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あの日の夏は海の底 後編

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ー 青白い光の中…僕は、ぼーっとした頭でポ
 セイドンに身を預けてしまった。

 「一松!!」

 焦りを含んで呼ぶ声に、僕はハッと意識を戻
 し、ポセイドンを離す。

 「一松、無事か?!」

 「カラ…松?…僕…今何を?」

 駆け寄るよるカラ松に、呆然としつつポセイ
 ドンを見る。

 「もう少しで口づけができたのにな…」

 ポセイドンは、冷たい視線でカラ松を見る。
 優しい彼からは想像も出来ない顔つきに、僕
 は恐ろしくなる。

 「ポセイドン?」

 僕は怯えながら、彼の名前を呼んだ。

 「どうした一松?」

 こちらに顔を向けるポセイドンは、いつもの
 優しい顔に戻っていた。
 それがなんだか違和感に感じて、余計に、
 怖くなった。

 「ポセイドン…一松になにをしようとしたん
  だ?」

 「熱いヴェーゼさ!」

 「何?!」

 ポセイドンの言葉に、カラ松が殺気立つ。
 余裕そうなポセイドンも、ピリピリと殺気を
 纏っている。
 僕は、怖くて息がうまく出来ない。
 フラフラとポセイドンから距離をとって座り
 込んだ。

 「どうしたんだ?いちまぁーつ
  さっきまで俺を受け入れかけていたのに、
  なぜ離れていくんだ?」

 「…」

 「いちまぁーつ?」

 「さ、殺気が怖いよ…ポセイドン…」

 ポセイドンの質問に恐る恐る答える。

 「…すまないな一松…
  そんな怯えた顔をしないでくれ」

 表情を和らげながらも殺気が緩むことはな
 く、カラ松を警戒していた。

 「おい!一松に近づくな」

 カラ松は、噛みつくように睨み付け吠える。
 ポセイドンは不機嫌そうにカラ松を見る。

 「なぜそんなに気にするんだ?
  一松が幸せならそれでいいじゃないか」

 「…大切なブラザーだからだ」

 言葉に詰まるカラ松を嘲笑するポセイドン
 は、カラ松のそばまで歩いて行き、耳元で何
 かを囁いていた。

 「…っ」

 僕は、恐怖と”ブラザー”の言葉に対する気持
 ちでいっぱいいっぱいになっていた。
 頬を温かい雫が流れる。

 ”やっぱりブラザーなんだ…僕がこんな想い
 を抱かなければ、カラ松は平穏に過ごせるの
 に…”

 心の叫びが漏れるように、涙が止まらなかっ
 た。
 ポセイドンは、僕に近づいて頬に触れ、涙を
 拭う。

 「また、こんなに悲しい顔をして…
  俺は笑っているお前が好きだ」

 「ポセイドン…」

 「だから、忘れてしまおうじゃないか
  辛い気持ちも、その涙も」

 ポセイドンの言葉が、僕の頭を満たしていっ
 て、なにも考えられなくなっていく。
 ぼーっとした僕は、突然後ろに引っ張られて
 意識を取り戻した。

 「ダメだ一松!」

 カラ松は、僕を抱きしめポセイドンを睨む。

 「一松…しっかりするんだ!」

 僕の顔を覗き込みながら、頬に手を当ててく
 る。
 胸がキューっと痛み、好きが溢れる。

 ”辛い…伝えてしまいたい…”

 色んなことがありすぎてメンタルも弱ってい
 る。

 「…一松、お前はそれで幸せになれるのか?
  この先それを抱えたまま生きていくのは辛
  いだろう?
  俺が幸せにしてやるぞ…」

 ポセイドンは僕に手を差し伸べる。
 彼の言葉は、まるで麻薬のように心に溶ける
 のが、酷く心地良かった。

 「一松!」

 抱きしめる力を強めたカラ松が、僕を呼んで
 くれるのでなんとか意識を繋ぎとめていた。
 腕の中にいた僕は、ふわふわした頭で気持ち
 を抑えることに限界がきたしまった。

