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宝物は、きみとの時間

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「何がいいですか?」

あまりにも直接的に聞かれたので、シュミットは一瞬意味をとらえ損ねて思考を固めた。
五月を目前に控えた春の陽気は穏やかに木々を揺らし、歩く二人の間を優しく撫でて抜けていく。
軽く一拍二拍の間を置いて、

「何が、だ?」

「だから、誕生日のプレゼントです」

聞き返すと、事もなげにエーリッヒが言った。
今その話をしていたところじゃないですか、とエーリッヒが苦笑する。

いや、それはそうなのだ。

思考を固めるまでの会話は確かにシュミットの誕生日についてが話題だった。
というか、そこにかすっていたというか。



もう五月なんですね、と若干の暑さを含むようになった日差しを見上げて受けながら、二人並んで歩いていたときだった。
見れば街路樹は冬の閑散とした様相からすっかり趣向を変えて、若葉の緑を柔らかく茂らせている。
足元には色とりどりの花が咲き、よく整備された道を彩っていて、隣を歩くエーリッヒの足取りがどこか軽く感じられる。

「すっかり春も深くなって、これから暑い季節になりますね」

もともとドイツの中でも寒い気候帯に属するハンブルクの出身のエーリッヒは、実は暑いのが苦手だったりする。
我慢強いたちだから、暑さに対してどうのこうのと弱音を吐くことはないが、苦手なものは苦手なようだ。
精神力でカバーしているとは言っても、見る人間から見ればわかる。
夏になって時々息苦しそうに首元を仰いでいる様子を見ると、シュミットは密かに微笑していたものだ。
あまり不平を口にしないエーリッヒのそういう様子を、自分だけが分かるのが嬉しかったのだ。
まあ、成長した今はエーリッヒの穏やかさには拍車がかかって、ますます内面が分かりにくくなっているのだが。
横目で姿を見ていると、そういえば、とエーリッヒが思い出したように口を開いた。

「そういえば、そろそろ誕生日、ですよね」

こちらを向いて、にこりと笑った。
目前に迫った誕生日は、確かにシュミットのもので、またひとつ自分は年齢を重ねようとしている。
毎年お互いの誕生日には何かしら贈りあうのが習慣だった。
遠くに離れたところにいる年でもそれは変わらずに続いてきたから、こんなに傍にいる今年とて当然変わらないのだろう。
何を贈るかは、当日、包み紙をあけるまでは秘密、というのがここ数年の定番だった。
だから、今年も例年通りに一生懸命に何を贈るか選んでくれているのだろうと期待していた。
の、だが、

「何がいいですか?」

ここで、冒頭のエーリッヒの問いかけに戻る。
話の流れからすれば、当然シュミットのプレゼントに言及しているに違いない。
しかし、ここ数年の習慣が、そういう問いかけをされるという選択肢を頭の中から除外していて、

「だから、誕生日のプレゼントです」

だから、核心をついた質問に驚いたのだ。
しかし、何がほしいか聞いてはいけないという決めごとがあるわけではない。
エーリッヒがそれを聞いてきたとて、文句をいう筋ではない、とも思うが。

「……考えてくれないのか、お前が」

「考えはしているんですけど。」

なかなかいいアイディアが浮かばなくて、とエーリッヒが肩を竦めた。

「どうせなら、ある程度の範囲を決めてもらって、その中で考えようかと」

で、何がいいですか、とエーリッヒの笑顔。





「5月3日の一週間前までに、決めておいてくださいね、何がほしいのか」

もうすぐ誕生日だ、というのに、プレゼント貰う前に逆に宿題を出された形になって、シュミットは釈然としない。
毎年この時期に頭を悩ますのはエーリッヒの番のはずなのに。(自分はちゃんとエーリッヒの誕生日前に頭を抱えているのだから)
チーム一気の長いと思われるエーリッヒは、決して答えを急かすようなことはしなかったが、なにせ毎日生活をともにして顔を会わせる相手だ。
目を合わせるたび何にしようかと考えざるを得ない。

「シュミット、何か悩み事でもあるの?」

ついにはミハエルにまで心配されて、シュミットは苦笑いを返すだけだった。



ほしいもの、

と、考える。
今までエーリッヒにもらって嬉しくないものなどなかった。
毎年、贈られる品は年によって様々だったが、彼の心尽くしをいつでも感じて、それがどれほど自分の気持ちを高揚させたことか。

ほしいもの、

今までに贈られたものは、シュミットの趣味にちなんで乗馬用のグローブだったり、洒落た身につけるものであったり、気のきいた実用品であったりした。
今までと同じものを頼むのでは芸が無い。
しかし、あまり突拍子もないものや、高価なものにするわけにもいかない。
そもそもシュミットの家は経済的に裕福な方に入るので、自分で手に入れられないものはそうはないのだ。
改めてほしいもの、と聞かれると、困る。
金銭で済むものならばなんだって、大抵は手に入れられる。
だったらかえって何でもよいではないかとも思うのだが、そういうわけにもいかない。
なにせ、エーリッヒに貰うものだ。
いい加減にしたら後で自分が後悔するような気がする。

……こういう悩み方をするのは、エーリッヒの誕生日前の自分くらいなものだと思っていたのだが、まさか、自分の誕生日を前にしてこんなに頭を悩ませることになるとは。
自信家だ、尊大だと言われることに憚りすらない自分らしくない、とは思う。
エーリッヒに絡んだことにおいてのみ、自分はどうにもこの傾向にある。

なぜ、こんなにも悩むのだろう。

たとえば同じ課題を出したとして、エーリッヒも同じように頭を悩ませるのだろうか、と自問して、それが考えるまでもない問題であることにすぐに気付く。
今まで散々、エーリッヒが考えあぐねて選びに選んで、やっと決めていたのを知っている。
毎年毎年、自分の誕生日が近くなると、普段は慎重極まりないエーリッヒがどこか上の空になったり集中力を欠いたりして、
どれだけ、
自分のために、

そうか、と思う。

何が楽しみかと言えば、彼の心を自分だけが埋め尽くして、彼が自分のことばかり考えて思い悩む、それが嬉しかった。
ただ一点、エーリッヒが自分を思って贈るというそこだけに支配されている。
彼が自分のために思い悩むことが、それこそが自分を満たすのだ。
で、あるならば、今自分がどうすればいいのかももう、分かり切っているのだ、本当は。





作品名:宝物は、きみとの時間 作家名:ことかた