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記憶はいっそドブにでも

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 体よく追い払われたと知りながら、村正はいつものように突っかかることもできず、素直に食堂を出た。
(なんだってんだ……)
 ざわつく胸の内に、村正は苦々しいため息をつく。
 歩みが鈍い。
 今にも足を止めてしまいそうになって、
「ちっ」
 舌打ちをこぼし、無理やり大きな一歩を踏み出した。



***

 自動でドアが開き、自室に入り、エミヤは目を据わらせる。
「…………」
「よ!」
 ベッドに横になったまま片手を上げて、妙に明るく挨拶をしてくる者に、エミヤは肚(はら)の底からため息を吐き出した。
「私の部屋で、勝手に何をしている」
「いやぁ、一人悶々とするってェのは、性に合わねえのさ」
 立ち上がり、参った参ったと笑う村正に、エミヤは眉間のシワを深くする。
「フン。私には関係ない。さっさと自室に戻れ」
「まあまあ、そう邪険にするなって。ちぃーと話し合おうじゃねえか」
「何を話すことがっ、ぅ?」
 ぐるん、とエミヤの視界が回る。体勢を立て直す前に、ぼふん、とベッドに投げ飛ばされ、転がっている。
「貴様……」
 不意を突かれたとはいえ、こうも簡単に投げられては、とエミヤの苛立ちはマックスだ。
「何をす、」
「なあ」
 ベッドで上半身を起こしたエミヤに圧し掛かり、村正は、ずい、と顔を近づける。
「退け」
 顔を背けるエミヤに、村正の胸の内は、チクリチクリと針でも刺されているように痛んで、もう自分だけではどうすることもできないと悟った。
 動かない村正を押し退けようと、その肩を掴んだエミヤだが、逆にその手を取られた。
 ムッとして目を向ければ、村正はエミヤの手を自身の胸に当てる。
「ここが、痛い。どうにかしてくれ」
「っ、な、なぜ、私に、」
「てめえにしか、治せないって、この身体が訴えてんだ」
「そんな、わけが……」
「儂の身体は、なんの因果か、てめえにしか反応しねえ。儂がてめえに拘るのは、この姿の人間の記録だと言ったな? ってことは、この人間は、てめえに何かしらの思い入れがあるんだろう。それと、てめえは、この人間とどんな関係だった?」
「っ……、そんなことを、なぜ私が言わなければならない。君には関係のない話だろう」
「てめえは、儂にやたらと冷たい。それは、てめえの何らかの防衛本能なんじゃねえか?」
「…………」
 エミヤは言葉に窮した。
 何を話したところで、どうにもならない。
 たとえ村正が疼くという胸の痛みの原因がエミヤ自身であっても、村正はエミヤの求める者ではない。そんなあやふやな記録などに踊らされるなと、エミヤは言おうとするのだが、
「アーチャー」
 呼ばれて、ぎくり、と村正に目を向ける。
「やっと、こっちを見やがったな」
 ふふん、と笑う村正に、エミヤは記憶の彼方の面影を重ねてしまう。
 風が赤銅色の髪を撫で、自身に向けられる笑顔はただただ大切なものだった。
 同じ顔が、今、目の前にある。眩暈を覚えて、自身にしっかりしろ、とエミヤは言い聞かせる。
 だが、触れたい、と身体が訴えるのだ。
「っ……」
 何度も息を飲み込み損ね、
「っく…………」
 抗えずに、そっと頬に触れた。
 記憶となんら変わらない感触に思えて、思いがけずエミヤの指先は震える。
「何人か、てめえをそう呼んでるだろ? だから真似て――」
 村正はぎょっと目を剥いた。
「ンンっ? うぅー、んーんー!」
 エミヤに口を塞がれている、その唇で……。