 「…カラ松…僕ね…カラ松が好きなの
  兄弟としてじゃなくて、一人の男として…

  カラ松が好き
  彼女が出来た時、心が引き裂かれるように
  痛かった
  誰かのものになって欲しくないと思ってる
  し、弟として接してみても黒い感情が渦巻
  くんだ

  だから、僕は…消したかったんだ
  この気持ちを消して楽になりたかった

  酷いことをしたり言ったりするんじゃなく
  て…こんな醜い想いをカラ松に押し付ける
  んじゃなくて、甘えられる可愛い弟に戻り
  たかった。

  でもね…もう、無理なんだ…
  戻れないんだ…」

 僕は、しゃくりあげながら気持ちを伝えた。

 「だから、もう終わりにさせてカラ松兄さ
  ん」

 涙が次々湧き出てきて、枯れる気がしない。
 僕は、言い終えるとポセイドンに手を伸ばそ
 うとした。
 ポセイドンは、ニヤリと笑う。

 「待つんだ一松」

 カラ松は、僕の腕を掴んでそのまま手を心臓
 まで持っていく。

 「俺の気持ちを伝えてないぞ!」

 見つめてくるカラ松に、心臓が壊れそうなく
 らい脈打つ。
 怖いと思う気持ちで嗚咽が漏れてしまった。

 「今、苦しいのは分かっているんだが…
  どうしても聞いて欲しいんだ」

 優しく涙を拭うカラ松に、泣き腫らした目を
 向ける。

 「一松…俺はお前を大切な弟としてみてきた
  だから、彼女が出来た時1番に知らせたい
  と思ったんだ

  でもな、打ち明けた時に俺は後悔したんだ
  その時は何故だか分からなくて、沢山考え
  た…空っぽの頭ですぐに答えなんて出なか
  ったけどな」

 皮肉交じりに笑う声は、不安を含んでいた。

 「彼女のバースデーの日に、一松に服を選ん
  でもらった時すごく嬉しかったんだ…
  そして、一松に告白されて…正直戸惑った
  俺は女の子が好きだし、一松は弟だ

  だから、冗談と言われた時は安堵したんだ
  一松は弟なんだと…だから好きなんだと
  でも、その日からあの時の一松が頭から離
  れなかった

  柔らかく笑うその顔がずっと俺の心に残っ
  ていたんだ
  それ以来、彼女とデートしても演劇をして
  もお前のことばかり考えてしまう」

 カラ松に目に吸い込まれそうなくらい魅入っ
 てしまった。

 「こんなのはダメなんだって言い聞かせてい
  たが、自分の気持ちに嘘がつけずに彼女と
  別れたんだ」

 「つまりそれって…?」

 カラ松の鼓動が脈打っているのが分かる。
 とても、早く動いている心臓が僕を打ち付け
 てくる。
 ドキドキが感染して僕は息を飲んだ。

 「お前が好きなんだ…一松!」

 その言葉に、ただ呆然としてしまった。
 全く頭が追いつかなくて、訳が分からなくな
 ってしまった。

 「え?カラ松が…僕を?」

 「そうだぞ」

 「…それは、優しさだろ?
  今、神様に身売りしようとしている弟が可
  哀想でそう言ってくれるんだろう?」

 僕は期待しないように、早口で言葉を返す。

 「一松…これは、優しさなんかじゃない
  優しい兄はこれから、生き辛くなるかもし
  れない茨の道に弟を連れていくもんか…

  俺はお前が好きなんだ…あの日から兄弟と
  してじゃなく、一人の男として好きだ!

  だから、俺とともに生きてくれないか?」

 あまりにもカラ松らしい、真っ直ぐな気持ち
 を貰った僕の心はとても暖かくなった。