戴く冠
「今日この日から、俺はあなたたちの全てを背負っていくのだろう。もう、迷いは無くなった。俺は、あなたたちを纏める器に相応しい強さを手に入れる」
「………」
何故だろう、プロイセンの表情に悲痛めいた陰りが見えた。
そんな顔をさせるつもりはなかったのに。何か間違えたのだろうか。
ドイツは困ったようにプロイセンを見つめ、それから視線を彷徨わせた。後方では、まだフランスとバイエルンが口喧嘩をしていた。
ドイツと視線が合ったフランスが、こちらに向かって歩きながら文句を言い続けている。
プロイセンは自分の腕を掴むドイツの手に触れ、己の腕から離させた。ドイツはやはり何か間違えたのだろうかと考え込む。
「一丁前の口を利くようになったじゃねぇか」
そう言って、頭を小突かれた。
それで、微妙な雰囲気は終わりを告げたと言っているようだった。
ドイツはどう反応して良いのか分からず、小突かれた部分を撫でる。
フランスが大げさな身振りでプロイセンに詰め寄ってきた。
「君らは、本当にえげつないよね。お兄さんってば、この戦い自体が嵌められたよね。酷いよね」
言いながら、両手で顔を覆う真似をする。
「もう、この戦いってあんまりじゃない! お兄さん負ける以外にないじゃない!」
「油断して気付かねぇお前が悪いんだよ」
先ほどの陰りのある表情は消え失せ、楽しげな調子でプロイセンは人の悪い笑い方をしてみせた。
「あー、もう。こいつってば腹立つよな!」
プロイセンの頬を思いっきり抓り上げ、フランスは満足げに笑う。
「いでででで! 離せ、このヒゲ!」
頬を抓る手を離そうとしないフランスの腹にプロイセンの膝蹴りが炸裂していた。
「ぐふっ」
「ざまあ」
鳩尾を押さえ呻くフランスを見下ろし、プロイセンは愉快そうに笑っている。
「おい! いい加減に何してんだよ、お前ら!」
廊下の遙か先、広間の入り口前に待機している二人の男が焦れたように大声で呼びかけてくる。
そんな兄たちの遣り取りをぼんやり眺めたまま、ドイツは先ほどのプロイセンとの会話を思い起こしていた。
自分の何がプロイセンにあの悲痛めいた表情を作らせたのか。
この統一に、どれほどの力があるのか。どれほどの影響が出るだろうか。
その答えを、やはり、プロイセンはすでに持っているのだろう。
それを決して、口にする気は無いらしいが。
「プロイセン! バイエルン! さっさと来やがれ! 始まるものも始まんねぇんだよ!」
入り口前の男二人は、尚も大声でこちらに向かって呼びかけていた。
「うるっせぇ。大声で怒鳴んじゃねぇよ」
「お前の方が何十倍もうるせぇんだよ!」
プロイセンの返答に速攻で怒鳴り声が返って来る。
「あら、ようやく始まりそう?」
フランスが楽しげに広間へ続く廊下を軽やかに進んで行き、その後ろをバイエルンが追った。
「お前が先に行くな!」
「遅い君らが悪いんであって、お兄さんは文句言われる覚えは無いけどなぁ」
「他国のものらしく、後ろで控え目にしてろ! …なんでこうなんだよ、ちくしょう」
ぼやくバイエルンの声を掻き消すように、怒声が上がった。
「なんでフランスの野郎がいるんだよ!?」
前方の男たちがフランスの姿に気付き、再び怒鳴っていた。
「だぁから、お兄さんは立会人だってば。同じ事を何度も言わせないでよね。君ら、本当に連携も何も取れなさ過ぎじゃない?」
「うるせぇ」
「フランスのヒゲ野郎は黙ってろ」
「うわ、酷い言われようだねぇ」
始終、楽しげな仕草を通すフランスに後ろから軽く蹴りを入れ、プロイセンは鏡の間へと続く扉の前に立った。
少し遅れてドイツが続いた。
ようやく姿を現したドイツを眺めやり、男の一人が「おーおー。似合うねぇ。馬子にも―――」と言いかけたところで、プロイセンの蹴りが炸裂し、今度は終いまで言わせずに済ましていた。
もう、何を言われても流すことにしたらしいドイツは素知らぬ顔をしていた。
バイエルンは乱れた髪を手串で整え始めている。先ほどプロイセンに蹴り飛ばされた男が体制を立て直し、盛装の乱れを直し始める。
全員の呼吸が合わさる頃合いを見計らい、プロイセンが豪奢で重厚な扉に手を掛けた。
「開けるぞ」
その声に、ドイツは静かに頷いた。
今日この時を境に、自分たちの立場、力関係の全てが入れ替わる。
その意味を、ドイツはゆっくりと噛み締めるようにして軽く目を閉じた。
重い扉が開かれる音が響く。
プロイセンの呼びかけに目を開ける。最奥に置かれた美しく鮮やかな玉座が一番に目に入ってきた。
もう、兄さんたちの庇護下にいる必要がなくなるのだ。
全ての関係が逆転してしまうのだ。
玉座を見つめ、ドイツは強くなりたいと、ただそう思った。ただ純粋に、強くありたいと願った。
兄たちを守り、国土を守るだけの力が、欲しいと。
強く、強く、もっと強く。
兄たちの名に恥じない強さが欲しい。
それが、兄の顔を曇らせた原因だとは気付くこともなく、ただ純粋にドイツの心は強さを求め始めていた。
厳粛な空気の中、ドイツはプロイセンを従えて歩みを進める。
玉座の前に立ち、場内を振り返り眺めやる。
歓声が一際大きく上がった。
不安などすっかり消し飛んでしまっていた。何をあそこまで不安になっていたのかと思うほどに。
これが、国の力なのか。
ドイツはゆったりと薄く笑みを浮かべて見せた。
この日、ドイツ帝国という名の国が表舞台に誕生する。