宝物は、きみとの時間
「決めたぞ」
「……早いですね、まだ一週間たっていませんよ?」
コーヒーを入れる手を止めることもなく、エーリッヒは顔を上げた。
こぽこぽと注がれる温かい音に嗅覚を刺激されて、シュミットはエーリッヒの手元をつい凝視した。
どうぞと差し出されたカップを受け取って、口元に運ぶ。
エーリッヒは一連の動作をにこにこと笑顔で見ていたが、で、と問いかけてきた。
「何に決めたんですか」
何でも聞くといわんばかりの柔らかな表情は、どんなに無体な要求でもたやすく受け入れてしまいそうではあったが、たぶん、エーリッヒは知っているのだ。
本当の本当に無茶なことは、シュミットは要求などしないと。エーリッヒだけには、絶対に。
そこに溢れるのは確かな信頼で、信頼されていることも、それを確信をもってわかってしまうことも、シュミットの心を温かくする。
「シュミット?」
答えを促す柔らかな視線に、同じだけの柔らかさでもって応える。
正面からとらえる青い瞳は、晴れた日の空の頂上の色よりもきれいだと思う。
カップを置くと、かたりと陶器が音を立てた。
エーリッヒが首を横に傾ける。
なんですかと、シュミットの話を聞く合図だ。
「お前の、時間をくれ」
「え?」
意味を捉えかねて、エーリッヒが目を瞬いた。
落ち着いた瞳が驚きに彩られる様を見るのは嫌いではない。
自分だけがそう動かすことができるのだと実感できるから。
「これからの時間全部、」
「え……?」
「と、言いたいところだが」
どきりとした顔をこんな風に無防備に見せるのも、相手がシュミットだからこそだろう。
「そんな贅沢は言わない。ただ、これから俺の誕生日までの時間を、」
「……時間を?」
「俺のために、使ってくれ」
今年のプレゼントに相応しいものを一緒に考えろと、そう言うと、ああそういうことですか、とエーリッヒの顔がゆっくりと綻んだ。
しかし、何か思いついたように人差し指を唇にあてると、小さく笑う。
「いいんですか?」
「何がだ?」
「誕生日まで、だけで」
珍しくどこか挑戦的な目をしているのは、もしかしたら今さっき自分がどきりとさせたことへの仕返しなのだろうか。
予約が入らなければ、当日は都合をつけないとでも言うのだろうか?
エーリッヒが?
「……当日は、わざわざ断らなくても最初から俺のものだろう」
エーリッヒが笑った。
挑戦的な色は跡かたもなく引っ込めて、いつもの柔らかさで。
「そういうあなたの方が、あなたらしいですね」
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作品名:宝物は、きみとの時間 作家名:ことかた