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記憶はいっそドブにでも

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 女役をかって出たものの、あられもない声を上げてしまって、村正は少し後悔していた。
(覚えていやがれ、後で恥ずかしいこと、山ほどさせてやる!)
 意気込みながら、エミヤの白い髪を撫で、辛そうに顔を歪める頬に触れる。
(泣きたきゃ、泣けばいい……)
 きっと、そんなことはしないだろう、と村正にはわかっていたが、涙を流すことで、楽になるということもある。
 それができないエミヤという男に、村正は愛おしさを覚えた。
(守護者ってやつ、だったな、儂と同じ……)
 エミヤと実のある話というものをしたことがないため、同じ守護者というものでありながら、どういう経緯だとか、何をしていたかなどは知りえない。
(儂が、ぶった切れるものならな……)
 怨念を切ることはできても、エミヤの思い出を切ることはできない。恩讐であればまだしも、エミヤの想いの先には、愛しさに満ちた記憶があるだけだ。それを切る術は村正にはない。
(記憶に囚われることなんかねえって、そりゃ、てめえのことだろ……)
 よくも儂に言いやがったな、と村正はムッとする。
(他人のことより、自分のことをどうにかしやがれ……、こんなになるまで堪えるんなら……)
 髪を梳き、目尻を親指で拭う。そこに村正の指を濡らす水滴はない。だが、村正は拭ってやりたいと思う、こぼれはしない、エミヤの雫を。
「士郎……」
 何度も呼ぶその声には、愛しさだけが籠もっている。
(ああ……、てめえは、大事な奴と、別れなきゃなんねえ運命だったんだな……)
 サーヴァントと人間では、到底同じ時間軸で過ごすことのできる時は限られている。
(その刹那を、てめえと、この人間は……)
 どんな時間だったかなど、想像に難くない。
 終わりのある時間だ。
(別れってのは……、まあ、辛ぇもんだよな……)
 この、激しくあるが乱暴ではない、優しく己を抱く男に、傾いていきそうになる心を留めようと、村正は苦心しなければならなかった。


「しろう……」
 エミヤは眠っている。
 夢を見るわけでもないサーヴァントであるというのに、眠りながらその名を呼んでいる。
「悪ぃな、そいつじゃなくてよ……」
 エミヤの頭を胸に抱き寄せて、村正は少し苦いため息を吐いた。
「し……ろ……」
「……ったく」
 少し面白くない。
「刻まれちまったじゃねえか……」
 身体に残っていた記録の欠片は、確実に自身の心に刻まれた、と苦笑いをこぼすほかない。
 村正の心境を知ってか知らずか、ぎゅう、とエミヤの腕が締めつけてくる。
「…………し…………ろぅ…………」
 村正は抱きこんだ頭を撫でた。
「儂は、そんな名じゃねえって……」
 言いながらも、エミヤに力いっぱい抱きしめられることに悪い気はしない。
「記憶なんざ、いっそのこと……」
 白い髪をかき上げて、褐色の額にそっと口づける。
「いっそ、ドブにでも棄てちまえっ!」


記憶はいっそドブにでも 了(2018/3/16)
作品名:記憶はいっそドブにでも 作家名:さやけ