 村正の不平はエミヤに飲まれてしまう。苦しさに逃れようとしても、うまくいかない。
「んく……、ン、っふ、ぁ……」
 ようやく唇の隙間から空気を吸って、村正はエミヤの胸元を押し返そうとしたが、身体に回されたエミヤの腕は存外に強く戒めていて、その上、身動きのできる隙間が少ない。どうにか口づけから逃れ、
「きゅ、急に、何しやがん、っんん!」
 再び唇を奪われ、先ほどよりもぎっちりと抱き込まれ、村正は逃れることも叶わず……、結局、男は度胸だ、とばかりに諦めてエミヤに身を任せることにした。
 ぬる、と熱い舌が口腔に侵入する。
「ん、っ……」
 歯列を舌先でなぞられ、ぞくぞくと背筋が震える。
 薄く瞼を開ければ、エミヤは夢中になって村正との口づけに気を遣っている。
(可愛い奴……)
 なぜだか、己よりもガタイのいいエミヤを可愛いと思う。そんな自分が可笑しくなってくる。
(でもな……、儂じゃあねえ……)
 エミヤの求める者が己ではないと、村正は十二分に知っている。
(こいつの記憶の中の……、この身体の中の記憶の……)
 ざわざわと落ち着かない胸の内から目を逸らしたくて、エミヤの髪を撫で梳き、自分から舌を絡めた。
 村正はもう、求めることをやめられない。
(ああ、なんだか……)
 こうしていることが普通だった、と身体が覚えている。熱くて、切なくて、記憶とは呼べない、身体に刻み込まれた記録の断片。
 唇が離れてもまだ熱い。間近に見える鈍色の瞳は、熱を籠もらせて潤んでいる。
「士郎……」
「え……?」
「はっ! い、いや、」
 エミヤは正気に戻ったのか、村正に回していた腕をバッと離した。
「すまない」
 引き寄せたのはエミヤであるというのに、村正の身体を押し返し、エミヤは離れようとする。
「なんだ、やめちまうのか?」
「あ、ああ。少し、感傷に耽っていた」
「感傷?」
「いや、なんでもない……」
 村正から身体を逸らし、エミヤはベッドから下りようと足を床に下ろす。
「なあ……、士郎てェのは、」
「忘れてくれ」
 エミヤは片手で目元を覆う。
「それが……、こいつか?」
「忘れろと言っているだろう!」
 声を荒げたエミヤの肩に、村正はそっと手を載せた。
「大事な奴だったんだな……」
「……知ったふうな口をきくな」
「悪かったな。思い出させちまって」
「君が気に病むことではない……。その姿でサーヴァントとなったのは、君の与り知らぬことだろう」
「まあ、そうなんだがな……。ガキを悲しませんのは、趣味じゃねえんだ」
「ガキ……」
 エミヤはようやく顔を上げて村正を見る。
「私が言った言葉だな……」
 遠い記憶の中の柔らかな思い出。エミヤが愛してやまなかった存在。
「私が馬鹿でガキだと言えば……、腹を立てて 、絶対に追い越すと噛みついてきて……、本当に、ガキだった……」
 微かな笑みを湛えるその表情は痛々しく、村正は胸の痛みを堪えてその頬を両手で包んだ。
「代わりでいい」
「な……に……?」
「てめえが思う通りにすればいい」
 エミヤの頭を引き寄せ、抱きしめて村正は瞼を下ろす。
「なあ、アーチャー……」
「っ……」
 びく、と身体を震わせて、エミヤは面影に苦しむ。この姿、瞳、肌の熱さ、声までもが寸分と変わらない確かさでここに在る。
 村正の身体にエミヤの腕がそろそろと回った。
「……………………士郎……」
 苦痛に満ちたエミヤの声が、村正の胸にいっそう強く響いた。


 代替え行為、身代わり、思い込み、勘違い……。
(どうだっていい、そんなくだらねェこと……)
 今ここで、この身体で求め合うことが、何よりも大事だった。
「ふ、ふあ、っ、アーチャ、あ、っ、」
作品名:記憶はいっそドブにでも 作家名:さやけ