あの日の夏は海の底 後編
ー 洞窟に入ってからどのくらいが経ったか分
からない。
僕はカラ松と両想いになることが出来て、喜
びを感じていた。
ポセイドンは、穏やかな表情で僕らを眺めて
いる。
僕は、カラ松から離れてポセイドンに歩み寄
った。
「ありがとう…ポセイドン
お前がいてくれたから、僕は辛さから逃げ
ることが出来た
本当に感謝してる…」
ポセイドンの顔に手を当て、柔らかい表情で
微笑む。
「…愛おしいなぁ…一松…
俺は、お前が幸せなのが一番嬉しい
でも…やはり悲しいな…」
そう言って、涙が頬を伝い僕の手に当たる。
冷たいポセイドンの体は涙と共に、少しずつ
温かくなっていく。
「ごめんね…僕みたいなゴミに優しくしてく
れて…好きになってもらえてすごく嬉しか
った…」
僕はポセイドンを抱きしめる。
カラ松がソワソワと見ているのに気がつい
て、こちらに手招いた。
カラ松は、犬のように喜んで近づいてきて、
僕の横に立った。
「カラ松もポセイドンに言いたいことがあん
じゃないの?」
僕は首を傾げながら、カラ松に問いかける。
「ポセイドン…すまなかった…あんな態度を
取ってしまって…
お前が危機感を持たせてくれたおかげで、
大切な人と結ばれることが出来た
感謝している!」
カラ松は真剣な顔つきで、真っ直ぐ伝えた。
「嫉妬される俺…流石ギルトガイだな
だが、感謝はして当然だぞ?
キスなんていつのタイミングでも出来た
し、一松を愛してる気持ちもある
だから、今日まで我慢したことに感謝して
もらいたい!」
ポセイドンは、眉を下げて笑った。
「あぁ…本当にありがとうな」
カラ松は、丁寧に頭を下げ感謝を乗せた。
ポセイドンとカラ松のピリピリした空気も無
くなり、僕は安心した。
安心した途端、カラ松と両想いになれたこと
で、都合よく幸せになろうとしている狡猾な
自分を思い出し、感謝しているなんて言った
ことを後悔し、卑下した。
”ポセイドンに流されるまま…いや、甘えて
利用してカラ松を忘れようとしてたのに
想いが通じ合えたら、薄情にもカラ松を好き
だと宣い…ポセイドンを傷つけた…
なんて自分は狡いんだろう
ゴミクズの分際で…”
僕は頭のなかで自責の念に駆られた。
「どうしたんだ一松?」
「別になんでもない」
カラ松に声をかけられて、咄嗟に答える。
「それならいいんだが…」
端切れ悪く言うカラ松を見て、ポセイドンが
僕に近づいてきた。
ふわりと僕を抱きしめて、顔を耳元に近づけ
る。
「一松…お前は優しいから、俺の想いを利用
したのにカラ松を選んだ自分を狡い人間だ
と考えているな?
でも、よく聞くんだ…
俺は利用されたなんて思ってないぞ
愛してるからこそ、一番に幸せになって欲
しかったし笑顔を守りたかった
そう思いながらも、一松の気持ちをこちら
に向けるように仕向けた俺のが、よっぽど
狡猾なんだ
お前は長い時間苦しんだんだ…だから、そ
ろそろ自分を肯定してやってはどうだ?」
ポセイドンの言葉に僕は引いてた涙が、また
溢れそうだった。
「一松…幸せになれ」
笑顔で言う彼のその力強い一言に、涙を止め
られるはずもなくただ頷いた。
ー 僕が泣き止むまで、カラ松もポセイドンも
そばにいてくれた。
寝不足と泣きすぎで頭痛がするので、僕はカ
ラ松に体を預けて目を閉じる。
「ポセイドン…俺はもともとお前と話が合う
だから、また会いにきても構わないだろう
か?」
「…」
カラ松の言葉にポセイドンは返事をしない。
「どうしたんだ?我がソウルメイト」
イタい決めポーズで、ポセイドンに問いかけ
る。
「すまないな…カラ松
俺はここには二度と戻らない
人間に見つかった場所には、戻らない…そ
ういう約束なんだ…
もうすぐ夏も終わるからな… 俺は上がっ
て来られなくなる
一松の恋心は実った!もう俺の役目は終わ
りだ」
ポセイドンは、海の方へと歩みだした。
「少し早いがここでお別れをしよう」
彼はこちらを振り向かないで、僕らに言い聞
かせるように優しく言う。
「ごめん…僕と出逢ったばっかりに…
ごめんね…ポ…セイ…ドン」
お別れを告げられた現実に、視界が歪む。
「ばかだなぁ…俺は一松と出逢えてとても楽
しかったぞ!
話もできたし、恋もした!
お前といた時間は宝物だ」
振り返るポセイドンの顔は、涙でぐずぐずに
なっていた。
「ポセイドン!!!」
頭が痛いことも忘れて、僕はポセイドンを抱
きしめる。
彼は僕の頭をポンポンと撫でて、抱きしめ返
してくれた。
痛いくらいに抱きしめられて、ポセイドンの
気持ちがひしひしと伝わってくる。
「…さぁ、もう帰る時間だ
最後の別れだからな…一松の笑顔を見せて
欲しい」
無理やり笑いかけるポセイドンに、僕はあり
ったけの笑顔を見せる。
「さよなら…一松…我が愛しい人よ」
「さよなら…ポセイドン」
ポセイドンが海の中に戻っていくのを、僕は
涙を堪え笑顔で送る。
「…またね」
彼が去る間際に僕はポツリと呟いて、膝から
崩れ落ち涙を流した。
今日は、一生分泣いたと思う。
ポセイドンを送った後、僕は疲れ果てるまで
泣き続けた。
カラ松は、そんな僕の背中をさすり黙って側
にいてくれた。
僕はカラ松におんぶされて、洞窟を後にす
る。
海は、朝日が昇り始めてキラキラと輝いてい
た。
「一松…俺は、お前を大切にしたい
まだまだ頼りないが、俺を信じて欲しい」
「…うん…僕も、今まで散々冷たくしてきた
けど、カラ松を大切にしたいと思ってるよ
誰にも言えるような恋じゃないけど…
僕でいいのか、まだ不安だけど
カラ松を信じたい」
カラ松の真剣な想いに、僕は拙い言葉で返し
た。
「さぁ…帰ろう!一松」
「…うん」
僕は、カラ松の背中に体を預けてすり寄っ
た。
波の音に耳を傾けながら、温かい背中に愛お
しさを感じた。
作品名:あの日の夏は海の底 後編 作家名:ぎったん