記憶はいっそドブにでも
記憶はいっそドブにでも
「相変わらず面白くねえ顔(ツラ)してやがるな、弓兵」
「む」
「人の顔見て余計に不機嫌になってるんじゃねェよ……」
「ご機嫌になろうが、不機嫌になろうが、君には関係がないと思うが？」
「口が減らねえ奴だ」
「……君も、いい加減にしたらどうだ。気分が悪いのならば私に話しかけなければいい」
「……んっとに、口が減らねえ」
最近、カルデアに召喚された千子村正は、どういうわけか、この赤い弓兵にやたらと突っかかってしまう。
何が気に食わないのか、原因は、はっきりとわからないが、顔を見るとどうしても喧嘩腰になってしまうのだ。
一方の赤い弓兵ことエミヤも、このカルデアでは良きセンパイの地位をほしいままにしているはずなのだが、珍しく穏便に済ませないものだから、この二人、顔を合わせる度に、言い合いになっている。
「古参の者が新人に親切にしてやるってェのは、ここじゃ普通だと聞いたぞ？」
「そうか。申し訳ないが、私は例外ということだろう」
「てめえは誰にでも優しく紳士的だと、みんながみんな口を揃えて言いやがる」
「誰が言ったかは知らないが、私はそんな博愛主義ではない」
「ちっ」
「君もいい加減、私にちょっかいを出すのをやめればいいのではないか？ 寄れば口論になるのであれば、我々は馬が合わないのだろう。パーティーメンバーに選ばれたのならば仕方がないが、カルデア(ここ)にいる間は得てして顔を合わす必要などない。君が面倒だというのなら、私が君を避けて過ごそう」
「な…………、んなこと、言ってねえだろ！」
「ほら、そうやって君がカッカしてしまうのは、私のせいなのだろう？ ではな」
「ちがっ、」
村正は否定しようとして、声を詰まらせた。一瞬だったが、エミヤは眉根を寄せ、少し苦しそうな顔をしたように見えたのだ。
その垣間見えた表情に突き動かされて、背を向けたエミヤの腕を村正は咄嗟に掴む。
「まだ何か用が？」
あるわけねえ、と思いながらも、声にはならなかった。
「…………なあ、」
足を止め、半身を返したものの、エミヤはこちらを見ない。肩越しに見える横顔は、窓の方を向いたままだ。
その視線の先に何か珍しいものがあるわけでもなく、ただ、吹雪いているだけの凍てついた世界があるのみ。真っ白な雪景色以外に何もありはしない。
「人が話してる時は、そいつの目を見ろって、親に言われなかったか？」
「さて？ そんな記憶はきれいさっぱり消えているものでね」
皮肉な笑みを頬に浮かべて、エミヤは面倒臭そうに答えた。
「……っ、こっち向け！」
エミヤはその声に驚いたようで、ようやく村正に目を向けた。
「何かね？」
「っ、何って、」
「用がないのならば、私は失礼する」
再び背を向けようとしたエミヤの腕を、なおも村正は引っ張る。
「放してくれないか、私は――」
「てめえを見てると、ここが苦しい！」
自身の胸元を拳で叩いて村正は訴える。
「てめえだけじゃねえ！ あの、ウルクの女神も、インドの女神も、青い騎士も、赤目の白兎みてェなキャスターの母娘も、着ぐるみのジャガー女も！ それに、陰気な頭巾のアサシンも！ いったいなんだってんだ！ オレは、いったい何に苛まれてんだッ！」
「そ……、っれを、いきなり、私に、訴えられても、だな……」
エミヤはたじろぎ、声を詰まらせる。
「てめえには特にひどい！ 馬鹿みたいに追いたくなる！ いつも探しちまう！ もう、わけがわからねえ！」
「それは……、おそらく……その肉体を持っていた人間の記録のような…………」
エミヤがたどたどしく説明すれば、村正はさらに疑問をぶつけてきた。
「記録？ だったらてめえは、この身体の人間に見覚えがあるのかっ？ この身体(こいつ)が覚えてるってことは、てめえと何らかの――」
「やめてくれ！」
「な……、ん、」
「君はただ、サーヴァントとして、その人間の形を辿っているだけだ！ そんなものに囚われる必要などない！ なんら関係のない記憶など、気にすることもない…………」
先細っていく、苦しげに吐かれた言葉は、何よりも村正の胸に刺さった。
（ただ、象っているだけだってェのか？ こんな気持ちが、ただの模造みてえなもの？）
鈍色の瞳はこちらを見ることはなく、村正を映すこともない。それがとてつもなく嫌だと思う。
（これも、この身体を持つ人間の名残だって、そういうことなのか……？）
村正はそれ以上何も言えず、剥ぎ取るように腕を引いたエミヤが赤い外套を翻して去っていくのを見送る。
（この光景は……、いつか見た……）
……気がするもの。
既視感が拭えない。
追いたくなる足を、必死に留めることが精一杯だった。
