、どの程度、力になれるかわからぬが。」
「、、、、、、。」
「赤梢営の周殿ならば、そういった話が通じるかも知れぬ。」
「、、、、、、。」
「もし罪に問われて、小殊が牢に入ったら、何か美味い物でも差し入れてやる。」
「、、、、、、。」
「、、、、??、、小殊?。」
「、、、、、、。」
林殊が静かすぎる。
「あの、、、。」
隣にいる戦英が、申し訳なさそうに言った。
「あの、、殿下、、、。林小帥は寝ておられるような、、。」
「、、何?、、、」
━━━器用な奴だ、、、、馬の上で、、。━━━
疲れたのだろう。
良く耳を澄ませれば、林殊の呼吸音が背中から伝わってくる。
林殊は眠ってしまったのだ。
━━━昨日の前線での戦いの後の、今日の早朝の救出劇だ。
昨夜は小殊も、寝ては居ないのだろう。━━━
ぞろりと並んだ赤焔軍の上官に聴取されたり、叱責されたり、そんなさなかに林殊が居眠りでもしたら、上官達はそれこそ林殊をただではおかぬだろう。
赤羽営の嘆願も無駄になる。

靖王は馬の足を緩めて、馬を歩く速さにした。
器用極まりないが、眠れるのならば、へとへとの林殊を眠らせてやりたい。
しっかりと靖王を抱き込んだ林殊の腕。靖王の腹部で合わされた両手。馬から落ちはしないだろう。


━━━今日の空は晴れ渡るだろう。━━━
見上げる空は、この先を示唆する様に澄んでいる。
━━━この戦は終わった。、、、このまま、、、小殊と、どこかへ行ってしまっても良いが、、、。━━━
だが、、、そうもいかぬだろう。

━━━この先も、何度も、林殊と共に戦う日々が来るだろう。
梁の皇帝である父を、兄の祁王が補佐し、兄の命で護りの両翼として、この国の民の暮らしの平穏を保っていくのだ。
小殊と共に、、、、、、。━━━

作品名: 作家名:古槍ノ標