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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法4

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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法 4


 お前の涙(こころ)は受け取った。
 安心していい。
 私が満たしてやろう、――――空の器(士郎)。


*** Method 10 ***

「あの魔術師、おかしなことを言うのよ?」
 アーチャーは、それはそうだろう、と内心呟く。他人に魔力を提供させて化け物どもを養っていたのだから、おかしくて当たり前だ、と。
 凛に手伝ってくれと呼び出され、セイバーとともに昨夜の後処理に駆り出されていたアーチャーは、やっと遠坂邸に戻ったところだった。聴取を手伝っていた凛は、あの魔術師と話をしたらしい。そうして前の疑問をアーチャーに投げかけたのだ。
「ずいぶん前から衛宮くんと知り合いみたいなことを言うの。笑っちゃうわよ、そんなわけないわよね、半年前なんでしょ? あの魔術師のところで衛宮くんがバイトを始めたのって」
 予想外の内容にアーチャーは言葉を失う。
「…………」
 アーチャーは凛に頷こうとしたものの、胸がやたらとざわめいて頷けなかった。
「アーチャー?」
「あ、ああ、半年前から不定期なバイトの収入があった」
「そうよねえ……」
「凛、おかしなこと、とは具体的にどんなことだ?」
「うーん、衛宮くんが子供の時は、化け物にナメられていて、喰われそうになったことが何度もあるんだーって、笑い話だよ、とか言って……、まるで、そんな頃から知っている口ぶりなの。親戚みたいな感じで、ずいぶん親しい間柄みたいな話し方をするから……」
 凛は、腑に落ちないわ、と難しい表情をしている。
「子供の……頃、から……」
 口内で繰り返したその言葉に、アーチャーは、ぞわり、と寒気を覚える。
 確かに家計簿に記されていた収入は半年前からだった。だが、あの魔術師が言うことは、もっと以前、士郎がまだ子供であった時の話のようだ。
(何が、どうなっている……)
 側頭を押さえ、アーチャーは眉根を寄せた。
(アレは、年端もいかない頃から直接供給などというものを……?)
 自身の至った考えに、ゾッとした。
(まさかな……。ただ、知り合いだったというだけで、どうしてそんなことが言える。幼い頃のアレを知っている、というだけで、なぜ、魔力供給をしていた、などと……。証拠はないのだ、そんな無用なことにいちいち気を揉むことも…………)
 だが、士郎が幼い頃から直接供給をしていなかった、という証拠もない。
 アーチャーは白い髪を握りしめる。
「凛、あの魔術師と話はできるか?」
「ロンドンへ連行されるのはまだ先だから、大丈夫だと思うわよ。協会に連絡してみるわね」
「よろしく頼む」
 凛の快諾を受け、アーチャーは件の魔術師への面会を取りつけた。



        ◇◇◇

 重い身体を引きずるように廊下を歩き、洗濯物を干しに行く。身体が鉛のように重く、家事にいつもの倍の時間がかかってしまう。
「は……」
 身体の辛さからか、別の理由からか、ため息をこぼして、士郎は洗濯物を干す。こんな時に限って、アーチャーは留守だった。
 件の魔術師のことで、凛に手伝いを頼まれている、と士郎は聞いていた。
 凛からゆっくり休んでいなさい、と言われて週明けの今日、学校を休んでいる士郎は、家事に勤しんでいる。アーチャーの代わりに桜とライダーが聖杯の監視のためと、士郎の様子見のために日曜から衛宮邸に宿泊していた。
 今、桜は学校だ。自分のために休ませるわけにはいかないと士郎が頑強に桜に言い聞かせれば、それでは聖杯の監視ができない、と桜はライダーを残していこうとした。
 だが、それを士郎が、もう大丈夫だから、と渋る二人を揃って送り出した。
 監視もさることながら、士郎の体調も気にしていた彼女たちに、もう平気だと笑って言えば、後ろ髪を引かれながらも登校していった。
 実のところ、体調は思わしくない。だが、士郎は一人になりたかった。アーチャーも今、この家にはいない。シンと静まりかえった屋敷にほっとしている。
 来客の多いこの家に、他人の気配がないことがずいぶん久しぶりだと感じている。いつも誰かが訪れるということがうれしかったのだが、今の士郎は他の誰かに気を回す余裕がない。
(正直、助かる……)
 今、アーチャーと顔を合わせづらい士郎は、彼が留守にすることを渡りに船だと思った。だが、アーチャーの気配が近くにないことに、やたらと落ち着かなさを感じている。
(ここに、いない……)
 養父・切嗣が亡くなった直後のことを思い出してしまい、士郎は寂しさを思い出した。
 自分が何に対して寂しいと思うのか判然としないままで、ただただ空虚さを味わっている。この家のどこにもない気配を、追いたい衝動に駆られてしまう。
(俺は……、何を…………?)
 これも聖杯のせいだろうか、と胸元を押さえた。
 ――それは、士郎が欲しいと思っているからだ。
「はっ!」
 突かれたように士郎は振り返った。
 背後には誰もいない。
 左右を確認しても上空を見上げても、どこにも声の主の姿はない。
 ――探しても無駄だ。私は“そちら”にはいない。
「な……」
 聞こえているのは士郎の耳にではなく、どういう仕組みか士郎には理解できないが、直に頭の中に届く声のようだ。
 ――士郎、私が欲しいと素直に言えばいい。
(アーチャーと同じ声……)
 ということは、あの白い外套のアーチャーに化けた聖杯だ、と正体に行きついた。
「っ……」
 両手で耳を塞ぐ。
 耳を塞ごうとも直に頭の中にその声は届くのだから無意味だ。それでも士郎は耳を塞いだ。
 ――さあ、士郎、私を呼べ。
「やめろっ!」
 ぎゅっ、と目を瞑って項垂れる。
「呼んだりしない! 俺は、お前なんか、求めない!」
 ――そうか……。残念だな。
 声とともに、足下の影が蠢いた。
「え……?」
 足の周囲、ともすれば自身の影かと見落としそうだが、明らかにそれは、ただの影ではない。
 跳び退いてみても、影は士郎の足下で蠢いている。
「なん……っ……」
 青くなって地面を見下ろし、震える身体をどうすることもできない。
「アー、チャ……、たす……っ…………」
 ――ああ、もちろん、私が助けてやるぞ?
「っ! ちがっ、」
 両手で口を覆う。
「っぅ……」
 不安で不安で仕方がない。
(この黒い影が動き出して、あの災厄が……あふれ出す……)
 ゾッとして、どうしようもなく震える身体をどうにかしたくて、士郎は口を覆った指を噛んだ。
「アー……」
 ――そうだ、私を呼べ。
「っ!」
 呼んではいけない。
 士郎は強く指を噛み、自分を抑え込む。
 ――強情だな、士郎は。
 呆れたような声がして、その声がアーチャーと同じで、士郎は気を抜きそうになるのを必死に堪えるしかなかった。



        ◇◇◇

「は……」
 件の魔術師に話を訊くため、アーチャーは新都のホテルを訪れた。
 凛が協会に連絡を入れれば、いまだ新都のホテルに滞在しているということで、案外すんなりと面会も承諾された。
 エレベーターで目的のフロアまで上がる。
 ここに来るまで、思い違いであってくれと、そればかりがずっとアーチャーの頭の中で繰り返されていた。
「……くそ…………」