＊＊＊
「また君か……」
キッチンで調理を進めるエミヤは、眉間に深いシワを刻む。
「まあまあ、そう言うなって。儂(オレ)も手を貸してやろうってんだ、ありがたぁく手伝ってもらっとけ」
「結構だ。私一人でも十二分に――」
「やっほー！ 今日のディナーは何かなー？」
元気よく食堂に入ってきたのは着ぐるみのジャガーマンだ。
「すみません、そろそろだと聞いたんですが……」
おずおずと続いて入ってきたのはパールバティー。その後ろには、
「できていますか！」
凛とした声とともにアルトリアが、そして、まだ後ろにも幾人かが続いている。
「な……」
エミヤは、絶句するしかない。よりにもよって、同時刻に大食漢が一堂に会してしまっている。
こんなことは通常、ありえない。
エミヤは食堂の混乱を防ぐべく、いつも大食漢たちには食事の時間をずらして指定している。だというのに、とエミヤは、この事態の原因にすぐに辿り着いた。
「貴様！」
あらぬ方へ視線を遣った村正をエミヤは睨む。
「なぁんのことだかなぁ」
ニヤリと笑う村正に、エミヤは大きなため息をつき、
「君も手伝え。足を引っ張るようなら、叩き出す！」
言って、エプロンを投げて寄越す。
「おう！ のぞむところだ！」
かくして、食堂に集まってしまった腹ペコたちのため、エミヤと村正は、タッグを組むことになったのだった。
「はー……。やっと満足したみてェだなぁ」
満腹で食堂を出て行ったサーヴァントたちを見送り、村正は椅子に腰を下ろす。
ことり、と熱い緑茶がテーブルに置かれた。
見上げると、
「なんだ」
不機嫌に吐かれる声。
「ありがてェな、と思っただけだ」
「フン」
そっぽを向いたエミヤに呆れつつ、熱い湯飲みを両手で包み、村正は、ふ、と頬を緩める。
「やっぱりてめえは、優しいんじゃねえか、」
「…………」
「なあ、弓兵さ……」
からかってやろうと見上げたエミヤはこちらを見ていた。
「ぁ……、」
鈍色の瞳を揺らし、視線がかち合ったことに気づいて、フイとまた顔を逸らす。
声をかけようとしたが、村正には何を言えばいいのかわからない。白い髪に隠れた目元も、引き結ばれた唇も、握りしめられた拳も、何もかもが痛々しく思えた。
「片付けは、私の仕事だ。君は、自業自得とはいえ、疲れただろう、部屋に戻って休むといい」
「ぁ、ああ」
「相変わらず面白くねえ顔(ツラ)してやがるな、弓兵」
「む」
「人の顔見て余計に不機嫌になってるんじゃねェよ……」
「ご機嫌になろうが、不機嫌になろうが、君には関係がないと思うが？」
「口が減らねえ奴だ」
「……君も、いい加減にしたらどうだ。気分が悪いのならば私に話しかけなければいい」
「……んっとに、口が減らねえ」
最近、カルデアに召喚された千子村正は、どういうわけか、この赤い弓兵にやたらと突っかかってしまう。
何が気に食わないのか、原因は、はっきりとわからないが、顔を見るとどうしても喧嘩腰になってしまうのだ。
一方の赤い弓兵ことエミヤも、このカルデアでは良きセンパイの地位をほしいままにしているはずなのだが、珍しく穏便に済ませないものだから、この二人、顔を合わせる度に、言い合いになっている。
「古参の者が新人に親切にしてやるってェのは、ここじゃ普通だと聞いたぞ？」
「そうか。申し訳ないが、私は例外ということだろう」
「てめえは誰にでも優しく紳士的だと、みんながみんな口を揃えて言いやがる」
「誰が言ったかは知らないが、私はそんな博愛主義ではない」
「ちっ」
「君もいい加減、私にちょっかいを出すのをやめればいいのではないか？ 寄れば口論になるのであれば、我々は馬が合わないのだろう。パーティーメンバーに選ばれたのならば仕方がないが、カルデア(ここ)にいる間は得てして顔を合わす必要などない。君が面倒だというのなら、私が君を避けて過ごそう」
「な…………、んなこと、言ってねえだろ！」
「ほら、そうやって君がカッカしてしまうのは、私のせいなのだろう？ ではな」
「ちがっ、」
村正は否定しようとして、声を詰まらせた。一瞬だったが、エミヤは眉根を寄せ、少し苦しそうな顔をしたように見えたのだ。
その垣間見えた表情に突き動かされて、背を向けたエミヤの腕を村正は咄嗟に掴む。
「まだ何か用が？」
あるわけねえ、と思いながらも、声にはならなかった。
「…………なあ、」
足を止め、半身を返したものの、エミヤはこちらを見ない。肩越しに見える横顔は、窓の方を向いたままだ。
その視線の先に何か珍しいものがあるわけでもなく、ただ、吹雪いているだけの凍てついた世界があるのみ。真っ白な雪景色以外に何もありはしない。
「人が話してる時は、そいつの目を見ろって、親に言われなかったか？」
