あの日の夏は海の底 前編
ー ジリジリとした暑い日差しが、引きこもり
の僕にはかなりの殺傷力だった。
ポセイドンと約束してから、ほぼ毎日海に行
っている。
みんなは僕の外出に少しずつ怪しみだし、お
そ松兄さんにはしつこく絡まれるようになっ
た。
兄弟に言い訳をして、なるべく追及されな
いように心がけた。
汗だくで洞窟に入ると、少し冷んやりしてい
て涼しく感じた。
「おぉ!愛しの一松!今日も来てくれたのだ
な」
「…暇だからね」
嬉しそうなポセイドンに、僕は照れながら呟
く。
いつも通り岩場に膝を抱えて座る。
たわいない話をする僕とポセイドン…最初は
ドギマギしてしまっていたが、慣れたもので
一緒にいるのが心地よかった。
「一松…ずっと気になっていることがあった
んだが…」
突然真剣な顔で言うポセイドンに、心臓が跳
ねた僕は目線を下に向けた。
「…出逢った日、泣いていたのは何故なん
だ?」
あの日からなるべく考えないようにしていた
が、カラ松にそっくりな顔で言われてしまう
とあの日のことを思い出して、心が痛くな
る。
「…すまない…話したくないことだったか?
無理に聞くつもりは、ないから安心してく
れ!」
優しい笑顔で言うポセイドンに心が悲鳴をあ
げている。
”吐き出したい”
その気持ちが募って、僕はポセイドンの優し
さに甘えてしまった。
僕は顔を膝に埋め、口を開いた。
「…僕は不毛な恋をしてるんだ…」
重い口で言葉を紡ぐ。
ポセイドンは静かに、でも真剣に耳を傾けて
いた。
「僕たちは、六つ子に生まれて…僕はそこの
四男なんだ
僕は、兄弟…次男のことが小さい頃から好
きだった
兄弟みんなに優しい次男は、鈍臭い僕にい
つも歩幅を合わせてくれてた
そんな次男に憧れを持って…恋心に変わる
のはすぐだった
凄く葛藤したんだ…男で、ましてや兄弟
そんなの気持ち悪いし、いけないことだっ
て」
目頭が熱くなって、視界が霞んでくるのがわ
かる。
「あ、諦めようって何度も気持ちを殺して来
たんだ…でも、アイツの笑顔とか名前を呼
ぶ声とか…そんな些細なことで気持ちが溢
れてくるんだ…」
声が震え、言葉に少しずつ嗚咽が混ざる。
「最近さ…彼女が出来たんだよアイツ
いい弟に戻りたくて、アドバイスしたり…
応援したり…でもその度に、心臓が痛くて
汚れた感情が渦巻くんだ…
なんで僕は選ばれないんだろうって…
なんで僕は弟なんだろうって…」
言葉がつまり、嗚咽が止まらない。
「辛かったな…切ない恋をしたんだな…」
静かに言うと、僕の頭を撫でた。
優しい手に顔を上げる。
ポセイドンは、僕を引き寄せ抱きしめた。
「ポ、ポセイドン?」
突然のことに驚いて、ポセイドンを見つめ
る。
触れ合う肌が冷んやりしていて、熱を持った
僕の身体にとても心地よかった。
「酷い顔になっているぞ…
可愛いフェイスが台無しだぞ!」
明るい口調で言うポセイドンに、気持ちが落
ち着いていく。
「フヒヒ…そんなこと言うのあんたくらいだ
よ」
僕はポセイドンの顔を見て涙目で微笑む。
「やはり、一松には笑顔が似合うな!
お前の笑顔はとても綺麗だ…」
ポセイドンの言葉に顔が熱くなる。
「俺は一松のことを愛してる
その笑顔に一目惚れして、とても愛おしい
と感じたんだ
だから…もし、一松が望むならその気持ち
を消してやることが出来る」
真剣に言う彼に僕は息を飲んだ。
「…消せるの?」
「一松が望むならだが…」
質問に言葉を濁すポセイドンに困惑した顔を
向ける。
「その気持ちを消すには、俺と契約のキスを
してもらう必要があるんだ
契約した者は、俺と一生海の底で暮らすん
だ…
家族の記憶から一松の全てが消えて、一松
からも家族の記憶が消える…」
「…え?」
みんなから記憶が消える…そう考えると頭が
真っ白になった。
「…一松がどうしても辛い時の最終手段とし
て頭の片隅に置いていてくれ
俺はお前が幸せならそれがいい…」
僕の目を見つめて優しく微笑む。
”ポセイドンは、逃げ道を僕にくれてるんだ”
そう思うと、さっきまで真っ白だった頭の中
が妙に色づいた。
「…ありがとうポセイドン」
優しい彼に微笑んで呟く。
「お礼を言われることはしていないぞ…」
「…そんなことないよ
逃げ道を作ってくれたから…」
切なそうな彼の頭を撫でた。
「実はな…消すことはできないが、その気持
ちを預かることなら出来るんだ」
「預けるとどうなるの?」
「気持ちはどんどん薄れていく…が、これに
は制限がある
俺がここにいる夏の間だけだ」
「その期間を過ぎると…どーなるの?」
「それは俺にも分からないんだ…すまない
もし、気持ちを預かって欲しいと言うなら
夏の間に気持ちを消すか残すか決めて欲し
いんだ…」
まっすぐな視線を晒せなかった僕は、初めて
目線を落とした。
「…分かった…
正直今のままじゃ、家に居づらいのは事実
だし、この気持ちにけじめをつけなきゃっ
て思ってる
だから、自分勝手な願いだけど、僕の決断
を最後まで見届けて欲しい
巻き込んで申し訳ないけど、僕の気持ちを
預かって居て欲しいんだ」
僕は落としていた目線をあげて、ポセイドン
を見る。
「もちろん…愛しいお前のためなら、いくら
でも!」
笑顔で言うポセイドンを見て、自分の狡さを
噛み締め拳を握った。
…つづく
作品名:あの日の夏は海の底 前編 作家名:ぎったん