梅嶺───前ノ日───
冷えた飛流の体が、温もるなど、、、、。
飛流は、長蘇の体の温かさに、少し戸惑った。
いつもの蘇哥哥では無い。
体温の事だけでは無い、別の人の様な何かを感じた。
梅嶺という山が近付くにつれ、飛流の知らない梅長蘇が、顔を見せる。
大勢の兵を自ら率い、テキパキと動く、蘇哥哥の顔をした漢。
だが今、飛流を見て、長蘇は優しく微笑んでいるのだ。それは、いつもと同じ眼差し、いつもの蘇哥哥の笑顔だった。
飛流の知らぬ、梅長蘇なのだろう、本質は何も変わらぬ。
いつも病弱な、自分が体を支えねば、崩れ落ちてしまいそうな、そんな長蘇も、この、一見、穏やかだが、体の奥底に秘めた焔を持ち、今にも吹き出しそうな、この荒々しさのある長蘇も、どちらも同じ長蘇なのだろう。
知らぬ力強い長蘇が表に出て、飛流は戸惑ったのだ。
「戻るか?、あまり長く外にいると、藺晨から小言を食らう。」
だいぶ長い時を、この場所に立っていた。
不安がそうさせた。
───小言は必至だな。───
一つの外套の中に二人いる、大きな塊が動き出す。
余程寒かったのか、飛流が長蘇の腰に手を回してきた。
二人寄り添って、ゆっくりと進んだ。
「飛流、藺哥哥から怒られるかな。」
「うー、、、、、うん。」
「やっぱり、怒られるか、、、どうしたら良い?、、、。誰かの軍幕に逃げるか?。」
逃げ出したい気持ちも、幾らかあった。何処かの軍幕ではなく、梅嶺から、、、。
戦場から逃げ出すなぞ、林殊らしくもない、そう思う。
───若かったのだ、あの日々は。恐れなぞ無かった。───
「蘇哥哥、帰ろう。」
「うん?。」
「藺哥哥は、やっつける。」
真顔で飛流が言う。
「飛流がか?、やっつけてくれるのか?。」
「うん、蒙おじさんとやっつける。」
「ぷ、、、、。」
───いい線いっている。───
「そうか、なら、頼むぞ飛流。」
「うん。」
───何とか、なるだろう。
何とか出来ねば、何とかするだけなのだ。
いつも戦場ではそうだったのだから。───
林殊の百戦錬磨は、伊達や運ではない。
何とかしてきた結果なのだ。
如何に苦しく不利な戦いでも、何とかしたのだ。
赤焔軍で戦った、梅嶺戦が正にそうだった。
戦場の感覚も戻りつつある。
明日、勝利を導ければ、梁軍は一つの軍になるだろう。
───赤焔軍の戦いを、ここでするのだ。───
勝利する為に、、、、、
───戦英に、一つ確認をしておかねば、、、。───
「飛流、せ、、、、、。」
戦英の軍幕に、、、そう言おうとして、やめた。
「、、??、?、蘇哥哥?。」
飛流が不思議そうに、梅長蘇の顔を見上げていた。
───私は、少し、焦りすぎかも知れぬな。───
「いや、何でもない。」
───戦英ならば、何も抜かりは無いだろう。
ただ、私の不安を解消する為だけに、戦英に不安を伝染す必要は無い。
私が浮き足立っているのが知れれば、皆に広がる。
皆、不安な夜なのだ。───
父、林燮は赤羽営を林殊に任せ、自由に動かせてくれた。
何も口出しせずに、林殊の赤羽営の『自由と機転』を認めてくれていたのた。
林燮は、人を惹きつける、強い軍帥の手本のような人だった。
皆、林燮の元にいるだけで、安心して戦えたのだ。
「飛流、戻ろう、軍幕に。藺晨が怒り出す前に、寝てしまおう。」
「うん。」
明日は一層寒くなる。
綺麗な星空の翌日は、決まって強く冷え込んだ。
梅嶺の記憶が、体に蘇ってゆく。
楽しかった記憶も、忘れられぬ記憶も、、、。
──────────糸冬──────────
作品名:梅嶺───前ノ日─── 作家名:古槍ノ標