「さて？ そんな記憶はきれいさっぱり消えているものでね」
皮肉な笑みを頬に浮かべて、エミヤは面倒臭そうに答えた。
「……っ、こっち向け！」
エミヤはその声に驚いたようで、ようやく村正に目を向けた。
「何かね？」
「っ、何って、」
「用がないのならば、私は失礼する」
再び背を向けようとしたエミヤの腕を、なおも村正は引っ張る。
「放してくれないか、私は――」
「てめえを見てると、ここが苦しい！」
自身の胸元を拳で叩いて村正は訴える。
「てめえだけじゃねえ！ あの、ウルクの女神も、インドの女神も、青い騎士も、赤目の白兎みてェなキャスターの母娘も、着ぐるみのジャガー女も！ それに、陰気な頭巾のアサシンも！ いったいなんだってんだ！ オレは、いったい何に苛まれてんだッ！」
「そ……、っれを、いきなり、私に、訴えられても、だな……」
エミヤはたじろぎ、声を詰まらせる。
「てめえには特にひどい！ 馬鹿みたいに追いたくなる！ いつも探しちまう！ もう、わけがわからねえ！」
「それは……、おそらく……その肉体を持っていた人間の記録のような…………」
エミヤがたどたどしく説明すれば、村正はさらに疑問をぶつけてきた。
「記録？ だったらてめえは、この身体の人間に見覚えがあるのかっ？ この身体(こいつ)が覚えてるってことは、てめえと何らかの――」
「やめてくれ！」
「な……、ん、」
「君はただ、サーヴァントとして、その人間の形を辿っているだけだ！ そんなものに囚われる必要などない！ なんら関係のない記憶など、気にすることもない…………」
先細っていく、苦しげに吐かれた言葉は、何よりも村正の胸に刺さった。
（ただ、象っているだけだってェのか？ こんな気持ちが、ただの模造みてえなもの？）
鈍色の瞳はこちらを見ることはなく、村正を映すこともない。それがとてつもなく嫌だと思う。
（これも、この身体を持つ人間の名残だって、そういうことなのか……？）
村正はそれ以上何も言えず、剥ぎ取るように腕を引いたエミヤが赤い外套を翻して去っていくのを見送る。
（この光景は……、いつか見た……）
……気がするもの。
既視感が拭えない。
追いたくなる足を、必死に留めることが精一杯だった。
＊＊＊
「また君か……」
キッチンで調理を進めるエミヤは、眉間に深いシワを刻む。
「まあまあ、そう言うなって。儂(オレ)も手を貸してやろうってんだ、ありがたぁく手伝ってもらっとけ」
「結構だ。私一人でも十二分に――」
「やっほー！ 今日のディナーは何かなー？」
元気よく食堂に入ってきたのは着ぐるみのジャガーマンだ。
「すみません、そろそろだと聞いたんですが……」
おずおずと続いて入ってきたのはパールバティー。その後ろには、
「できていますか！」
凛とした声とともにアルトリアが、そして、まだ後ろにも幾人かが続いている。
「な……」
エミヤは、絶句するしかない。よりにもよって、同時刻に大食漢が一堂に会してしまっている。
こんなことは通常、ありえない。
エミヤは食堂の混乱を防ぐべく、いつも大食漢たちには食事の時間をずらして指定している。だというのに、とエミヤは、この事態の原因にすぐに辿り着いた。
「貴様！」
あらぬ方へ視線を遣った村正をエミヤは睨む。
「なぁんのことだかなぁ」
ニヤリと笑う村正に、エミヤは大きなため息をつき、
「君も手伝え。足を引っ張るようなら、叩き出す！」
言って、エプロンを投げて寄越す。
「おう！ のぞむところだ！」
かくして、食堂に集まってしまった腹ペコたちのため、エミヤと村正は、タッグを組むことになったのだった。
「はー……。やっと満足したみてェだなぁ」
満腹で食堂を出て行ったサーヴァントたちを見送り、村正は椅子に腰を下ろす。
ことり、と熱い緑茶がテーブルに置かれた。
見上げると、
「なんだ」
不機嫌に吐かれる声。
「ありがてェな、と思っただけだ」
「フン」
そっぽを向いたエミヤに呆れつつ、熱い湯飲みを両手で包み、村正は、ふ、と頬を緩める。
「やっぱりてめえは、優しいんじゃねえか、」
「…………」
「なあ、弓兵さ……」
からかってやろうと見上げたエミヤはこちらを見ていた。
「ぁ……、」
鈍色の瞳を揺らし、視線がかち合ったことに気づいて、フイとまた顔を逸らす。
声をかけようとしたが、村正には何を言えばいいのかわからない。白い髪に隠れた目元も、引き結ばれた唇も、握りしめられた拳も、何もかもが痛々しく思えた。
「片付けは、私の仕事だ。君は、自業自得とはいえ、疲れただろう、部屋に戻って休むといい」
「ぁ、ああ」
作品名：記憶はいっそドブにでも 作家名：さやけ