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不幸少年と幸運E英霊の幸福になる方法4

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 あれから士郎と顔を合わせていない。
 あの行為をどう説明しようかと、傷つけたことをどう謝ろうかと思案していたところに凛から手伝ってくれと言われ、アーチャーは逃げるようにその依頼を受けた。
 結局、士郎が目覚める前に衛宮邸を出たために、体調の確認も、聖杯の件も、代わりに衛宮邸に入った、桜とライダーに丸投げすることになってしまった。
(どこも痛めてはいないだろうか……)
 やたらと心配になる。
 あの後、アーチャーの肩や背中には引っ掻き傷が残っていた。もう消えてしまったが、それほどに自身にすがりついていた士郎の身体のことが気にかかる。
(無理をさせた……)
 わかっていたというのに、アーチャーは止まれなかった。
 だが、士郎も頑強に止めはしなかったのだ。それどころか、アーチャーに手を伸ばしてきた。
 士郎に求められた高揚感が脳裡に焼き付いて離れない。そして、士郎の身体の熱を、まだこの手も身体も覚えている。
 高熱が出ていた時は、アーチャーが一方的にコトを進めていた。だが、あの時は士郎が手を伸ばしてきたのだ。
『ぜんぶ、やるよ』
 その言葉は、強くアーチャーの胸を打ち、熱く滾らせた。あの瞬間、冷え固まった炉に火が灯された、そんなイメージをアーチャーは抱いた。
「マスター……」
 自分から離れたクセに、気配も感じられないことに打ちのめされている。
 片手で目元を覆い、ため息が熱いことに気づき、苦笑してしまう。
「何をしているのか、まったく……」
 呟いた時、ちょうどエレベーターが止まった。エレベーターを降り、目的の部屋へと向かう。
「帰ったら……」
 士郎と話をしようと心に決め、アーチャーは扉の前に立つ。
 あの魔術師に問い質すことがある。
 いつから士郎に魔力供給などさせていたのか。もし子供の頃からだとするならば、その手解きは、お前がしたのか、と。
 我ながら女々しいと思いつつも、アーチャーは今、士郎のことを知らなければならないという義務感に突き動かされている。
「これは、義務だ」
 これからも士郎のサーヴァントとして存在するために、士郎のすべてを知っておく必要がある。
「決して、知りたいということでは……」
 言い訳をこぼして、ドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開けた。



「なんてことだ……」
 グラグラとする眩暈をやり過ごしながら家路を急ぐ。
 瓦屋根の塀が見え、門をくぐり、すぐさま士郎の部屋へ向かう。
「マスター!」
 勢いよく戸を開ければ、夜とはいえ、まだ早い時間だというのに士郎は布団に入っている。
「マス……、ど、どうした、調子が悪いのか? マスター?」
 頭を上げて、胡乱な目を向けた士郎は、のそのそと身体を起こす。
「なんだよ、眠いんだけど?」
「マスター、例の魔術師だが、奴とは――、っ!」
 アーチャーが士郎の部屋へ踏み入ろうとした瞬間、ぴり、と微弱な電流のようなもので行く手を阻まれた。
 たいした威力のない刺激のため、無理に入ればいいのだが、アーチャーはそれ以上、踏み込むことができなかった。
(拒まれている……)
 アーチャーの接近を、士郎は拒否している。
 それが、アーチャーにはわかった。そんな事実を突きつけられ、アーチャーは少なからず憤りと衝撃を覚える。だが、それを問答しようとは思わない。士郎がそういう態度に出たとしても、仕方がないと思っている。
(そうか……)
 そっちがその気ならば、こちらもそれに見合う距離を保とう、とアーチャーは半歩退いた。
「マスター。訊きたいのだが、あの魔術師とは、いつ、どこで、出会った?」
「そんなこと、聞いてどうするんだ」
 それなりに核心的だと思う疑問をぶつけたのだが、士郎は表情一つ崩さない。ムッとしたアーチャーは、腕組みして士郎を見下ろす。
「さあ? ただ、あの魔術師が、マスターのことをずいぶんと以前から知っているようなのでな」
 目を瞠った士郎は、さ、とアーチャーから顔を背ける。
「いつ、どこでだ」
 低くなったアーチャーの声に顔を逸らし、俯いていた士郎は、布団を頭から被ってそれ以上の会話を遮断した。
「おい、マスター!」
「うるさい! 寝るんだから、話しかけるな!」
 何度呼んでも返事すらしなくなった士郎に、一旦、退くことにする。
「……ガキか」
 士郎の頑なな態度に、アーチャーは吐き捨てるように言い、士郎の部屋を後にした。
「絶対に吐かせてやる」
 意気込みながら、いまだ耳に残る声を思い出す。
『自分のマスターに訊けばいい』
 あの魔術師は言った。
『確かに僕は、彼が十二の時からの知り合いだ。けれど、その経緯を僕がぺらぺら話すと思うかい? 仮にもブローカーなんて生業なんだ、守秘義務を欠かしたことはないよ。僕は、プロだからね』
 皮肉に笑って言った魔術師の言葉が、アーチャーの頭の中でぐるぐると回っている。
 アーチャーの知り得ない士郎を、あの魔術師は知っている。
 それが、無性に腹立たしく感じ、戸惑っている。
「絶対に吐かせて……」
 意気込みは、すぐに萎んでいく。
 十二の頃からあんなことをしていたのかもしれない、などと考えると、たとえ、自身の元である存在だとしても、それなりに憐憫の情のようなものが湧く。
「たわけ……」
 どんな理由があるにせよ、周りの大人たちに助けを求めることができたはずだ。
 魔術師ではなくとも、子供を守るということに関してなら、あの姉代わりが断ってもかって出たはずだ、とアーチャーは苦々しく思う。
(アレは一人で抱え込んでしまった……)
 なぜだ、と今さら憤ったところで仕方がないとわかっていても、アーチャーは憤懣やる方ない。
「いったい何が……?」
 子供が一人で抱え込もうとするような内容。
 言葉巧みな魔術師に乗せられたのだとしても、子供でもわかる、そして、子供でもどうにかしなければ、と思うような事柄があったはずだ。
「何が、あったというんだ、アレに……」
 自身とは違う生き方をしている士郎のことばかりに気を取られ、アーチャーは大事なことを見落としていることに気がつかなかった。



        ◇◇◇

(気配を追ってしまう……)
 契約しているからなのだろう、アーチャーの存在が士郎にはいつも感じられる。
 今は、台所で夕食の支度をしている。
 洗濯物を取り込みながら、士郎はその気配を、全神経を研ぎ澄まして感じている。
 ――欲しいのだろう?
 声が聞こえて、士郎は視線を落とす。
 実際の音として聞こえるわけではないその声は、アーチャーの姿をした聖杯の声だ。
(ちがう……)
 くすり、と笑った感じがしてムッとする。
(嘘じゃない。俺は、欲しいなんて思っていない)
 心の中で何度も弁明をしている。
 欲しくない、欲しくない、と。
(だけど、本当のところは……)
 ――欲しいだろう?
 否定することができなかった。
 ざわざわと内側からあふれそうになるものを抑えるように、士郎は胸元に手を当てる。
「……出てくるな…………」
 出してはいけないものだと、士郎は嫌というほど理解している。
 何もかもを赤い炎が奪っていった。